第9話
「なんだこの数は⋯⋯」
長虫の群れが壁一面を覆い尽くしていく。
溶解液で穴を溶かしながら進んでくるとは予想外の行動に今度はこちらが苦虫を噛む番だった。
「多数の熱源に取り囲まれています。脱出できる可能性は低いと思われます」
「冷静な分析ありがとよ」
来た道を戻ろうにもすでに入り口にも群れは押し寄せており、仮に突破したとしても縦穴を登っている最中に襲われたらひとたまりもない。
こうなったらアシッドリーパーを全部叩く他ないが⋯⋯しかしこの数相手にどうする?
「壁の向こう側、出口へと繋がる道が存在します」
「そんなことがわかるのか?」
「しかし、壁を破壊する必要がありますが⋯⋯」
オレはそれを聞いてすぐに聖剣を顕現させ、アシッドリーパーが身を翻すよりも先に魔力で編んだ斬撃を繰り出した。
放たれた一撃は目の前のアシッドリーパーを突き抜け、さらに壁に到達した瞬間に衝撃波となって周囲に拡散する。
脱出のチャンスはアシッドリーパーたちが衝撃に怯んでいる今しかない。だが埃と土を巻き上げただでさえ悪かった視界が悪化する。
「そのまま走り抜けてください」
「信じた!」
ドロミーとその他の部分を拾い上げ、言われた通りに粉塵の中を一気に走り抜けた。
「お前結構重いな⋯⋯」
「それはレディーに対して失礼じゃないでしょうか?」
「そりゃ悪かったな」
部屋を抜け視界が開けた。やってきた時と同じような道が続いている。背後から溶解液の弾ける音も聞こえてくるが振り返る余裕はない。
アシッドリーパーとの距離はさほど離せていなかった。それどころか徐々に差を詰められているのか、長足の蠢く音が大きくなっている。
走り続けてわかったのは出口までの道が緩やかな登り坂になっており、必然的にこちらのスピードが落ちている。このままじゃ追いつかれるのも時間の問題だ。
「やはりこうするしかないようですね。私の腕を使ってください」
「これでアイツらを殴れっていうのか?」
「殴るのではなく投げるのです」
抱えていたドロミーの腕を一本、後方へと放り投げる。飛んでくる腕に反応してアシッドリーパーが巨大な牙で噛み砕く。光と共に爆発が起こって瞬く間に洞窟が崩落し始めた。
落石に飲み込まれたアシッドリーパーの声が木霊する。
「え? なんで爆発した?」
「私の各パーツには緊急用の魔力貯蔵タンクがあります。そこを破壊されたことでこのような爆発が起きたと推測します」
そんな危険なものを運んでいたのか。もしあの部屋で壊してたら今ごろ爆発に巻き込まれていたのはオレだったに違いない。
それにしても爆発とはなんだか耳が痛い話だった。
「しかしこれでは足止めするのが精一杯ですね」
「だけどいいのか?」
「問題ありません。この方法がもっとも確実です」
ならありがたく使わせてもらうまでだ。押し寄せる熱波に背中を灼かれながら紙一重のところで猛攻を凌いでいき、暗闇に浮かぶ光が見える。ようやく出口までたどり着いた。
「これで最期です」
残っていた右足を聖剣の斬撃で破壊し、幾多もの爆発も相まって脆くなっていた洞窟が崩れだす。
「やったか⋯⋯」
完全に出口がふさがる前に最期の一匹が飛び出してきた。しかしここはもう洞窟の外、アシッドリーパーの直線的な攻撃を見切るのは容易い。
十分な回避行動でそれを避けトドメの一撃を打ち込んだ。
☆
「なになに今のご機嫌な爆発は。もしかしてデント死んだ?」
よくもまぁ、いけしゃあしゃあと物騒なことが言えたもんだ。誰のせいでこんな目に遭ったと思ってる。
「なんで服着てないの!? 早くコレ着て!」
自分が全裸だということなどすっかり忘れていた。渡された服にいそいそと着替えている最中、ずっとカティがオレを見ていた。
「怒ってないの⋯⋯?」
「いや、もういい⋯⋯」
カティの鬼畜の所業で命を落としかけたこと、怒ってないわけがない。もちろんオレにはカティに対して怒ることもそれ以上のことをする権利だってあるはず。
でもマジックアイテムは手に入ったことだし、カティが同行していたら同じ危険に遭遇していたことになる。それを思うとオレ一人での敢行は正しかったとも言える。
実際のところ、疲弊によって怒りで暴れるほど元気は残っていなかった。
「よかったよかった。だったら財宝の分配しようよ。もちろんテンドが大目に持っていっても文句は言わないから」
「お前本当に悪かったって思ってる?」
収穫物を並べ終わるのは一瞬だった。カティの顔から笑顔が消えるのも一瞬だった。
「これ、何?」
「お前の所望してた財宝だよ。まぁこれを分配ってのは難しいかもしれないけど」
「はじめまして。私はご主人様に仕えるドロミーと申します。もちろん女性の相手も可能なので、あなたも私をご自由にお使いください」
「子供には刺激が強かったか?」
「色んな意味で刺激的で衝撃的だよ! てか首じゃん!? 喋ってるし⋯⋯キモチワル」
人が命からがら持ち帰った物に対して酷い言われようだった。不平不満を隠そうとしないところはまさしく年相応と言ったところだろうか。
「しょうがないだろ財宝なんてなかったんだから。そもそも財宝の話が嘘だったってことだろ? あーあご愁傷様でーす」
「ちょ、なんでちょっと嬉しそうに言うの」
オレもまた子供じみた態度だった。そんなオレたちを見かねたドロミーが口を開く。
「財宝という定義が曖昧ですが、金銭に変えることのできるものを財宝と呼ぶのでしたら、確かに地下に存在していました」
その言葉にオレとアリゼがの声が重なった。
『⋯⋯まじで?』
命からがら抜け出した洞窟の出口は爆発によって埋まっているし、中はアシッドリーパーの巣とかしている場所にわざわざもう一度突入するのも馬鹿げている。
ほんとこの子は言い出すのが遅いんだから。
「でもでも⋯⋯」
それでも諦めきれないカティが恨めしそうに洞窟を見つめる。
「なら今度はお前も一緒に行くか?」
「え、いいの⋯⋯? って、突き落とす気満々じゃん!」
おっと、バレてしまってはしょうがない。こうなったら入り口のもどうにかして埋めておこう。
財宝は手に入らなかったがこのまま放置するのも危険だろう。他の誰かに見つかることもないなら最初からなかったことにするのが丸く収まる。
「とりあえずどっかで飯にでもするか。もちろんカティの奢りで」
「⋯⋯ま、まぁ、それぐらいならいいけどね」
人目のつかない場所も注文に付け加えおこう。少女を同行させる首を持った男、これじゃ面倒に巻き込まれるのは目に見えているから。