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05:腐蝕のディスペア

(舐めてたわ~~~~! 畑仕事の重労働さを~~~~!)


 田辺 絵里香として生きてきた記憶のせいか、エリカにとって当たり前だった日常が果てしなく辛いものへと変わっていた。

 『創剣のアウローラ』は剣と魔法のファンタジー世界が舞台だ。そしてこの世界、心剣という存在があるために〝武器〟というものが発展していない。

 ある意味で、武器の進化とは文明の進化の先駆けでもあると言える。生き残るためには強い力が必要になるし、強い力は戦うこと以外にも応用が出来るからだ。

 だからなのか、この世界の文明の在り方はチグハグな印象を受ける。


「全部人力で畑を耕すとか、本当に重労働……」


 重機なんてものは存在しないし、私の村は小さいので馬や牛なんてものもいない。

 だから本当に全部手作業なのだ。しかし、ここで手を緩めれば食料が不足してしまうし、国に納める税だって支払えなくなってしまう。


 救いと言えるのは、村の近くにある森へと入れば自然の恵みを採集出来るし、人は心剣を持っているので平均的に戦闘力が高い。

 だから狩りという選択肢もあるのだけど、だからといって畑を疎かにして良い訳ではない。必要な事だとはわかっているんだけど、それでも腰の痛みには辟易とした思いが出てくる。


「雑草を抜くのも結構な力がいるのね……」


 根っこまで抜かないと意味がないので、抜き方なんかにも気をつけなきゃいけない。とにかく気を遣うことが多くて、前世の分の感謝も込めて農家のありがたみを感じる。食べ物って当たり前にあるものじゃないのよね。


「あー、疲れた疲れた。エリカもお疲れ」

「ん、兄さんもお疲れ様」


 私の隣に腰を下ろした兄さんも腰をさすりながら疲れたような表情を浮かべていた。

 尚、お父さんはまだ黙々と作業を続けている。その勤勉さに頭が下がる思いでいっぱいだ。こうしてレヴェレル家の生活は守られているのだな、と。


「はぁ、ちまちま雑草抜くのも飽きてくるな……いっそ心剣で焼き払ってやりたいぜ……」

「作物まで巻き込んじゃうでしょ……」

「そうなんだよなぁ。はぁ、楽にはならねぇかぁ……」


 うんざりとした様子で兄さんは呟く。その気持ちは理解出来るだけに私は何とも言えない表情になってしまう。


「俺はやっぱり狩りやってる方が性に合ってるなぁ」

「でも狩りは危ないよ、魔物だって出るんでしょ?」

「ここの森の魔物はそんなに強くないから大丈夫だよ」


 兄さんは軽い調子で言うけど、魔物は油断が出来ない脅威だ。

 魔物とは、人に対する脅威であり、世界を侵す害悪そのもの。動物や植物、或いは人の残留思念などを元に生まれる歪んだ存在、それが魔物だ。


 魔物が生まれる原因は、この世界の創世神話で記されている。

 かつて、この世界を生み出した創造神に対して叛逆し、世界を滅ぼそうとした破壊神がいた。

 創造神は破壊神を食い止めるため、自分の創造の力を剣にして迎え撃った。

 そして二柱の神は相打ちとなった。砕け散った神々は世界へと溶け合い、創造神の力は心剣として人に受け継がれ、破壊神の力は世界を歪ませて魔物を生み出すようになった。


 その創造神の原初たる力に近いのが、ファルとククリが持つ心剣〝フェイト・ミラー〟とされている。本来の物語だったら、それが原因で色んな事件に巻き込まれるんだけどね。

 ともあれ、魔物は人という存在を絶滅させようとするためだけに存在しているようなもの、世界のバグのようなものだ。

 そんな魔物を狩るのはこの世界の人間にとっては常識だけど、田辺 絵里香の意識が混ざってしまった私は戦いそのものが縁遠く感じてしまうし、恐ろしいという気持ちも感じてしまう。


「やっぱり生きていくためには心剣の力を使いこなせるようにならないと……」


 旅に出る、出ないに関わらず、自分の心剣を使いこなせないと死亡率が全然違う。

 村に残っても、いつか魔物の襲撃に晒されるなんて事も有り得るだろうし。


「なんだ? エリカも狩りに行きたいのか?」

「そういう訳じゃないけど……」

「剣の稽古なら付き合うぞ!」

「稽古も大事だよね……」


 誰もが心剣を持つ以上、女でも剣術を学ぶのに抵抗がない世界だったりする。

 それでも護身術程度にしか剣術を嗜まない人もいるので、そこら辺は割と自由だったりする。

 あくまで心剣を媒体にして魔法をメインに使う人もいるし、剣を持っているからといって必ずしも皆が戦える訳じゃない。

 私の場合は必要になりそうだから鍛えておかないと思うだけだ。


「でも、エリカの心剣の力ってちゃんと使えれば凄いよな。だって相手を腐らせるんだろ?」

「うーん……」


 兄さんの言葉を受けて、私は思わず考え込んでしまった。

 ゲームでは毒という処理で、毒を受けた対象が行動終了時に確定ダメージを与えていた。ただ普通にバフを積んで火力で殴った方が早いと言われる程度のものだったけど。

 普通に攻撃してもダメージが出せないので、エリカは不遇のキャラと言われ続けてきた。


(一応、シナリオの中でボスをやれる程度のポテンシャルがあるのは知ってるけれど……特に闇堕ちした後のエリカってかなり凶悪なイメージだったし)


 闇堕ちしたエリカが強かったのは、味方側のバフを徹底的に剥がしてくるからだ。まるで今までバフをかけづらくて火力が出ないと言われ続けて来た鬱憤を晴らしているかのようにさえ私には思えた。

 しかも初期から持っている毒をばらまいてくるし、毒を与えたキャラがいる数の分だけ自動的にバフがかかってしまう。敵側に回ったとはいえ流石に凶悪すぎるでしょ! と私が叫んだのも懐かしい話だ。


(エリカの心剣は〝ディスペア〟。闇属性の心剣で、その力は対象を腐蝕させること……)


 しかし、腐蝕。そもそも、対象を腐らせるってどういう事なんだろうか。

 絵里香だった時は不思議に思うだけだったけれど、エリカになってからは朧気ながらに理解することが出来た。


 そもそも、物が腐るというのは微生物の仕業によるものだ。

 ディスペアも力を使う時には黒い靄のようなものが出て、その靄を纏ったまま斬り付けたり、魔法のように飛ばしてぶつける事で効果を発揮する。


(つまり、ディスペアの力は〝微生物の働きをする魔法の力〟を扱うものなんじゃないかな?)


 導き出した仮説に私は内心、恐怖を感じていた。

 これ、使い方によっては洒落にならない力だ。本当に微生物の働きをする魔法が使える心剣だったとして、その〝微生物の性質まで自分の思うまま〟になるかもしれないからだ。


 本来のエリカも、感覚的にはディスペアの力を理解出来ていたのだと思う。

 けれど生来の彼女の人の好さが危険な可能性を孕む力を抑制し続けてきた。そのタガが外れてしまったのが、闇堕ちした際の彼女の姿なんだと思う。


 ゲームで言うところのバフを剥がすというのは、ある意味で弱体化とも言える。それこそ〝不可避の毒〟だ。毒性の強さも、解除するかどうかでさえエリカ自身の思うまま。

 もしかしたら人を即死させる程の腐敗の毒だってエリカには生み出せたかもしれない。そんな可能性に気付いてしまえば少しも楽観出来ない。


(でも、力は使い方次第。この力を正しく使うことが出来れば、きっと出来ることは多い筈)


 それこそ毒は薬の元でもあるのだから、楽観しすぎないことも大事だけど、悲観になりすぎないことも大事だ。

 じゃあ、この力をどのように扱えばいいのかを考える。出来れば使いこなせるように練習はしたいんだけど、腐らせていいものなんてあるのかな?


「腐らせていいもの……」

「エリカ? さっきからブツブツと言ってるけど、どうしたんだ?」

「兄さん、なんかお手軽に腐らせても良さそうで、腐らせても誰も困らないものってあるかな?」

「腐らせて困らないものぉ? そんな物、あるか?」


 私の問いかけに兄さんも怪訝そうな声を漏らした。その反応も当然だ。腐ると言えば食べ物だけど、食べ物を腐らせて喜ぶ人なんていない。ただでさえ食料は貴重なのだから。


「そもそも腐らせてどうするんだよ」

「単純に心剣の使い方を練習したくて」

「それは大事だけどなぁ……うーん」


 私と兄さんは顔を突き合わせて考え込んでしまう。そこで兄さんは、ふとある物を示した。


「なぁ、エリカ。腐らせるって対象にしたものだけで、その他の物に影響はないのか? 例えば周りにあるに移ったりとか……」

「移そうと思わなければ影響がないんじゃないかな?」

「だったらさ……コレとかどうだ?」


 そう言って兄さんがつまみ上げたのは、先程まで私たちが悪戦苦闘しながら抜きまくっていた雑草だった。

 


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