第8話
この状況、どこからツッコめばいいものか。偶然見つけた頭が喋り出したことをまだ飲み込めずにいる。
「本日はどんなプレイをご所望でしょうか。メイド、妹、新妻、ご飯にする? お風呂にする? それとも混ぜて雑炊にする? ご希望があればなんなりとどうぞ」
しかもよくわからないノリと勢いがすごい。
「待て待て、ちょっと落ち着いてくれ⋯⋯」
オレの言葉に反応してピタリと止まる。こちらの言葉は理解できているようだ。
「ここで何してた?」
「待機していたところ外部からの刺激によって再起動しました」
言葉を発するだけあって一応は会話が成立するみたいだ。会話ができるならコミュニケーションを取ることもできるかもしれない。
「じゃあ⋯⋯お前はなんだ?」
「現状可能なのは口淫のみです。四肢が現存していればもっと⋯⋯」
「コミュニケーション取れてないじゃん!?」
オレは頭を蹴り飛ばしていた。甲高い音を響かせながらあちこちにぶつかり、ゴロゴロと転がって元の場所に戻ってくる。
ちょっとだけ苛立ちが解消された気がした。
「すまん。つい理不尽に思って」
「冗談です⋯⋯」
目の部分がチカチカと点滅を繰り返しているのは、目が回っている表現なのだろうか。
「私はご主人様の性欲を満たすために制作されていました。しかしある日制作は中断。この場所は放棄されここにいた人々も皆去っていきました」
「冒頭から話が入ってこなかったんだけど⋯⋯」
「私は自分の存在意義を証明できる日まで自閉モードでスリープしていたところ、現在のご主人様と邂逅しました。呼称はドロミーです」
大半がよくからない情報で溢れておりまったく理解が追いつかない。
「えーっと、つまりオレがご主人様ってこと?」
「私を起動させたのはあなた様です。それに他の方もここにはおられません」
そんなこともわからないのかと言いたげだが、オレのことをご主人様と定めているおかげで実際に言葉にはされない。目ではすごく語ってはいるが。
「まぁいいや。どれぐらいそうしてたんだ?」
「前回の起動からおよそ52年の経過を確認しています」
つまりこいつは誰にも発見されることなく、今までずっとここにいた。
そして今日という日にご主人様の性欲を満たすために目覚め、そのご主人様がオレということになっている。勝手にこっちで要約すればそんなところだろう。
自分で確認しておいてあれだが、何を言ってるんだこいつは。
このドロミーを作ったやつも大概だ。性欲を満たすためだけにこんな未知の技術で喋る頭を作ったなんて才能の無駄遣いだろうに。
「よくそれだけの年月存在を保つことができてたな」
「近くに膨大な魔力源が存在していました」
「それってこれか? もしかしてこれについて何か知ってるのか?」
さきほど見つけたマジックアイテムを見せる。
「これはマジックアイテム『不浄解体』の一部です。単体としても膨大な魔力貯蔵庫として活用できますが、本来の効果を発揮するには全て揃える必要があります」
ドロミーの答えに愕然としてしまう。使用方法を知っていればと軽く聞いただけなのに。
まさか不完全な代物だったとは。
股間を元に戻すにはまだ足りない。残りはいくつだ? それはどこに? 解決の糸口は掴んだのに先が見えない課題が山積みになっていく。
「ご主人様?」
「いや、気にしないでくれ⋯⋯別にお前が悪いってわけじゃない」
「なぜ局部を露出させているのでしょう?」
「なんだよそっちか」
興味深そうにオレの股間を凝視する。ねぇ、まじまじ見るのやめてくれない?
「あとこれ、お前の腕でいいんだよな?」
偶然拾っておいた腕。こっそり持ち帰って売りさばこうとしていたことは黙っておく。
「おや、そんなところにありましたか」
「自分の腕なのに扱いが雑じゃないか?」
「私の意識と呼べる部分は頭部にありますので。しかし四肢がなければ不便なのもまた事実。これではご主人様の希望に添ったこともできない可能性があります。冗談です。蹴らないでください」
まだオレは何も言ってない。それにお前の頭は硬すぎる。
「ご主人様何をやっておられるのですか?」
「残りの足とか腕を探してやろうかなって」
腕を返したはいいもののこれだけってのも逆に困るだろう。
他の部位を探そうにもこの中から見つけ出すのは一苦労しそうだが、手当たり次第に瓦礫をひっくり返しながら探してみることにした。
「全てのパーツが揃った暁には、私の絶技をお披露目しましょう」
「いらねぇよ」
埃をかぶっていた右脚と壁の隙間に挟まっていた左腕。次々と順調に見つけていく。
左脚は山のように積み重なった瓦礫の間に差し込まれており、引き抜くと上段が音を立てて崩れ落ちてくる。
「ご主人様はお優しいのですね」
「そういうわけじゃないさ。ドロミーは色々知ってて便利そうだから手を貸すだけだ」
「私をそんな尻の軽い女と思わないでいただきたいです」
「なんなのお前」
結局胴体を見つける事はできなかった。一番大きい部分で見つけやすいと思ったが、事はそう上手く運ばない。
「結局中途半端で悪いな」
「いえこれで十分です」
集められた腕二本と足二本。ドロミーは満足そうに呟いた。
あとは出口を見つけてさっさとここを抜け出すだけだが⋯⋯実際問題それが一番難しい。
ドロミーの部品を集めながら調べてみたが、この部屋には出口らしきものはなかった。入り口は落とし穴。そして出口なし。ここにいた人たちは一体どこから出て行ったのか。
まるでドロミーの存在自体を隠蔽しようという魂胆なのか、奇妙な構造で全体像の把握はできそうにない。
「ピコーン! この反応⋯⋯きます!」
「来るってなにが⋯⋯」
ドロミーが叫ぶのと同時に嫌な音が聞こえる。四方八方の壁が溶け出し黒い塊が這い出てくる。
大きな音を立てすぎたか⋯⋯。
閉ざされた空間でアシッドリーパーの群に囲まれしまった。