02:エリカ、現状を把握する
――『創剣のアウローラ』は私、田辺 絵里香がド嵌まりしていたゲームである。
舞台は様々な力を秘めた剣を持つ人たちが世界を破滅に導こうとする悪の勢力と戦いながら世界を防衛していく王道のファンタジーだ。
創剣のアウローラの世界では、人は誰しもが魔法の剣を持っている。この魔法の剣は〝心剣〟と呼ばれていて、己の意思で出し入れが自由という便利な武器だ。
個人個人で持っている武器の特性が違い、それが多くの多彩なキャラクターを登場させてきたのである。
その中でも特に特殊な心剣を持っているのが主人公である。
主人公と言いながらも決まった名前もないし、立ち絵がある程度で個性と呼べるような性格が描写されたことはない。よくある無個性系主人公という奴だ。
この主人公が持つ心剣が特殊なのは、他のキャラクターの剣の特性をコピー出来ることだ。ゲームシステムで言えば、ガチャで引いた他のキャラクターの心剣を主人公も装備出来るという事になる。
その特殊な心剣を持つ故に勢力拡大を狙う国や組織から狙われたりするのだけど、その度に相手を倒したり絆したりして仲間と共に危機を乗り切っていく。
そうして仲間が増え、世界の命運を巡る戦いに身を投じていくのだ。
私がド嵌まりした理由が、この本来は自分しか持つことのない心剣を主人公もコピーすることでペアルックに出来るという点だ。
数多くのカップリングやコンビでペアルックで剣を構えているファンアートが世に送り出され、多彩な物語で本編共々私を楽しませてくれたのだ。
そして、そんな主人公の最初の仲間となる初期メンバーたち。その一人こそ、私が成り代わってしまっているエリカ・レヴェレルだった。
「……やっぱりエリカ・レヴェレルよねぇ」
エリカ・レヴェレルの人生の追体験をジェットコースターのように体験した後、目が覚めた私は現状を把握するべくベッドの上で腕を組んでいた。
「これって転生、いや、憑依? というか、私あのまま死んだの……? 死因が推しの死を見ての精神的ショックとか、流石に凹むわ……」
どうして私がエリカ・レヴェレルになってしまっているのか、その理由がわからない。これは今、幾ら考察しても答えを得ることは出来ない。
夢が覚めるように現実に戻るかもしれないけれど、なんとなく感覚的にそれはあり得ないと感じてしまっている。
「それにしても、まさか推しの死を見届けた後に推しに転生するとは……」
エリカ・レヴェレルは創剣のアウローラでは古株のキャラクターであり、私の推しだった。
偶然、エリカという名前が同じだったのと、彼女のキャラクターが非常に心を擽るのが推していた理由だった。
エリカ・レヴェレルは主人公と一緒に旅立つ最初の仲間の一人だ。
主人公にとっては幼馴染みであり、男女どちらであっても健気に慕ってくれる。
控え目で一歩後ろを歩くような大人しい可愛い子なのだ。
しかし、エリカは人気がなかった。地味な性格が災いして出番も減っていき、性能もパッとしないと言われ、次々と参入するキャラによって押しやられた。
その結果、初期メンの中でも要らない子呼ばわりされてきた。おのれ、性能厨共め……!
「いや、でも本当に地味なんだよね。――〝ディスペア〟」
心剣の名を呟く。すると胸の中から浮かんだ光が手元に来て、剣となった。
全体的に不吉で、陰気な気配を漂わせる剣だ。刀身は黒曜石のように真っ黒で、柄の宝玉なども毒々しい紫色だ。
心剣は世界を構成しているとされる属性を持っている。属性は火、水、土、風、光、闇の六属性だ。
稀に無属性だったり、特殊な属性を持っている心剣もあるけど、それはあくまで例外だ。
エリカの心剣である〝ディスペア〟は闇の属性で、ゲームでは対立属性である光に有効なダメージを与えられた。一方で、光属性の敵から受けるダメージも痛いのはお約束でもある。
そして心剣ごとの固有技、ゲームで言うところのスキルがある。
闇の心剣ディスペアの性能は、端的に言えば〝毒〟特化。ターン終了時に毒を与えた対象スキルのレベルに応じたダメージを確定で与えられるといったものだ。
但し素の火力も低ければ、スキルも毒に関わるものばかりで、毒に対する抵抗を下げて毒を通しやすくしたりするスキルが揃っていた。
正確には〝腐蝕〟なんだけど、ゲームの処理的には毒で統一されているので、ファンの間でも「キレると毒舌」だとか「腹黒地味ッ子」だとか「腐女子」だとか属性が当てられ、ネタキャラや弄られキャラ扱いされることも屡々だった。
「そんなエリカにも、ようやく救済が来たかと思えば……!」
長年の不遇の扱いから、遂にメインキャラを飾る期間限定イベントが開催された。
ゲームでも人気の既存のキャラの強化バージョンが追加されていたりした頃で、これでエリカも強化されて使いやすくなるのではないかと思い、期待に胸を躍らせながらイベントを始めた。
『ずっと、ずっと――貴方が妬ましかった、貴方が眩しかった、貴方が憎かったの……ッ!』
――そして、迫真の演技での闇堕ちを浴びせられたって訳ですよ。
華々しく世界を救う英雄として讃えられる主人公、その主人公の最初の仲間でありながら不遇な扱いで出番も控え目だったエリカの離反と闇堕ち。
敵対勢力に囁かれ、心を闇に染めて姿を変えた心剣で主人公を殺そうと迫るエリカ。
そんなエリカを助けようとする主人公と仲間たち、しかし、エリカは主人公の腕の中で息絶えることになってしまう。
『弱い私が、自分の心剣がずっと嫌いだった』
『貴方と旅に出れば、何かが変わるかもって』
『ごめんね……』
『せめて、これからは……貴方の側で――』
そして、心剣だけを残してエリカは主人公に抱えられたまま、その身を砂に変えて散っていく……。
その様を私は呆然と見届けてしまった。その後、主人公とエリカと親しかったキャラの会話を挟むエピローグを見て、可能性が残りつつも推しが死んでしまったという衝撃が私を打ちのめしてしまった。
そして衝撃のあまりに寝込み――今に至る。
「あんまりだよぉ~~~~! 推しが死んだのもあんまりだし、推しに転生だか憑依だかしてしまってるのもあんまりだよぉ~~~~!!」
あまりの事態に私は頭を抱えてしまう。
創剣のアウローラの世界はファンタジー世界、しかも世界規模の災厄が起きたりもするので割と命が危なかったりする。
そんな世界でこれから生きていかなきゃいけないというのも不安だし、何よりエリカになってしまっている自分がどうしたらいいのかも悩ましい。
「……正直、ゲームの性能だけで言うならエリカって主人公の旅に付いていかなくてもいいんだよね。いや、ここは現実なんだけど」
エリカとしての人生を追体験したから、自分がエリカだという自覚もある。
同時に自分が日本で生まれ育った田辺 絵里香だという自覚もある。この二つの認識が重なり、上手く混ざり合ってるような状態だ。
けれど、主体となっている意識は田辺 絵里香としての意識の方だ。
「こうなる前にかなり傷心だったみたいだし、主導権握れないぐらいに弱ってたのかな……」
地味で控え目なエリカは、自分の魔剣の力が対象を腐らせるという、あまり見栄え的にはよろしくない能力だったことで心ない言葉を投げかけられてとても傷ついていた。
そのショックから寝込んでいて、その心が弱った時に〝田辺 絵里香〟の意識と混ざり合ってしまい、絵里香が主体で人格が統合されてしまったようだ。
「うーん……」
幸いにも、主人公の旅立ちとなる本編開始まで時間はある。
正直、エリカの記憶を辿れば〝ゲームと違う〟部分も色々と見えて来ているので、ここを完全にゲームの世界と同じだと思い込むのも危険だと感じている。
「……これからどう生きていくのか、か」
人生設計のやり直しを思い、私は溜息を吐くしか出来なかった。