04:光と闇を別つもの
私の心剣、ディスペアの力は微生物と同じ働きをする魔法を操ることだ。
その中でもわかりやすい力が微生物による腐敗現象、つまり対象を腐らせる毒を操る力だと思われていた。
でも、それがディスペアの力の全てではない。だからこそ私はグラディスさんと旅に出た後、自分の力の検証に力を入れた。
微生物と同じ働きをする魔法と言われても、私はあくまで微生物という存在は知っていても詳しい内容まで覚えていた訳ではない。
しかし、概念を知っているだけでも力を知るためのとっかかりにはなる。微生物という概念すらも知っていなければ、ディスペアの力を解明するキッカケすら得られなかっただろう。
そうして検証を続けた結果、私は今、コカトリスと一人で対峙出来る程に成長を遂げていた。
「ハァ――ッ!」
巨体を活かした飛び蹴り、蹴りを回避しても巨体によって押し潰されてしまうという強烈な一撃を回避しながらコカトリスを斬り付ける。
ディスペアには黒い靄が湧き出ていて、コカトリスを斬り付けるのと同時にコカトリスの内部へと侵入しようとする。
それを嫌ったコカトリスが身を捩りながら私を押し潰そうとするも、私は勢い良く跳躍して距離を取る。
この世界には明確にレベルという概念がある訳ではないけれど、心剣から力を引き出す力は成長と経験によって上限を引き上げることが出来る。
心剣から引き出した力は身体能力の向上にも繋がる。これが私がコカトリスと単独で戦えている理由でもある。
ひたすらディスペアと向き合い続け、その力を引き出し続けた今の私はあのグラディスさんと真っ向から戦っても引き分けに持ち込める程に強くなったのだ。
「これぞ真のレベルを上げて物理で殴ればいいじゃない――ッ!」
隙をついてコカトリスの羽を斬り裂く。かなり深く入った一撃は切り落とすまではいかなかったものの、コカトリスを怯ませるのに十分なダメージを与えた。
コカトリスが焦ったように泣き喚きながら睨んでくる。魔眼による石化の魔法に抵抗して、ぴりりと強めの静電気のような刺激を感じた。けれどそれだけだ。私の抵抗を抜くには力が足りていない。
「貴方の毒は私には通らないけど――そっちはどうかしらねッ!」
強く踏み込んでコカトリスを斬り付ける。黒い靄が傷口からコカトリスの体内へと侵入して、コカトリスが悲鳴を上げるように嘶いた。
黒い靄は――もう消えていない。コカトリスの魔法抵抗を私の魔法が突破した証拠だ。
「通ったッ!」
私が会心の叫びを上げると、コカトリスが目眩を起こしたかのようによろめいた。それでも首を振って、強く嘶くと私に向かって突撃してくる。
「ははっ、元気ね! でも、いつまで続くかしら!」
ディスペアの力を引き出すために費やした三年、その間に私は多種多様な毒を扱えるようになっていた。
コカトリスに用いたのは神経の動きを阻害する毒だ。この毒を操れるようになるまで長い道のりがあったものの、今では私の主戦力の一つになっている。
コカトリスが激しく暴れ回るけれど、その動きはだんだんと鈍っていく。私が斬り付ける度に毒が追加されて全身に巡っていく。
嘴から涎がだらだらと零れ、目の焦点が合わなくなっていく。そしてびくりと震えたかと思うと、ゆっくりとその場に膝をつくコカトリス。
ぜぇ、ぜぇ、と大きく呼吸しながらその場に横たわる。尾蛇もぴくぴくと痙攣しており、起き上がってくる気配はない。
「……よし」
無力化に成功したことを確認して、私はコカトリスの側まで近づいた。
意識が朦朧としているのか、コカトリスは私が手で触れる距離まで近づいても暴れるような気配はない。
これならコカトリスを連れ帰ることは出来る。でも、これから家畜化させるとなるとウルリーカ様が懸念を示したように並の飼育員ではコカトリスに石化させられてしまうだろう。
「前からちゃんと検証したかったんだよね……魔物が人を襲うのは何故なのかって」
魔物は破壊神の因子に影響されて人を害すると言われている。
では、破壊神の因子とは一体どんなものなのか? それについては詳しく知られていなかった。
私はディスペアを構えて、コカトリスの肌に突きつけるように剣先を当てる。目を閉じて意識を集中させて、魔法を発動させた。
「――〝アナライズ〟」
人が外部からの情報を感じる五感、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚。その感覚とは違う第六感と言うべきもの。
魔法によって展開した微生物によって接触、そして解析と分解を行うための魔法だ。魔法によって広がった感覚は、世界の見方そのものを変えてしまう程だった。
心剣の魔法の本質は創造神の創世に通じる。つまり〝使用者が理解し、行使出来る範囲での事象の改変〟こそが心剣の魔法の仕組みだ。
その権限の範囲を決めるのが心剣であり、心剣が持つ属性ということだ。たとえば、心剣が火属性であれば火に関する事象に介入し、改変する権限を得ることが出来るという訳だ。
私はディスペアの力を解析していく内に、その法則を知ってしまった。
その内容を理解した時、私はその場で冷や汗を流して恐れ戦いたものだ。
火、水、土、風の四属性は既に神によって整えられた事象に介入する権限を示している。だからある意味でわかりやすいとも言える。
けれど光と闇は違う。四属性とは相性関係からも独立していて、かつ互いに弱点にもなりえる対立属性だ。
それ即ち、光も闇も本質的には同じものという証明だった。では本質が同じなのに光と闇の属性を分けるものは何なのか?
(光と闇を別つもの、それは――神の持つ権能の違い)
光属性は〝創造神による権能に介入する〟属性であり、闇属性は〝破壊神による権限に介入する〟属性ということだ。
言ってしまえば、光と闇は他の属性に対して上位の権限だ。けれど、上位の権限だからといって優れているかと言えばそうとも言い切れない。
魔法は使用者が明確な理解とイメージを持っていなければ発動しないし、発動出来たとしても効果が落ちてしまう。
だから光と闇の属性が上位の権限を持っていたとしても、それで自分がどんなことが出来るのか理解していなければ宝の持ち腐れになってしまう。
たとえるなら、既に形式が整えられているのが火、水、土、風の四属性。
形式が定まっていない分、権限が許す限り自由に出来るけれど型がないのが光と闇。
何でも出来るからこそ、使用者が理解して出来ることしか出来ない訳だ。
(だから本来の歴史のエリカも腐敗させるという能力しか使えなかったとも言える。加えて言うなら、ゲームでは闇堕ちした後のエリカは魔物を従えたりもしていた……)
あれはゲーム上の都合なのかと思っていたけれど、そもそも闇属性の心剣が創造神の権能に介入した破壊神のウィルス、あるいはバグのようなものだとするなら納得がいく。
心剣は創造神の力の欠片、闇属性の心剣は破壊神の因子によって変質したものと考えるなら、それは魔物と同じとも言えるからだ。
(だからディスペアの分析と分解の力を使えば――魔物を改変した破壊神の因子に介入出来るかもしれない)
それこそが、私がコカトリスの家畜化計画を始めた理由だった。