第33話
「土下座⋯⋯?」
「うん。この人が土下座してでもって⋯⋯」
あまり穏やかじゃない言葉がでてきた。土下座といえば如何なる罪も願いも許容される魔法の技。
それ故代償は大きく、いわば最後の手段でもある。それが土下座だ。
「それほどのこと⋯⋯うわっ、もうやってるし」
お世辞にも綺麗な場所とはいえない。そんな土の上で堂々と、そして一寸の狂いもない完璧な土下座を披露していた。
見るものを惹き付けるほどの美しさ⋯⋯だがどこまでいっても結局は土下座。
「これが土下座⋯⋯」
「おい、あんまり子供が見ていいもんじゃないぞ」
「デント様は女性にそういう格好をさせるプレイも好みと⋯⋯」
「久しぶりにそういうの聞いたな。ていうか勝手にやってるだけだし」
いきなり土下座をされても意味も理由もわからない。引き続き通訳はカティに任せる。
「それで? そもそも大会に出場した理由が賞品になっていた伝説の武器? のためで⋯⋯」
「⋯⋯」
「それが元々は自分の国の至宝だったから回収するのが目的で⋯⋯」
「⋯⋯」
「な、なぁ、一旦食べるのをやめておかない?」
「⋯⋯」
肉を取っていた手が残念そうに膝の上に戻っていく。
なんと回りくどいやり取りだ。
「そういうことなら持っていってくれよ。まだこっちから昼間の礼をしてなかったし」
オレが所持していてもいずれは金に換えてただろう。どのみち手に余る代物だ。いつ手放そうがさほど問題ではない。
「アイリス、その至宝とやらは今どこに?」
「ん? 鍋を吊るすのに使っていますわ」
そんな平然と言われても、冗談にしか聞こえないじゃないか。で、本当はどこに置いてるんだ?
鉄板の隣で煮詰められている鍋。それは見るからに丈夫な長物に吊らされていた。
「なんで? お前何してくれちゃってんの!?」
慌てて取り外そうにも鍋が邪魔でままならない。一旦地面に置き、そのまま一気に引き抜く。
その弾みで鞘から抜きでた刀身には傷ひとつ見当たらない。さすがは至宝と呼ばれてるだけのことはある。
これだけの高温に耐えうる頑丈さと、切っ先の鋭さ。さすがのオレも感心めいた頷きが漏れる。
いや、そういうことではなくて。
「おい、これどーすんだよ」
「これぐらい平気ですわ。外が焦げていても中は案外レアなんですのよ」
「うん。なるほど。肉の話じゃねーよ」
少女が変わり果ててしまった至宝の姿に言葉を失っている⋯⋯はずだ。こんなものを渡されては言葉を発しなくともその心中は痛いほど伝わってくる。
「アイリス、お前土下座な」
「なんでなんですの!?」
「ねぇ、ちょっといい?」
カティの神妙な顔に不安を掻き立てられる。
「え、もしかして怒ってる?」
「えっとね。至宝を譲ってくれたことには感謝します⋯⋯ですがどうか一緒にきてもらえないでしょうか? だってさ」
直接責任を取らせようって魂胆か?
「アイリスお前行ってこい」
「なんでわたくしだけなんですの?」
オレだってあんまり乗り気がしない。ぜったいロクなことにならないのが目に見えている。
「そこをなんとかお願いします。土下座でもなんでもしますから」
「いや、しなくてもいいけどさ⋯⋯」
「着いてこないとぶっ殺すぞー!」
「それはカティ、お前の言葉だよね?」
☆
その国は決して栄えているというわけではなかった。かつては他国となんら変わりない存在の1つに過ぎない国。
1人の指導者の時代、突如として他国との交流を途絶。以来、国には誰も入れず、その存在は忘れ去られようとしていた。
しかしそんな時代を終わらせたのが少女の父。新たな指導者となったことで交流禁止を撤廃。
他国との関わりを深め、国民一丸となろうとした矢先、至宝が盗み出される事件が起きた。
今では再び余所者への強い警戒心がじわじわと増え続けているらしい。
「ふーっ⋯⋯説明終わり。疲れたー」
カティ劇場に賛辞の拍手を送る。
読みとった言葉をそのまま伝えてくれればいいものを、どこか台詞がかった口調も散見し、無駄に気合いが入っていた。
その諸問題を解決するために失われた至宝の回収を任されたのがこの少女『ミヤビ』
カティの説明を聞き終えて真っ先に浮かんだのはもっと早く言ってほしかったということだ。
着いた瞬間に八つ裂きなんてことはないと信じたいが、少なくとも歓迎はされないだろう。
おかげで見える道のりが遠く踏み出す足が重いくなった気がする。
「子供じゃないんですから、いい加減腹を括ったらどうです?」
「誰のせいでこうなってるんだか⋯⋯」
やがて巨大な壁がオレたちを出迎える。どこかでこちらのことを見ていたのか、合図もなしに固く閉ざされた門が開く。
「戻られましたかお嬢様」
「へー。ほんとにお嬢様なんだな。どこかのエセお嬢とは違うな」
「なぜこっちを見るんですの?」
「そちらの方は⋯⋯?」
お嬢様いう言葉がしっかりと聞こえていたのだろう。男の警戒心を刺激してしまう。
そんなオレたちの間に割って入ってくれたミヤビが説明⋯⋯しているのだろうか。多分身振り手振りでこれまでことを伝えてくれているんだろう。
「⋯⋯」
「いきなり謁見など、信用できるのですか?」
「⋯⋯」
「わかりました。こちらも監視と警戒を続けます」
オレたちにわざと聞こえるように語気を強め、すれ違いざまにはご丁寧に睨みつけれる。
ていうか、なんで普通に意志疎通できるの? ちょっと羨ましい気がしなくもない。
「随分と嫌われたものですわね」
「ミヤビの父親はこういうことを止めたかったんだろ」
まぁ、だとしてもさっきの男は例外だろう。オレが余所者だろうが身内だろうが、お嬢様に近づく奴は誰でも敵に見えるってことかな。
「いやー、青いね」
「すべてわかってるみたいな上からの態度、なんなんですの?」
彼女の後をついて歩けば紙でできた扉をいくつも潜っていく。最後の扉の隔てた先に彼女の父親、この国のトップがいた。
「長旅ご苦労でしたね。そしてミヤビ、よく戻ってきてくれました。ひとまず楽にしてください」
「はぁ⋯⋯」
「私はミヤビの父で『ウンシュウ』と申します」
見た目よりもずっと声が若い。それに服の下には鍛えられた肉体が健在だ。娘もこうなら父親もまたかなりデキるに違いない。
「この格好が気になりますか? これは我が国の伝統衣装です。もっとも娘のほうはもう少し特殊ですがね」
特殊なのは格好よりもその娘そのものだ。とはさすがのオレも口にしない。
言われた通り腰かけていたオレたちの前に飲み物が運ばれてくる。
んんっ? この色、この臭い、これは本当に飲み物なのか? 何か間違ってない?
「この国特産の植物で作った飲み物です。さぁ、遠慮はいりません」
切り出せないでいるとさらに勧められる。それに3人からのお前が最初だっていう圧がすごい。
容器を持ち上げて顔に近づけるとさらにキツくなった臭いが目に染みる。
もしやこの御仁はオレを試しているのだろうか。いくら交流を良しとしようとも見極めは必要だ。
この国にオレが立ち入る価値があるかどうか、こんな飲み物だけで計ろうとはさすがは一国の主。
「さぁ⋯⋯」
試されているのならいくしかない⋯⋯!
一口飲んだ瞬間に、渋みと苦味と以上な雑味が押し寄せる。だが、万が一吐き出すなんて真似は絶対にできない。
そんなことをすれば生きて大地は踏めない⋯⋯。
一気飲み干すべく、残りをすべて口に含んだ。
「いい飲みっぷりだ。さすが娘の婿候補ということだけはある」
オレは盛大に噴き出した。




