後編
少しすると、ザバーッと水面から浮かび上がってきた。
びしょびしょに濡れた、白い服の女性だ。水の中にいた時点で普通の人間ではないし、白い服といえば幽霊を連想したり、濡れた女といえば「ぐっしょりとシートが濡れて、女は消えていたのです!」みたいな怪談を思い出したりもするが……。
一般的に、そうしたお化けは、長い黒髪の日本女性というイメージだろう。一方、池から出てきた彼女は、ボブカットくらいの金髪碧眼。頭の上には薄らと、天使みたいな輪っかも浮かんでいる。
彼女は無言で肩に手を伸ばし、少し服を破きながら、引っ掛かっていたルアーを強引に毟り取った。両手で顔を拭い、したたる水を払いのけてから、ファミレスのウエイトレスみたいな笑顔を浮かべて、私に告げた。
「あなたが落としたのは金の指輪ですか、それとも銀の指輪ですか?」
いつのまにか彼女は、手のひらに指輪をのせていた。右手に金の指輪、左手に銀の指輪だ。
どちらもピカピカと輝いており、単なる金色・銀色ではなく、素材からして純金製・純銀製なのが見て取れた。
私の結婚指輪も銀色だが、光沢もデザインも、彼女の手の上の指輪とは全く違う。しかも、よく見れば……。
「どちらも違います。ただの結婚指輪です」
「正直なあなたには、金の指輪と銀の指輪、両方とも差し上げましょう」
「どちらもいりませんから、結婚指輪を返してください。それです」
私がビシッと指を突きつけた先は、彼女の左手の薬指。あろうことか、池の中から現れた女性は、私の結婚指輪を指にはめていたのだ!
「あら残念。これ、私も気に入ったのに……」
着服する気満々だったらしい。それでも、渋々といった表情で指輪を外して、私に返してくれた。
「では、ごきげんよう」
軽く手を振りながら、水の中へ沈んでいく。
それを見届けて、私は帰り支度を始めた。
あれはこの池の女神か何かだったのだろう、と思いながら。
こうして、紛失事件は無事、解決したはずだったが……。
その夜、ベッドの中で妻が激怒した。
「指輪から別の女の匂いがするじゃないの! どういうこと? 大事な結婚指輪なのに!」
(「池に指輪を落としたら」完)