第35話
この国で余所者であるオレたちが自由に出歩くことは難しい。
ウンシュウが気を利かせて護衛と案内役を兼ねて人をつけてくれるらしいが⋯⋯。
「あ⋯⋯」
それらしい人物を見つけるも、このまま声をかけていいのかを躊躇する。
端から見ても明らかに不機嫌なオーラを醸し出しているのはオレへの敵意を隠そうともしなかった、アイツだった。
モタモタしている間に、こっちに気づいてどんどんと近づいてきてしまう。
「いや、もしかしたら間違いかもしれないから、一応他のやつにも聞いてみるか」
「なんでそうなる」
お互い交わす言葉もほとんどなく、気まずくなるのはわかりきっていた。
別にオレが気を使わないといけない理由もないんだけど。
「嫌なら無理に頼まれなくたっていいんだけど」
「お嬢様だけでなく、ウンシュウ様にも頼まれたら断るわけにはいかない」
ダイコクと名乗った男は握手を求めてくるけど、本当はお嬢様に頼まれたからじゃないのか?
公私混同していようとも、ここで握手を拒否すれば器の大きさで負ける。
「よろしく頼む」
ガッチリと熱い握手を交わす。互いに相手の手を握りつぶしてやるぐらいには本気で。
「この勝負は引き分けかな。どっちもちっさい」
「おい、止まれ!」
そう声をかけてオレたちの友情に水を差したのは多分この国の兵士のはず。
街の護衛を担当しているヤツとは装備も雰囲気もどこか異質。
そもそも気さくに話しかけてきた理由は親交を深めるためではない。オレたちが余所者だからだ。ならこいつらが交流をよく思っていない一派か。
取り囲むようにして並んでいた兵士がジリジリと距離を詰めてきた。
「待てお前たち。この者共はウンシュウ様よりこの国への居留を認められている」
そう、こういう時の護衛だ。この場はダイコクに任せてさっさと退散させていただこう。
「うるさいぞ!」
「おいおい⋯⋯」
目の前で殴り倒されたダイコクはそのまま起き上がってくることはなかった。
気の毒には思うが、その頼りなさにはさすがのオレも愕然とする。
「えーっとだな。こいつがさっき言ってたとおり、オレたちはあんたらの長から直々にここに残ることを許されてるんだぜ?」
「そのことは聞いている。だが、どこでどのように過ごさせるかまでは聞いていない」
あーそういう感じね。
たかだか4人を捕まえるため、これほどの人数を揃えたみたいだが、さらに倍の人数は持ってくるべきだったな。
そうでなければオレたちを捕まえることは厳しい。アイリスもそれがわかっているから、いつでも動き出せる構えだ。
まぁ、抵抗するつもりもないんだけど。
「おい、ちゃんと飯はでるんだろうな? その辺ちゃんとしとかねーと、こいつらが暴れまわるぞ」
「捕えろ」
男の命令が下ったのに、配下のものたちは動けずにいる。どこか迷いのある表情を覗かせて困惑していた。
「おいおい、そいつらもしかしてアイリスにビビってるのか?」
アイリスには下手に動かないよう止めている。
それでも言葉は効いたらしい。今までふんぞり返っていたはずが、仲間の手から奪った槍でオレの頭部を殴打した。
さすがにそれだけで倒れるほどやわじゃない。さらに実力行使は過度を極め、血の匂いと肉が潰れる鈍い音。
それらを最後に感じながら意識は薄れていく。
「口の減らないやつだ。連れていけ」
☆
牢屋の固い地面の上じゃ寝心地は最悪だ。
「オレはどれぐらい気を失っていた?」
「今運ばれてきたばっかりだよ」
「え、そっか⋯⋯」
あの野郎遠慮なしにぼこすか殴りやがって。もし死んでたらどうする。生きてるけどさ。
「見た目グロいからとりあえずポーション使っときなよ」
「⋯⋯誰ですの?」
埃の積もった部屋の隅、誰かが佇んでいる。
人間ではない⋯⋯影だ。人の形へと引き伸ばされてはいるが、時々背景と同化するほどに不安定だ。
影は地面を滑りながら牢の前までやってくる。
「いやはや災難でしたね⋯⋯特に彼には悪いことをしましたね」
影がウンシュウの声で心配するのは、一緒になって放り込まれていたダイコク。ていうかお前も居たのか。
「ん? その言い方だと最初からこうなることがわかってたみたいだな」
無言がなによりの証拠。とんだ腹黒親父だ。申し訳なさそうにしているのも本心かどうか怪しい。
「どいうことですの?」
「あの場所での話は常に外の者に聞かれていた。だから本当の話ができなかったというわけです⋯⋯」
「でしたらここで話すのもマズイのでは?」
アイリスのもっともな質問すらウンシュウは読んでいた。
「ここは獄門牢、国一番の牢です。悪人を捕まえてしまえばわざわざ盗み聞きする必要もありません。もちろん私がここにいることはご内密にお願いします」
いつからオレたちは悪人になったんだか。余所者がいきなり現れて国のトップと会うのは不審っちゃ不審ではあるけど。
その結果の果てにオレたちが捕えられることも承知の上で、さらにはコソコソと話をするためだけにこんな回りくどい方法を選んだ。
ここまでボコボコにされることも織り込み済みだったのだろうか。
「それじゃさっきの煽りもわざとだったんだね!」
「煽り? はて、私の考えでは無傷でここまできているはずなんですが⋯⋯」
「⋯⋯え? あ、え?」
「デント様お気を確かに」
結局ウンシュウが話したいこととはなんなのか。
「さっきの連中は他国との交流を望まない一派だよな?」
「そうです。やり方は褒められたものではありませんが、考え方に罪はありません。自国だけで生きていくというのは大変ですが、そう悪いものでもないのかもしれません」
男の口調は昔話でもするような、一つ一つの言葉が情景を映しだしていく。
それをオレたちへ、そして自分に語り聞かせる。
「そこを他人への敵意と履き違えた時、争いが起こり人も国も滅びの一途を辿る。ただ私は、それを止めたいだけなのです」
私には何もできませんがね。そう言って笑うことで色々台無しだ。
「あとは娘に任せることになります。私は皆の不満を請け負って責任を取るだけです」
だからと、ウンシュウが深々と頭を下げる。
「少しだけあの娘を支えてやってはくれないでしょうか?」
責任感があるのやらないのやら。それにしてもあいつが国のトップになるところが想像できない。
大丈夫なのかそれ⋯⋯。
「だったらそこで伸びてるやつにでも言ってやればいいのに。張り切ってやると思うけど?」
影はダイコクに一別くれただけ。
「それでは私はこれで失礼します。後程『継将の儀』でお会いしましょう」
「ここから出してくれたりはしないの?」
「私は影ですよ? そんなことができると本気でおもっているのですか?」
ウンシュウの影は綻び消えていく。




