第6話
結局この日は明日に備えて休む手筈となった。宿から服に至るまですべてカティに用意させてしまう情けなさ。
この状況を甘んじて受け入れはしたが、一つ懸念がある。まだカティの口からその目的を聞いていない。
これらの恩を上乗せされた挙句、無理難題をふっかけられる可能性だってある。積み重なる不安材料に今夜はどうにも眠れそうになかった。
しかし、気づけば朝を迎えて普通に熟睡していた自分に驚く。こうやって気づかないうちに何か大切なものまで壊れていってるんじゃないかと恐怖する。
ある日突然自分で首を吊ってるなんてゴメンだ。
さっさと身支度を終え指定された時間と場所に先に向かう。そこにはすでに到着していたカティの姿があった。
「おはようデント。昨日はよく休めた?」
「⋯⋯出発前にハッキリさせておきたい。カティの目的を」
「お金が必要なの」
オレの質問にためらうことなく即答してみせた。存外普通の目的に少々肩透かしな気分だったが、カティはさらに言葉を続ける。
「私がいなくなってた間にお母さんが病気になって⋯⋯それでどうしてもお金が必要なの」
「お、おう⋯⋯そうか⋯⋯」
くそッ⋯⋯なんだか目頭が熱くなってくる。この小さな背中にはそれほどの覚悟を背負っていたのにオレはそれすらも疑って⋯⋯。
これで決心がついた。もう何も言うまい。カティの恩に全力で応えよう。
「ここから北上した先にある『北方山脈壁』の麓に洞窟があって、そこにマジックアイテムがあるって噂。きっと他にもお宝が眠ってるはず⋯⋯だから」
「あぁ、きっとあるさ。なら早速洞窟へ向かおう」
「頼りにしてるよ。デント」
オレたちはそれぞれの目的のため、洞窟を目指す旅が始まった。
☆
『北方山脈壁』その名の通り大小からなる山々が連なり壁のように鎮座し、今の季節だとまだ山頂には雪が残っており遠くから眺める分には絶景に違いない。
今のオレたちには絶景を楽しむ余裕はなく、山脈に近づくにつれ数を増す魔物との戦闘の真っ最中だった。
「おー。デントは本当に強いんだね」
『バットイーグル』の群れをなんなく撃滅し、戦闘を見守っていたカティが小さな歓声をあげた。他に魔物の気配がないことを確認してから木の陰から姿を見せる。
「しかしやたら魔物が多いな⋯⋯」
これで何回目の戦闘だったろうか。いくらハンデを背負っていようともこの程度の強さならオレ一人で事足りるが、ここまで連続でとなると気の休まる暇もない。
「人が寄りつかないせいもあって魔物が多いのかも」
「目的の場所には確実に近づいてるってことか」
そしてその場所は突如として現れた。
「ここがそうなのか⋯⋯」
その洞窟は大きな山を切り出したもので、明らかに人為的に作られた形跡がある。
マジックアイテムかどうかはわからないが、それでもなにかが眠っている可能性はある。カティの話にもぐっと信憑性が増す。
しかし、なんだろうかこの妙な気配は⋯⋯。
洞窟に近づいた時からさっきまで押し寄せていた魔物の群れはなりを潜め、代わりに肌に纏わりつくような魔力の痕跡が感じ取れる。
来るもの拒まず去るもの逃さずの、無意識のうちに誘い込まれているような嫌な気分だ。
「ここからはオレが先頭を行く」
カティから灯りを貰い受け進んでいく。しばらく何かが通った痕跡もなければ虫一匹いやしない。
用心に越したことはないが、暗闇は光を遮り行く手を阻む。
「もう少し大きな灯りはあるか?」
「やだなー。その股間の輝があるじゃんか」
おいおい⋯⋯こう言う時にその冗談はキツイ。それともカティなりに場を和ませようとしてくれたのか。どっちにしろあんなものに頼るのは最後の手段だ。
「ん? 今妙な音が聞こえなかったか?」
「いや何も聞こえてないけど。ちょっと待ってね灯りになるもの取り出すから」
魔物の気配はない。少し過敏になっているのか⋯⋯何かが動く音が聞こえた気がした。
「いや、何か動いて、近づいてる⋯⋯! この振動は⋯⋯カティ!」
「え? なにいきなり⋯⋯ぐべぇっ」
オレは咄嗟にカティの身体を突き飛ばした。地面が口を開き垂直に貫く縦穴が出現する。
落とし穴か⋯⋯。
次の瞬間、オレの身体が宙に浮く。瞬時に手を伸ばし穴の側面の突起を掴むことで落下は免れるものの、片腕だけで支えている状態ははまだ落ちていないと表現したほうが的確だった。
「イタタ⋯⋯デント大丈夫?」
「あぁ、今のところはな⋯⋯」
あの音に気づかなければ二人して真っ逆さまに落ちていた。この穴がどれくらいの深さなのかはわからないが、多分ただでは済まないはずだ。
「悪いがちょっと手伝ってくれ⋯⋯カティ?」
灯りに照らされ目を細める。影を落としたカティの表情がオレを冷たく見下ろしていた。
「お前⋯⋯まさか最初からそのつもりで⋯⋯」
オレはコイツに騙された。カティはここに落とし穴があることを最初から知っていて、オレが助けるだろうということも見越していた。この状況でそれ以外ない。
「え? 違う違う騙してないって。想像力豊かすぎじゃない?」
「オレの心を読むな。ならなんで手を貸してくれようとしない? やっぱりそれはお前がオレをここにつき落としたいからで⋯⋯」
「ちょっと落ち着いて。今から確かめるから」
「確かめるって何を⋯⋯」
カティは足元の石を拾って投げる。それを何度か繰り返す光景を見せられてオレが納得するとでも思っているのだろうか。段々と苛立ちが込み上げてくる。
「この音聞こえる?」
投げた石がすぐに壁に当たって落ちる音。そんな当たり前のことを確認して何の意味が⋯⋯いや、それは変だ。それじゃこの先はすぐ行き止まりってことじゃないか。
「そこ、入り口なんじゃない?」
「⋯⋯え?」
この穴の先が入り口になっている⋯⋯いやないな。
「ほらテンド、勇気を出して!」
「いや、いやいやいや⋯⋯そんな怖いこと思いつくんじゃねぇ。それに、お前は信用されてないってことを忘れるな!」
「だから本当に騙してないって。こんなとこに穴があるなんて知らなかったんだよ」
「本当に? 嘘ついてない?」
沈黙の時間が流れる。コイツやっぱり⋯⋯。
「関係ないけど、病気のお母さんのためっていうのは嘘。なんか話の流れで」
「それは今聞きたくなかったけどな!」
腕の痺れが辛くなってくる。なんとかしてもう片方の腕でどこか掴めないか試行錯誤する。
「ねぇデント。私が今何考えてるかわかる?」
「唐突だな。そりゃこれは冗談で本当は助けて⋯⋯」
「足でどーん!」
カティがオレの手を蹴り上げた。今度こそオレは支えるものを失い真っ逆さまに穴へと落ちる。この女、超えちゃいけない一線を超えやがった。
「ちょっ、オレがまだ喋ってるだろ⋯⋯」
「頑張って! 私はここで待ってるから〜!」
カティの声が遠く響く。
あとで絶対に泣かしてやる。オレの心の声がカティにちゃんと届いていることを願う。