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第41話

 

「それではデント様、そろそろ本題といきましょう」


 身体に不調がないかを確認する意味も込め、全速力で駆けていた時、ドロミーがつもよりも真面目な顔で切り出した。


 とはいえ、ドロミーの表情が動いたわけではない。そもそも、オレにはいちいちドロミーの表情を窺っている暇もなく、声のトーンから察したにすぎない。


「そのままで聞いてもらって構いません。それと失礼を承知で言わせて頂きます。本当に、あのゲバディに対抗できるとお考えですか?」


 丁寧なほどの前置きに続いたのは、核心を突く言葉だった。


 物資を整えはしたが、結局は気休めに過ぎないことはわかっている。だからって勝つ算段を悠々と考えている余裕もないことはドロミーはわかっているはずだ。


「そこで私の案です。私自身を失われた不浄解体の媒体ととすれば、その力を行使することができます」

「⋯⋯」

「聞いてますか?」

「あー、風だよ風。今走ってるからな」


 子供みたいな嘘だった。この速度で走っていれば周りの音が聞こえづらいのは確かだが、そんな中でもドロミーの声ははっきりと聞こえていた。


 そのためか、ここまで快調に走れていたはずなのに、気づけば息を整えるために立ち止まっている。


「それってどういう意味だ?」

「長い期間私の中に不浄解体を収納していたせいか、いつの間にかその機能を理解し引き継いでいました。元々不浄解体の魔力で私は動いていましたから、その頃から適合の可能性はあったのでしょう。この偶然を活かす手はないでしょう」

「いや、そういうことじゃなくてだな⋯⋯!」


 オレが言いたかったのは、さっきら淡々と話すドロミーの態度についてだ。


 その自己犠牲はなんだ? お前が人間じゃないからか? 


 お前がその道を選ぶことで、カティが、アイリスが、オレの気持ちを考えて言っているのか?


「カティ様はわかっていたわけではないと思います。それできっと、不確かなものだったとしても、僅かな可能性に賭けたからこそデント様に預けたと考えられます」

「だからっていきなり⋯⋯だって」


 その瞬間、ドロミーが笑っていたように見えた。


「何度も言いますが、これは偶然です。そしてこの偶然を必然に、奇跡にする義務があなたにはあるのです。だってあなたは勇者なのだから」





 ☆



 


 今のは走馬灯なんかじゃない。ドロミーとの最後の記憶だ。


 漆黒の世界に色がつき、不快な臭い、肌を灼く感覚。


 オレは戻っていた。いや、正確には吐き出されていた。


「何を⋯⋯私に何をしたぁ⋯⋯!」

「おいおい。そんなに大声あげるなよ。さっきまでの余裕はどこいったんだ? そんなにオレのことが口に合わなかったのか?」

「ティオナ・デント⋯⋯!」


 怒りに身を任せて突っ込んでくるが、今度はゲバディが吹き飛ばされる番だった。


「これは先程のお返しですわ」


 オレたちの間に割って入ったアイリスが、銀色の髪を靡かせる。


 ゲバディに身体を補食されかけはしたが、吐き出された時の衝撃が気付けになっている。辛うじて動く身体を起こし、もう一度ゲバディと相対する。


「私の力が⋯⋯消えていく⋯⋯私の力がぁ⋯⋯!」


 端から見れば何が起こっているかわからないだろう。だが、同じ経験をしたオレにならわかる。こ


「お前は不浄解体について勉強不足だったんだ」


 不浄解体はどんな呪いも魔法も解除する?


 それは違う。あれはそんな都合のいい代物じゃない。


 不浄解体は魔王の呪いはおろか、オレの、勇者としての経験も力もすべてを消し去っってしまった。


 残ったのは勇者の器だったという事実のみ。


 容量がでかいだけの中身を伴わないただの人間へと、不浄解体はそんな歪な存在へとオレを変えていた。


 そう、これもすべてが偶然なんだ。


「それにお前の力の本質が"吸収"である以上、ただの人間を取り込んだ時点でどうなるかわからないわけじゃないだろ?」


 突如として自分の力を上書きするほどの無を取り込んだ時点で、お前は確実に弱体化している。


「おまけに盗み見る人間を間違えていたわけだ。でも安心しろ。お前の敗因はそこじゃない。ドロミーのことを⋯⋯オレの仲間のことを軽んじた結果こそがお前の敗因だ」

「さっきからごちゃごちゃと五月蝿いぞ! まだ私が負けたわけじゃないだろ!」


 すべての魔法具、並びにステータスを上昇させるポーションの数々。これだけで残りの人生は遊んで暮らせるほどの最高級の品々。


 それらすべてを使用することで。デタラメなパワーアップを果たしたアイリスが銀剣を構える。


「結局人任せで自分では何もしないんですから」

「ほらオレ、今は普通の一般人だし?」

「まぁ、それでこそあなたらしいですけどね⋯⋯!」

「そんじゃいっちょ、やっちまえ」


 目にも止まらぬ速さで駆けたアイリスには、誰も反応できなかった。


 銀剣が虚空を切り裂いたかと思えば、すでにゲバディの身体は空高く打ち上げられている。


「ルゥ⋯⋯アァ⋯⋯」


 アイリスの周りに数十匹⋯⋯いや、その数はどんどんと増していき、やがて無数の銀狼たちは1匹の巨大な狼へと変わっていく。


 空中で必死の抵抗を見せるゲバディだが、誰の目から見ても結果は明らかだった。


「走りなさい【銀狼終曲】」


 一筋の銀光がゲバディを、暗雲立ち込めていた空もろとも穿ち切り裂いた。

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