第7話
このまま落下に身を委ねるわけにはいかない。
顕現させた聖剣を杭のように壁へと打ち込むと確かな手応えがありそれ以上落下することはなかった。
ただし急停止した後の反動までに考えが至らず、そのまま正面の壁に身体を打ち付ける。
そして眩い光が膨れ上がり爆発した。
崩れる壁から剣が抜け一緒になって落ちていく。幸いにも縦穴は案外浅かったようで、背中を強打しもれなく全身を駆け巡る激痛に身悶えするも、なんとか地に足をつけるこができた。
「だけど締まらねぇな」
先ほどまでの暗闇に光が指す。見上げた先縦穴が光に照らしだされその輪郭がハッキリする。
やりたくはなかった。不慮の事故とはいえ身につけていたものが弾け飛び、暗闇を照らす光源が股間からお目見えする。
その結果、穴の底から続く道を見つけることもできたわけだが。
「本当に入り口になってたのか⋯⋯」
カティの言葉は嘘じゃなかった。しかしあの行為を正当化できるかは別の話だ。ここから穴を登って引き返すことはできそうにない⋯⋯なら今はこのまま進もう。
横穴はさっきまでの縦穴と同じぐらいかそれ以上に広いものの、一本道が続いているだけなので道なりに進めば迷う心配もなさそうだ。もちろん出口があればの話ではあるけど。
「おいおいまたかよ⋯⋯」
地面には大小様々な岩と共に人間の骨らしきものが散見する。
これも『生きては帰れない洞窟』の犠牲者だろうか。
さっきまで必死の落下劇を繰り広げ、今じゃ死と隣り合わせの洞窟内部にいる。そんな状況でも下半身露出というかほぼ全裸を晒している。
何をやっているのか正直わからず気が狂いそうになる。だから考えるのをやめた。それに⋯⋯。
「何もいないわけないよな⋯⋯」
さっきから向けられる敵意と足音に紛れて聞こえる音。どう考えてもこの状況をどうにかするのが先決だった。
「上か!」
照らし出されるのは長い胴体に幾本もの足、一見すると大きなムカデのようだが口もとには二本の鎌を思わせる巨大な牙が光る。
捕食にも攻撃にも溶解液を用いる魔物『アシッドリーパー』おまけに随分と巨体だ。
落ちてる骨はこいつの仕業か? どうする⋯⋯走って逃げるか?
ギチギチと牙を擦らせ足を蠢かす。こちらの様子を伺っていたのもつかの間、長い胴体をバネのように伸縮させ一気に突っ込んできた。
「ふんっ!」
剣と牙が衝突し不快な音が響く。押し合いは拮抗するがアシッドリーパーの口が大きく開く。
すぐさま突進の勢いを受け流し剣と牙が離れ互いにすれ違う形となるが、追いついてきた胴体がオレを横薙ぎに打ち払った。
「がはっ⋯⋯」
防具を身につけていない状態では必然、防ぎきることなど不可能。まともに受け身を取れないまま後方の壁へと叩きつけられ呼吸が一瞬止まる。
だけど止まってはいられない。身体が宙に浮きかけた瞬間、壁を地面に見立てて蹴り上げた。
後方の暗闇で壁が溶ける音が聞こえてくる。突進の勢いのまま身を屈め、アシッドリーパーの腹部の下を掠めながら通り抜けて反転する。
「あークソっ、戦いずらい、イライラする!」
こっちは防具なし。どこに攻撃が当たっても致命傷になりかねないうえ、股間に当たるようならその時点で死を覚悟する羽目に。
意識すれば気を取られ一瞬防御が遅れる。対してアシッドリーパーは堅牢な外殻に牙と溶解液。
飛び道具とは卑怯だが、所詮は虫の頭だ。遠距離から一方的に溶解液を飛ばそうなんて発想はなく、こっちから突っ込んだことで興奮気味に牙を擦らせる。
しかしだ。どうにも視界が悪すぎる。光源はあるもののアシッドリーパーの全貌すら把握しきれない。
オレはもともと知覚などの魔法は得意じゃない。魔法全般が不得手といっても差し支えないぐらいだ。
おまけに剣技も自己流でオレにあるのは勇者という事実のみ。
故に剣に何かを込めて戦ったこともない。
そんなオレがこんなところで苦境に立たされているのは全部魔王のせいだ。あいつさえ余計なことをしなければ⋯⋯。
「魔王のクソ野郎⋯⋯今度会ったら絶対泣かせてやる! はぁぁぁっ⋯⋯!」
聖剣に魔王への怒りをありったけ込める。
オレとアシッドリーパーが動いたのはほぼ同時。正面から向かってくる牙を今度は下から打ち上げた。
予期せぬ方向からの衝撃に牙が耐えきれず折れる。胴体を今まで以上に荒ぶらせ仰け反る隙を見逃さない。
狙うは一点。頭と身体を繋ぐ部分、硬堅牢な外殻の隙間を聖剣で撫で切った。
鋭い断末魔と共に溢れ出る溶解液で辺り一面は異臭に包まれる。
頭部を切断してもなお動き続けていたが次第に鈍くなっていき、ゴポゴポと音を立てていた溶解液が止まるのとほぼ同時にアシッドリーパーが完全に生き絶える。
冷や汗が頬を伝う。股下の辺り、そこに溶解液の飛沫が落ちていた。こんなものが直撃していたらと、想像するだけで縮みあがりそうだった。
☆
横穴をかなり進んだ先、見るからに頑丈そうな扉に悪戦苦闘していた。
錆びついているためかちょっとやそっとの力ではびくともせず、あらん限りの力で押し続けてようやく一人分が通れるスペースができた。
開け放たれた扉の奥からは埃とカビの臭い、そして濃密な魔力の反応があった。
部屋の中を捜索してすぐ、光を反射する透明な箱を見つける。
「これか⋯⋯?」
いくつもの線が繋がれた台座の上に乗った透明な箱の中、三日月に型どられレリーフと装飾があしらわれたマジックアイテムが入っている。聖剣の柄で弾くと箱はいとも簡単に砕け散る。
意外と順調にアイテムを手に入れたわけだが⋯⋯。
「これで合ってるんだよな⋯⋯?」
カティにアイテムがどんな形状なのか聞いておくのを忘れていた。そもそも噂話から始まった代物の詳細なんて知らない可能性もある。
股間近づけたり呪文を唱えたりしてみたが何の反応もしめさない。これ自体が魔力を放っていることからマジックアイテムなのは明白。だがイマイチ使い方がわからない。
他にそれらしいものは何も見当たらず、物品も数はあるがどれも用途すらわからないものばかり。カティのお目当てだった宝なんかは影も形もない。カティよ残念だったな。
マジックアイテムは鑑定などで調べるとして、残す問題は出口だけだ。
視界の悪い中無闇に歩きすぎた。さっきひっくり返したであろう瓦礫の一部に躓いてしまう。
「いてて⋯⋯。ん? これは人の腕⋯⋯」
何度も見てきた骨ごときでは今さら驚いたりもしない。だけどこれは少しだけ違った。
骨にしては随分と太く、腕にしては随分と重かった。表面はだいぶ傷だらけだが観察すればするほど本物そっくりだった。
これほどのものをどうやって作ったのだろうか。鎧や剣とはわけが違う。
まぁまぁ気味が悪い代物ではあるが、カティにはこれを持って帰ってやろう。売れば多少なりとも金にはなるだろう。
「ピコーン!」
「今度はなんだ!?」
今のはなかなかにビックリした。音の発生源は足元からだった。
「腕の次は頭か⋯⋯」
この頭も腕同様に作り物だった。音を発したことを除けば。
「太陽光を確認⋯⋯省エネモードで再起動⋯⋯」
「おいおいなんだなんだ?」
よくわからない言葉を羅列する頭部。両目の部分に光が灯るとこちらを見つめてきた。
「あなたが私の新しいご主人様ですか?」