03:エリカの家族たち
「エリカ! もう大丈夫なの?」
「うん、心配かけてごめんね。お母さん」
思い悩んでいる内に空腹感を感じて、私は部屋を出た。
時刻は夕方頃で、母親は丁度夕食の準備をしているところだった。
お母さんの名前はシスカ・レヴェレル。ゲームでは名前と立ち絵ぐらいしかなかったけれど、エリカの記憶によれば穏やかで優しげなお母さんだった。
そのお母さんが心配げに私を見つめている。その表情も少し窶れていて、申し訳なさが浮かび上がってくる。
私が寝込んでいた理由は、十歳を祝う洗礼式で心剣を顕現させる儀式を受けたからだ。
そこで自分の心剣が闇属性の、対象を腐らせるという禍々しいものだった事に動揺してしまい、更には周囲の悪ガキからからかわれてしまった事からショックで寝込んでしまったという訳だ。
絵里香の意識が入ったので、からかってきた悪ガキどもには思わず舌打ちをしたくなるのだけどね。次にからかってきたら目に物を見せてくれる……!
ともあれ、これは本来のエリカに定められたストーリーだ。自分の心剣を忌み嫌うエリカを前向きにさせてくれたのが主人公と、そしてもう一人がいてくれたからだ。
「ただいま! 母さん!」
「レオル、お帰りなさい」
「おぉ、エリカ! もう起きて大丈夫か!?」
勢い良く扉を開いて入って来たのは赤髪に碧眼のガタイの良い男の子だ。
彼はレオル・レヴェレル、エリカの三つ上の兄であり、主人公の兄貴分として初期から旅に付いてきてくれるメンバーの一人だ。
レオルの心剣は火属性の心剣〝イグニス〟で、火力重視で扱いやすいキャラでもある。明るくて裏表のない性格をしているけれど、デリカシーがないのが玉に瑕。
そのデリカシーのなさでよくエリカに怒られたり、眉を顰められたりしているが、それでもエリカとの仲はとても良かった。
「安心しろ、エリカ! お前の心剣を馬鹿にした奴は俺がぶちのめしておいたからな!」
「う、うん……」
「レオル、それは褒められたことじゃないわよ? お父さんにだって怒られたばかりでしょ?」
「うぐっ、でも、母さん!」
「どんな事でも話し合うことから! 過ぎた力はただの暴力!」
「うぐぐ……」
流石に反論する気はないのか、レオル兄さんは口をもごもごさせながら視線を彷徨わせている。
喧嘩は良くないことではあるけれど、それも妹を思ってのためだと思うと少しだけ心が温かくなった。それが絵里香としての気持ちなのか、エリカとしての気持ちなのか自分でも判別が出来なくなってきた。
「おっ、エリカが笑った! 本当に大丈夫そうだな!」
「うん、兄さん。もう大丈夫だから、ありがとう」
「本当に良かったわ。ほら、二人とも。もう少しでお父さんも戻ってくるだろうから、ご飯の準備を手伝って頂戴」
「はーい」
「やったー、メシメシ!」
安心したように息を吐くお母さんに返事をしながら、私は夕食の準備を手伝うのだった。
* * *
レヴェレル家は私、父、母、兄の四人家族だ。
兄のレオル、母のシスカ、そして農家で生計を立てている父親のレクダ。
この世界では標準程度の稼ぎで、たまの贅沢が許される程度の稼ぎで細々と生きている。
「エリカが元気になったようで良かった」
「心配かけてごめんね、お父さん」
お父さんは兄さんを渋くダンディにしたような大人の男性だ。お腹いっぱいに夕食を食べ終えた私を穏やかに見つめて頷いている。
「エリカ、聞きなさい」
「う、うん?」
「心剣は自らの心を映したものと言われるが、父さんはそれが全てではないと思ってる。心剣は創世神様からの祝福だ。その力が望まなかったものであっても、お前まで要らない子になる訳じゃないんだ。それをよく覚えておくんだよ」
お父さんは真っ直ぐに私を見つめて言ってくれた。その言葉に私は何とも言えない気恥ずかしさと申し訳なさに視線を下げてしまう。
「ありがとう、お父さん」
「ふん! どんな心剣を持っててもエリカはエリカなんだよ。そんなの当然じゃないか」
「兄さん……」
「そもそも人の心剣を馬鹿にするアイツらが悪いんだ!」
「レオル、だからといって喧嘩で相手を叩き伏せるのは感心しないぞ」
「はーい……」
如何にも不承不承だと言うように返事をする兄さんにクスクス笑ってしまう。
エリカは決して孤独でもなかったし、この村を旅立つまでは自分の心剣の使い道を探って頑張ろうとしていた。
(でも物語が始まってしまったら、エリカはどんどんと自分より強い人たちが集まってきて、心が弱ってしまった時に闇堕ちしてしまうんだよね……)
その未来を知ってしまっているから、私も同じように闇堕ちして幼馴染みである主人公や兄さんに剣を向けることはない。
(でも、じゃあこれからどうやって生きていくかだよね……)
心剣を授かるのが十歳になったことを祝う洗礼式で儀式を受けたらだ。
つまり、今の私は十歳。物語が始まるのは私が十五歳になった時だから、まだ五年の猶予がある。
(将来かぁ……)
先の事を考えながら、私はそっと溜息を吐くのだった。
* * *
自分の部屋に戻ってから、私は考え込んでいた。
これから自分はどうするべきなのか?
「一つ、ストーリー通りに主人公についていく」
主人公には世界を救って貰わなければいけないのだから、ストーリーを変えてしまうような行動は慎む。
けれど、エリカは直接的な攻撃力に欠ける。絡め手なら伸ばすことは出来るだろうけど、それがどこまで通用するか未知だ。
「二つ、村に残る」
元から心剣の能力が秀でていないなら無理に旅に付いていく必要もない。
村で父と母の手伝いをしながら暮らしていくのも一つの手だと思う。
「……これはすぐに決める必要もないか」
まだ五年の猶予があるのだから、それまでの心剣の性能を把握して、それがどこまで伸びるのか検証すべきだ。
それから決めてもおかしくないし、あともう一つの懸念事項がある。
「主人公、か」
エリカになってしまった以上、私の現実はこの世界での現実だ。
ゲームではないのだから主人公も当然、無個性系主人公のままじゃない。エリカの幼馴染みとして確かに存在している。
だから主人公がゲームのシナリオで描かれたような人生をなぞるのかどうかは、はっきり言ってわからない。
むしろ、ゲーム通りにならないんじゃないかと思ってしまっている。その理由は……。
「男主人公も、女主人公も、どっちもいるんだよねぇ……」
私の幼馴染みにあたる〝双子〟、それが主人公〝たち〟だった。
兄のファル・シオンと、妹のククリ・シオン。エリカの記憶にある姿はゲームのステータス画面で見る立ち絵の主人公たちを少し幼くしたような姿をしている。
そして今、彼等は村ではちょっとした話題になっている。この双子、発現させた心剣がまったく同一のものだったからだ。
これは他に例を見ないことで儀式を担当してくれていた神官も非常に興味深いという話しをしているのだとか。
しかも、その剣は現時点は無属性という珍しいものであることも注目を集めている一因になっている。
まだ、この時は主人公の真の力は知られてはいない。主人公の力が判明するのは、珍しい心剣を調べるために村へとやってくる初期メンバーの一人が調べることで判明するのだ。
それまではただの無属性の心剣でしかない。だから双子はまだ暫くは村にいるだろう。でも、それも時間の問題だ。
「あくまでストーリー通りだったら本来はファルか、ククリかだけなんだよね……」
例えば、これで片方だけが旅立つというのならストーリーをなぞる展開になるかもしれない。
でも、二人同時に旅立ってしまえば、それはもうストーリーが崩れかねない要因になってしまう。
予め、エリカの記憶で二人の存在を把握していたからこそ、ゲームのストーリーをなぞろうという案は優先順位が高くない。
「やっぱり暫くは村で生活をしながら心剣の性能を確かめて、身の振り方を決めるでいいかな」
今後の方針も決めた事だし、今日は寝てしまおう。
おやすみなさい。