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第39話

 少し歩みを進めては身体を休める。そうして地面を這い続けてみても、進んだ距離に愕然とする。


 あとどれだけこの作業を繰り返せばいいのか。動く度に苦痛に顔を歪ませられ、流れる汗の量も尋常じゃないというのに。


 だからといってオレがここで立ち止まるわけにはいかないことはわかっている。それなのに、もう、意識がなくなって⋯⋯。


「もう少しですよデント様」


 ドロミーの声で遠く薄れていた意識が引き留められるのと同時にまた這っていく。


「あぁ、わかってる⋯⋯でも、ちょっと、待ってくれ⋯⋯」


 焦る気持ちとは裏腹に、身体のほうがそろそろ言うことを聞かなくなってきた。


 この身体をどうにかする以前に、その辺でくたばってしまうかもしれない。


「なに虫みたいに這いつくばってるのよ? もしかして踏んでほしいの?」


 誰がそんなことを頼むものか。


 そう大声で言ってやりたかったが、出てくるのは血の混じった咳だけ。


 それよりも今のはドロミーの言葉ではない。なにより、この聞き覚えのある声に本能が逃げろと叫んだ。


「おや? デント様、急に元気が出てきましたね」

「そんな呑気に言ってる場合じゃない⋯⋯!」


 記憶の片隅から引っ張り出してきた姿に、掛けられた声が重なって嫌な汗が止まらない。


 あれだけ死にかけていた身体も今では目を見張る速度で動けていた。


「ちょ、ちょっと振り替えって確認してくれ」

「首だけの私に何をおっしゃいますか」


 オレたちのやり取りに痺れを切らしたのか、背中を踏みつけながら跨いでいきやがった。


「本当に踏むやつがあるか⋯⋯!」


 視線をあげた時、スカートから覗いた下着には見覚えがあった。


 欲情なんてものは微塵もない。込み上げるのは忌まわしい記憶だけ。


「死にかけの割りには随分元気じゃない。だったら今ので死ねばよかったのに」


 これまで出会ったやつらとはまた違った、悪意と憎悪で語りかけられる。


「ルーナ⋯⋯なんで生きてるんだ?」

「はぁ?」


 おっと、おもわず本音が出ていた。


 ルーナたちが死んでいることを決して期待していたわけでもなく、ましてや心の底から望んでいたわけでもないぞ?


「なによ?」

「いや、別に⋯⋯」


 ついカティとのやり取りの癖で色々と思考していたが、それがルーナに届くわけもなく、少し落胆してしまう。


「なんかムカつく」

「いってぇ⋯⋯」


 だからって、なんでそうすぐに暴力に頼るんだコイツ⋯⋯。


「話には聞いていましたが、あなたはデント様の昔の仲間の方ですね? 懐かしむことも必要かと思いますが私たちには時間がありません。そこを退いていただけますか?」


 頼りないオレに代わって、ドロミーが毅然とした態度で接してくれる。


「なにその首? まぁ、どうでもいいわ。それよりもねデント⋯⋯ここにはみんな居るのよ?」


 新しく近づいてくる気配はザックとチェルシーに他ならない。


 瞬く間に囲まれてしまう様に、オレは本当にここで死ぬかもしれないと覚悟を決めた。




 ☆




 オレは如何にしてこの体たらくっぷりを晒してしまっているかルーナたちに洗いざらい喋った。このまま見逃してくれたらなと、淡い期待を込めて。


 はなから失われかけているプライドをかなぐり捨てて、懸命に訴えかけるも、彼女たちのオレを見る目は変わらない。


「というわけなんだが⋯⋯」

「いやはや、お前も苦労していたんだな⋯⋯」

「こいつに同情は止めてちょうだい。聞く限り自分から首を突っ込んでいるだけじゃない」


 ぐうの音も出ない事実ではある。だが、これもそれもお前たちが原因の片棒を担いでいることを忘れてやいないだろうか。


「でもさルーナ、もしかしたらデント様だって私たちのせいでこうなってるのかも⋯⋯」


 そうだチェルシー、この石頭にもっと言い聞かせてやれ。


「デント様⋯⋯? どうやらああなたは私とキャラが被っているようですね⋯⋯? この泥棒猫!」


 意気揚々としているとこ悪いがドロミー、お前はちょっと黙ってて。


 さっきまでの毅然とした態度はどこへ行ってしまったんだ? それにお前のほうが後発なんだけど。


 あ、ほら見ろ、お前のせいでオレがゴミを見る目で見られているじゃないか!


 色々なことが一度に起こっているせいで、息つく暇もない。


「はぁ⋯⋯ゲバディの気配が急に現れたから急いできてみたら⋯⋯」


 恨めしそうな吐息は半分ほど、オレへの逆恨みが混じっている気がする。


「そうだよそれ! お前たちよく生きてたな⋯⋯」


 口には出さなかったが、最初から気づいていた。3人とも身体の一部を失うほどの大怪我を負っている。


 ここにくるまでの間に、ゲバティとの激しいがあったことを物語っていた。


「まぁいいわ。チェルシーやっておしまい」


 なんだその不穏な言葉は。なんだその三下のような台詞は。


「デント様ちょっと我慢してくだいさいね?」

「それでお前はなんでそんな笑顔? なにされるのオレ!?」


 思わず目を閉じて身構えてしまう。だが、これといって身体に痛みなどは起きていない。


 その代わり、文字通り頭から浴びるように謎の液体をぶちまけられていた。


「おぉ⋯⋯? お。おぉ!」


 すぐに変化は起き始めた。あれだけボロボロだった身体がまたたくまに治っていく。どれだけの触媒を用意すればここまでの治癒を可能にするのか。


 這いつくばることしかできなかったはずが、今ではすっかり2本の足で立てていた。


「すげぇ⋯⋯。いや、そうじゃない。なんでオレを助ける?」


 オレの疑問でルーナの悪い顔に、更に素敵な笑みが足されていく。


「私たちがここまでしてあげたんだから、あんたは一体どうやって礼を返すのかしら? まずはそこからじゃない?」


 やっぱりそういうことか。コイツらはどこまでいってもコイツらのままだ。


「デント様、私たちには時間がありません。ここは堪えて素直に頭を下げましょう」

「わかってる⋯⋯わかってる⋯⋯」


 横一列に並ばせた3人の正面、オレはそこで素直に頭を下げた。


「あら~? 随分と素直じゃないの」


 ようにみせかけて、全員の顔面に一発ずつ鉄拳をお見舞いしてやった。

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