07:悪童たちの嘲笑
シオン家はファルとククリ、そして祖父であるダガットさんで暮らしている。
ファルとククリの両親は流行り病で亡くなっていて、その後でダガットさんが一人で育ててきた。
だからなのか二人もダガットさんとは仲が良いし、最近では腰も痛いとよく零しているダガットさんの助けになりたいと思っているのだと思う。
「いやぁ、すまんな。雑草を抜くのを手伝ってくれて助かったよ」
ダガットさんはそう言って口元を綻ばせた。腰をさすりながら言っているから、やっぱり年齢もあって畑仕事は大分辛いものがあるんだろうと思う。
ウチの畑に比べればまだ小さい畑、その畑を四人がかりで雑草を抜いて集めたのだ。その量はなかなか多くて、練習には困らなそうだった。
「私の為でもありますから、良ければまた手伝いにきますね」
「おう、ありがとうな。ファルとククリといつも仲良くしてくれて本当に感謝しているよ」
優しげに微笑みながらダガットさんは私の頭を撫でてくれた。主人公となる二人の祖父だけあって、本当に出来た人だと思う。
そうしていると雑草を籠に入れて抱えてきたククリが側に寄ってきた。その側に兄さんとファルの姿はない。
「エリカ、ファルとレオルはもうちょっと雑草集めてくるから、私たちは先に畑に戻っていいって……」
「そっか。じゃあ、先にこっちの分は持って行っちゃおうか」
「うん」
「二人とも、気をつけるんじゃぞ」
そんな距離が離れている訳じゃないけれど、ダガットさんはそんな言葉をかけてくれるのだった。
籠はそれなりに重いので、代わりに持った方が良いかと思ってククリに声をかけたけど断られてしまった。
「エリカには、雑草を枯らす練習して欲しいから。運ぶのは私がやる」
「う、うん……わかったよ……」
「……お爺ちゃん、腰だけじゃなくて膝も痛そうにしてたから。もっと楽にして欲しいの」
ぽつりとククリは籠を抱きかかえるように持ちながら言った。
本当にお爺ちゃん思いの良い子で、ちょっとだけ目頭が熱くなってしまう。
「私、早く魔法を使いこなして許可貰えるように頑張るね!」
「……頑張って。協力するから」
私が力を込めて言うと、ククリは微笑を浮かべた。普段はあまり表情が変わらないから珍しい表情だ。思わず抱き締めたくなるような愛くるしさに私の機嫌も上機嫌になっていく。
……けれど、その上昇した機嫌が一気に下がってしまう事になってしまった。
「――おい、腐り女がいるぞ!」
ふと、横からかけられた声。悪意を含んだからかうような声の主は、村の悪ガキ一味の筆頭であるディッドのものだ。
ディッドは身体も大きく態度もでかい。だからいつも手下のような取り巻きを連れて遊び回っている子たちだ。そしてエリカやククリに対して毎回、意地悪をしてきては兄さんやファルにやり返されるを繰り返している。
エリカがショックで寝込んでしまった原因も、このディッドだったりする。ずんずんと手下の子供たちを連れて私たちの方に近づいてくる子たちにどうしたものかと溜息を吐いてしまう。
「腐り女! なんで外を出歩いてるんだ、腐った臭いがぷんぷんしてるぞ!」
「ゴミ畑に帰れよ! お前のせいで作物が腐ったらどうしてくれるんだよ!」
「くせー! くせー!」
ディッドが口火を切ると、子分たちもからかうように悪意の言葉を向けてくる。
最初の頃はここまででもなかったと思うんだけど、兄さんとファルにやられていく内にどんどんと酷くなっていったように思う。
それなら兄さんとファルに真っ向から向かっていけばいいのに、妹である私たちに絡んでくるから余計にどうしようもないと思ってしまう。
「……行こう、エリカ」
「ククリ……」
感情を押し殺したような声でククリが私に言った。籠を抱えている手は震える程に力が入っていて、目だけは鋭くディッドたちを睨んでいる。
そんなククリの様子にちょっとビックリしてしまう。今までククリはディッドたちに絡まれても堪えるようにしながら何も言い返したりしなかった。
だから俯いていることも多かったんだけど、今回は違う。もし籠を手に持ってなかったらディッドたちに掴みかかってしまいそうだった。
「おい、無視するのか!」
「そんなに俺たちが怖いのかよ!」
「いつもファルやレオルに庇って貰ってばっかりのお姫様かよ!」
ゲラゲラ笑いながらディッドたちが私たちの進路を塞ごうとする。笑ってはいるけれど、明らかに私たちの態度が気に入らないといった様子だ。
正直言って無視してこのまま通り過ぎたい。流石に大人の前ではここまで口が酷くならないだろうし、言い返したところで調子に乗るか激昂するかだ。
だからククリの対応は正しいし、私もそうすべきだと思う。道を塞がれるなら一度、シオン家の方に戻るべきかと考える。
「この……っ! 腐り女のくせに無視してんじゃねーよ! お前、生意気なんだよ!」
とにかく無視して引き返そうとすると、ディッドに腕を掴まれた。思いっきり力を込められたので顔を顰めてしまう。
「エリカ……! この、離して……!」
「うぉっ!?」
すると、ククリが抱えていた雑草入りの籠をディッドに叩き付けた。雑草が籠から零れてディッドの顔に降りかかる。
雑草が口や目に入ったのか、ディッドは短く悲鳴を上げながら私から手を離して服の袖で顔を拭っている。
「この! 無口女まで逆らいやがって!」
「よくもディッドを!」
「貴方たちが悪いんでしょ……!」
ディッドの取り巻きの子供たちがいきり立つも、ククリが私を庇おうとするように立ち塞がる。
それは物静かで大人しいククリを知っていれば驚きの行動だった。こんなに激怒しているククリを見るのも初めてだ。
「いつも、いつも酷いことばかり言って……! 近づいて欲しくないのに近づいて来て……! もう私たちに関わらないでよ!」
堪えきれないと言わんばかりに全身を震わせながらククリは叫んだ。感情が高ぶっているせいか、目には涙が溜まっている。
そんなククリの気迫に怖じ気づいたようにディッドの取り巻きたちが一歩後ろに下がった。
「――よくも、やってくれたなぁ!」
強く擦ったせいか、目を赤くして涙を流していたディッドが怒りに満ちた表情で私たちを睨んだ。
次の瞬間、私は思わず目を見開いて驚いてしまった。怒りに打ち震えるディッドの手、その手に剣が握られていたからだ。
淡い青色の刀身を持つ剣だ。その剣を握り締めながら、ディッドは剣を握っていない手をククリへと向けた。
「お、おい! ディッド、流石にそれは――」
「これでも、くらえよ!!」
流石に取り巻きの子供たちも不味いと思ったのか、ディッドを止めようと声をかける。
しかし、それよりもディッドの動きの方が先だった。ディッドの手の先に形作られていく水の球、それがディッドの叫びと共にククリへと向けて放たれた。
まさか魔法まで使われると思わなかったククリは身が硬直して固まってしまっていて、衝撃に備えて目を閉じてしまう。
「――ククリ!」
そんなククリに飛びつくようにして私はディッドの放った水の球を背中で受ける。衝撃はそんなでもない。ただ、全身がずぶ濡れになってしまった。
「……ぁ、エ、エリカ……!」
私に抱きつかれたククリは、庇われたことを理解したのか不安そうに私を見上げてきた。
そんなククリに私は無言で微笑みかける。あぁ、良かった。本当にただ濡れただけで。
私はククリを解放して、身体の向きを変えてディッドたちを見つめた。手を向けた構えのまま、何故かディッドは私を見て固まっている。
「――ディッド」
私が名前を呼ぶと、ディッドはびくりと身体を震わせた。私よりも大きい筈の彼がなんだか小さく見えるような気がする。
ディッドの取り巻きたちも震えていて、私を怯えたように見つめていた。
「私は、お前たちが謝っても絶対に許さない」
そんな彼等に私は怒りを込めて吐き捨てた。
こんな事に魔法を使うだなんて、何を考えているのか理解出来ない。これがただの水だったから良かったけれど、例えばもっと殺傷力のあるものを投げつけられていたら?
もしかしたら、それでも今の此奴らだったら気軽に使っていたかもしれない。それだけ彼等には自制心というものが存在してないとしか思えなかった。
今にも掴みかかって殴り飛ばしたい気持ちを堪える。ここで暴力に訴えたら此奴らと同じになってしまう。だから爪が食い込む程に拳を握って我慢する。
「本当に最低」
そう言って、私はククリの手を引いて歩き出す。
彼等はただ呆然としたまま動くことはなかった。