第30話
誰かに触られた瞬間、全身を布のようなもので覆われて目の前が真っ暗になる。
カティの身体はいとも簡単に持ち上げられどこかに運ばれていく。それが最後に見た光景だった。
しばらくするとどこか湿っぽい場所に手荒く放りだされる。
ここにくるまでにある程度の状況は理解できていた。といっても深く考えずとも簡単に導き出される答え。
何者かに連れ去られたということ。
閉ざされている扉を思いつきでとりあえず蹴っ飛ばしたりするが、反動で身体は地面へと転がり膝を擦りむいてしまう。
「イテテ⋯⋯」
カティは随分と冷静だった。こういうことには慣れているというのもあるが、一緒に連れ去られたのが自分1人ではないこと。
ドロミーがいなければもう少し動揺していたかもしれない。
「ところでドロミーはさ、どうしちゃったの?」
「聞いていただけますか」
「まぁ、私たちしかいないからね。どうぞどうぞ」
肝心のドロミーはこの場所に連れてこられてから始めて口を開く。
今の今までずっと無言を貫き通していたことで、運ばれている最中にどこか故障でもしたんじゃないかとカティは危惧していた。
そんな心配をよそに、開口一番大きなため息を漏らす。
「ここ最近の私は何のお役にも立ってないなと先程から⋯⋯いえ、常々考えておりました」
「んっ?」
これまたヘビーな話題を持ちかけてきたと、カティは身構えた。
「今回私はあまり喋れてませんし、私がいてもいなくても一緒なのではないでしょうか」
「そんなことないよ! 私ドロミーと話すの好きだよ?」
それは本心だった。心を読むことなく会話ができる唯一の相手。そんな存在はカティにとってはかけがえのないものなのだ。
「カティ様は本当にお優しいのですね。ですが私何の話をして楽しいのですか?」
「⋯⋯⋯⋯」
とうとうカティは言葉に詰まった。そもそもどう答えたってドロミーの機嫌を損ねてしまうことには目に見えていた。
なにが原因でドロミーに変なスイッチが入ったかわからない。こういう時は何も言わないことが正解だとわかっている。
わかってはいるが、言い出した手前カティ自身のプライドが許さなかった。
「て、天気の話とか⋯⋯?」
多分そんな話をした記憶は一切ない。
「はぁ⋯⋯やっぱり私なんてその程度の存在なのでしょうね⋯⋯」
心の底からめんどくさいとカティは笑顔を引きつらせた。
☆
突如、硬く閉ざされていた扉が開く。薄暗い部屋に差し込む光にカティは躊躇わず飛び込んだ。
「おっと、逃げられると思ったか?」
カティの目の前で無慈悲にも扉が口を閉じた。そして行く手を阻むようにして、彼女の両脇に立つ二人組の男。
カティたちを連れ去った張本人で間違いない。手にはマントのような物を持っているが、それをどう使うつもりなのかは定かではない。
「これが気になるか?」
男の1人はそれを身につけると忽然と姿が消えた。見えなくなっただけじゃない。息遣いから気配まで何もかもが消えていた。
「すごいねそれ⋯⋯」
「いやー大枚叩いて手に入れた甲斐があるよ。でも完璧に隠密ってわけじゃないんだけどな⋯⋯」
マントを取り外したことでようやく男の姿がハッキリとする。
「それで私たちみたいなのを攫ってるんだ」
「いや。元々は大会の賞品目当てだったんだ。どうにもあの会場はマジックアイテムにも目を光らせているらしくて、結局お前をとっ捕まえて売ろうってことにしたんだよ」
「おい、喋りすぎだ⋯⋯」
もう一人の方は軽薄なこの男と違って頭が回るようだった。
「そんじゃ今度はそっちが答える番だよな。さっき誰と話してた?」
男の口ぶりに咄嗟にドロミーを隠したが、盗むことに長けた目はカティの動きを見逃さなかった。
強引に手を忍び込ませると、ドロミーの頭をしっかりと掴む。そしてその首を露にした。
「おい、この首ってただの作り物ってわけじゃないな⋯⋯」
「どうも」
「うわっ⋯⋯コイツ喋るのか⋯⋯なんか気味が悪りぃな」
「でしょうね。こんな私は気持ち悪い存在以外のなにものでもありませんよ」
黙っとけばいいのにとカティは心で毒づいた。
男はドロミーを高く売ろうと画策するがもう1人に止められる。子供と違って珍しい物を売れば足がつくと。
真っ当で狡猾な判断だった。
そうなると残る選択肢は数少ない。
「ちょっと待って⋯⋯!」
「なんだよ?」
「ドロ⋯⋯その首壊しちゃうの? やめといたほうがいいと思うけど⋯⋯」
こちらも至極真っ当な判断だった。カティの言う通りドロミーを壊せばどうなるかは明白だった。
いや、そもそも『彼』の仲間に手を出した時点で男たちの運命は決定づけられていると言っても過言ではない。
「どうなるってんだよ?」
「んー⋯⋯爆殺?」
「なんだよそれ。そんなやつがいるなら今すぐやってみてほしいね」
絶対的に不利な状況でもカティが冷静でいられるもう一つの理由。
それを証明するかのように、男の笑い声をかき消すほどの轟音が響き渡る。
それは突然の爆発だった。
扉が吹き飛び全員の視線が一点に釘付けになる。
それはカティにとっては待ちわびた知らせでもあった。
「デント⋯⋯! って誰!?」
現れたのはカティも一度は目にしたことのある人物。
アイリスと共にものすごい戦いを繰り広げていた片割れだった。




