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第36話

「とりあえずどうにかしてそいつを起こしとけ」


 オレの方はもう少しこの牢を調べておきたい。ここが本当に脱出不可能なほど堅牢だとすれば、助けを待つしか他ない。


「とりあえず蹴る? 殴る?」

「人を気絶させるのは得意ですが、その逆となりますと⋯⋯」


 指示した手前、いちいち横槍を入れるのもあれだが、聞こえてくる単語が物騒だった。


 大の男を取り囲み暴力を振るおうとしている様には、さすがのオレも気が引ける。


 この中ではドロミーだけが唯一の良心となってストッパーに⋯⋯待て、あの首嬉々として鈍器役を買って出ていた。


「あー、あれだ、もう少しこう⋯⋯穏やかにできたりしない?」


 全部の責任をオレが負うことにになるんだ、せめて後腐れないようにしてもらいたい。


「注文が多いんだから。だったら私がとっておき見せちゃおっかな~?」


 えー、そんなのあるの~?


 最近じゃ食べてるか連れていかれてるしかしてないのにすごい自信だ。


「まずは心を読みます。気を失ってるからこの場合は深層心理ってところかな」


 ダイコクの心を読み解くのにはそう時間はかからなかった。


「重要なのは相手の一番いや~な部分を読み取るのが重要なんだよね。その後はいや~な部分を肥大化させて幻を見せるの」

「なんで今まで使わなかったんだよ」

「ほんとはデントに使おうと思って温めてたんだけどね」


 この女さらりと怖いこと口にした。そうやってすぐに出るよね本音。


「それじゃいくよー!」


 初めてみるカティの魔法、その結果はいかに。


「うぉぉぉっ⋯⋯!?」


 頭の中に映像が直に流れ込んでくる。それは在りもしない記憶で、昔の仲間に密告されたことで英雄から罪人へと転げ落ちていくカティ謹製の物語。


 事細かくそして限りなくリアルな映像として、濃縮された恐怖を一瞬にして体験させられた。


「なんでオレにまでこんな幻覚がぁぁ⋯⋯」


 思わず身体を抱えて震えてしまっているオレがいた。


「あー、足りなかった部分をデントに借りたせいかな? そっちにまで影響したみたい」


 読心術を併用することでピンポイントにトラウマを抉ることができるエゲつけない技だ。


 持続時間がないことが欠点だというが、隙を作るには十分すぎる効果を発揮する。


「クソっ、嫌な夢を見た⋯⋯オレの股間が⋯⋯」


 起き上がったダイコクの顔は酷い有り様だった。


 オレの悪夢が干渉してしまったことで、オレと同じく股間を⋯⋯いや、尊厳を脅かされる体験をしたのだろう。


 これはこれで穏やかとは程遠い結果だが、手際と悪意は見事なものだった。


「何を騒いでる?」


 おっと、モタモタしすぎたせいで見張りの兵士が駆けつけてしまった。


「おい、『継将の儀』ってどこで行われるか知ってるんだな?」

「知ってるが⋯⋯それがどうかしたのか⋯⋯」


 だったら問題ない。そこまでダイコクに案内させるとしてあとはここから抜け出すだけだが、その点もぬかりない。


「待て待て、まさかこの牢から抜け出すつもりなのか? 悪いことは言わない、そこでおとなしくしておくんだなこの牢は⋯⋯」

「カティ」


 幻術を見せられたことで響く男の悲鳴。その半分ぐらいの原因はオレのせいだろう。


「そこで大人しくしておけば、これ以上は尊厳を失う気分にはならなくてすむぞ。あと離れとけ」


 気分はまさに悪役だった。


「そいつの言うとおりだ。お前がウンシュウ様と謁見できるほどの人物かもしれんが、ここは物理的にも呪術的にも堅牢だ」

「アイリス」

「ほんと、自分では何もしないんですのね」


 アイリスが顕現させた白銀の剣が下に一度、さらに上への切り返しで外への道が出来上がる。


 たったそれだけのことで牢に施された呪術と物理の二段構えを破ってみせた。


「滅茶苦茶するな⋯⋯この国一番の牢を破るなんて何者なんだ⋯⋯」

「ダイコク様を驚かせてしまいましたが、これが私たちの日常なのです」

「そういうこと。オレ以外のやつがすごいだけなんだぜ?」

「そういうのいいから、早くいくよー」




 ☆




 儀式が行われる場所まではダイコクの案内通りに一直線で辿り着く。


「止まれ! ここから先は立ち入り禁止だ」


 儀式の妨害を懸念してか、警備が敷かれているせいで本陣までには踏み込めない。


 一瞬、オレたちのことに気づいたようだが向こうから手を出してくることはなかった。


 ダイコクの案で遠巻きで様子を窺うことになり、少し離れた場所に身を寄せる。


「おいおい、なんだよこりゃ⋯⋯」


 円形に囲うようにして何本もの杭が打ち込まれ、一本一本を繋ぎ止めている紐には札のようなものもくくりつけられているのがかろうじで見えた。


 こんな光景最近見た覚えがある。


 これは儀式というよりは小規模な闘技場だ。


 控えている兵士も各々武器を携え、この中に踏み込んでしまえば一歩も逃げ出せないよう体制を整えている。


「これが『継将の儀』だってのか?」

「そうだ。この国では何より強さが重要視されている。先代を越える強さを見せつけることでその権限は次の世代へと受け継がれる」


 話を聞かされ得るだけで虫酸が走る。


 ようは死合だ。正真正銘の殺し合い。これを親子でさせるなんてどうかしている。だからあの親父はすでに後がないと言っていたのか。


 決定付けられた死をもってすべての溜飲を下げろと。


 自分自身すら利用して、それで丸く収まれば万事解決とでも言うつもりなのだろう。


「手を出すなよ? そうでなくともお前は危険視されている。儀式じゃなければすぐに牢へ逆戻りだ」

「⋯⋯わかっている」


 だからってここに介入していいわけではない。よそ者であるオレたちが関わればそれこそ国の考えは一つになってしまう。それも最悪な方向へと。


「それでいい。だがお前の考えがわからないわけじゃない⋯⋯」


 ダイコクは大木に背を預け、遠い目で儀式を見つめる。


「国の交流を謳っておきながら古いしきたりに囚われている。この国は歪なんだ。至宝が盗まれなくたって、いずれは不満が溢れだしていた」


 低い笛の音が鳴る。正装と思わしきものに着替えていた2人が向かい合うようにして並ぶ。


「そういう国は一度まっさらに戻した方がいいと思わないか?」


 オレが異変を察知してダイコクに視線を向けた時にはすでに飛び出していた。


 慌てて手を伸ばしたが虚空を掴まされる。


 すべては演技だった。強さがすべてのこの国で、弱いということがおかしかったんだ。気づいた時にはすでに遅い。


 立ち会う二人、その間に割って入るようにしてダイコクは飛び込んだ。


 いつの間にか手にしていた剣は仲間から手渡されたのだろう。それをウンシュウの方へ向けている。


「やっぱり君がここで出てくるのですね?」

「そういうことになります。お嬢様、その場から動かないでください」


 ダイコクの言葉でこの場にいた兵士が一斉に反旗を翻したように思えたが、この場には最初からダイコクの息がかかった者しかいない。


「それは修羅の道ですよ? 本当なら君にも娘を支えてほしかったところなんですがね⋯⋯」


 もうこれ以上の会話は必要ないと、ダイコクが手にしていた剣を振りかぶった。


 オレも、ミヤビも、誰一人間に合わない。


 ウンシュウが倒れ込んだことで、止めどなく流れ出す血が地面を濡らす。


「これより、オレがこの国の指導者となった」


 高らかな宣言が響き渡る。


「これに意を唱えるものは今、この場で相対を受けよう!」


 誰よりも速く動いたのがミヤビだった。


 寡黙な様子とは裏腹に、内に秘めたる怒りが先走る。


 ミヤビと新たな指導者たるダイコクが、己の信念の赴くまま刃を交えた。

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