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第3話

 目を覚ますと昨夜の惨事が嘘のような静けさに満ちた朝。


 肌寒さでくしゃみが出る。部屋中穴だらけで窓も全損の状態。おまけに全裸で一夜を過ごしていたのだ。風邪を引かなかったのが不幸中の幸いだろうか。


 しかし全裸ということもあり()()に嫌が応にも目がいってしまう。


 思い出すこと全部が忌まわしい出来事。この時ばかりはすべてが夢であってほしかったと切に願う。


「まぁ、そりゃそうだよな」


 人の気もしらず神々しく輝く股間が、無慈悲にもこれは現実なんだと突きつけてくる。朝日に勝るとも劣らない煌めきがなんとも憎らしい。


 だけどこれは紛れもない爆弾だ。迂闊に触れれば爆発を伴って死ぬほど痛い。死ぬことのないようギリギリのところで調整されているのが尚更恐ろしい。


 まさしく呪いだ。たった一つの呪いでオレから仲間と信頼そして尊厳を奪い去った。


 再び大きなくしゃみが出る。いつまでも全裸でいるわけにもいかず、部屋に戻るため穴なのか扉なのか判別できないところから出ようとして、ここが自分の宿泊していた部屋だったことに気がついた。


 気がついたのと同時に違和感も覚える。オレの荷物が何一つ残っていないことに。


 部屋の隅からベットの下まで確認したものの、見つかったのはパンツだけだった。爆発ですべて吹き飛んだにしては痕跡が少なすぎる。


 しかしパンツだけは無傷のまま。これが何を意味するのか⋯⋯とりあえず見つけたパンツは履くけども。


 手早くしかし慎重にパンツを履き終え向かうは店主の元。この惨状、謝って済みそうにないが。


「あんた、昨日は派手にやらかしてくれたね?」

「この度は⋯⋯すいません⋯⋯」


 恰幅のいい女店主がジロリとオレを睨む。


「それよりもその格好はなんだい? そんな格好でうろうろされるのは困るねぇ」

「この格好は⋯⋯すいません⋯⋯」


 店主の言葉には棘があるものの、ご立腹という様子でもない。


「それで修理費なんですが⋯⋯」

「あぁ、それならあんたの仲間? それからすでに受け取ってるよ」

「え? すでに払ってある?」

「随分と羽振りがいいんだね。だからってウチの部屋を吹き飛ばすのはどうかと思うけどね。まぁ払うもん払ってくれたなら次からは気をつけなよ」


 部屋を吹っ飛ばされたにも関わらず、上機嫌に話す店主の手元には金が入っているであろう袋があった。それもかなりの量だ。


 多分、いや、確実にオレの物を売っぱらって作ったであろう金だ。チェルシーが話をつけてくれたのはこのことだったのか。


 なるほど。合点はいったが納得できない。パンツだけ置いていくって慈悲どころか嫌がらせだろ。


「そういうことだから、あんたももう出て行っていいよ」

「いや、服がなくて⋯⋯」

「あんたウチが仕立て屋にでも見えるのかい? ここは宿屋だ。金がないなら出て行きな」


 反論の余地もなく渋々宿屋を後にする。


 服なし、金なし、尊厳なし。


 正直どうすんだこれ。







 壁伝いに進みながら物陰からすぐに次の物陰へ。立ち止まれば一巻の終わりだ。なるべく顔を見られないよう俯きがちに歩き続けた。


「変態よ⋯⋯」

「変態だ⋯⋯」

「なんでこの街に変態がいる⋯⋯」


 すれ違う人々は幸いなことに悲鳴をあげることはなかったが、この姿を目にした途端口々に罵ってくる。覚悟はしていたが相当にキツイ。耳を塞ぎたい一心でひたすらに街の外を目指す。


 魔王討伐の報告を後回しにしておいて正解だった。街を挙げての祝いの後だと勇者だろうが一般人だろうが監房に叩き込まれていた。


 下手したら死刑だってことも⋯⋯。その先を考えるのはやめた。オレが五体満足で街から出られると決まったわけじゃない。


「ん? おいそこの変態、止まれ!」

「落ち着いてくれ。オレは変態なんかじゃない。よく見ろ!」

「お前がまず落ち着け。その格好は変態の所業としか思えん!」


 やはりというべきか。出口付近で衛兵に呼び止められてしまうが、こうなることを見越していたオレは用意していた言葉を並べる。


「オレが変態じゃない証拠を見せる。話はそれからで⋯⋯」

「これ以上罪を重ねる気か? おとなしくしていろ!」

「この変態を取り押さえろ!」

「待って⋯⋯! 証拠! 証拠があるから⋯⋯!」


 問答無用で取り押さえようとする手を振りほどくと、何事だと言わんばかりに遠巻きに見ていた他の衛兵も集まり始める。


 多少予定と違ったが人数が増えたのはむしろ好都合。証人が増えることに越したことはない。


「オレは勇者だ。勇者ティオナ・テンド。そしてこれが変態ではなく勇者である証拠の⋯⋯」



──聖剣は勇者の血から作られる


聖剣は最初はただの剣に過ぎない。勇者としての実力と素質があるものの血を与えることで聖剣へと生まれ変わる


聖剣は鞘を必要としない。勇者自信が剣を振るう戦士となり剣収める鞘となる


それ故に聖剣と勇者は一心同体である──



「顕現せよ【聖剣・ディスペアー】」


 勇者としての確固たる証拠。オレが聖剣を顕現させた瞬間、衛兵たちから騒めきの声が聞こえる。


 本当はいちいちカッコつけなくても呼び出せるがそこは演出だ。いかに不審な格好をしていようともこれを見れば下手に手出しはできないはず。まさに完璧な作戦だ。


「これでオレが勇者だってわかってくれたか?」

「た、確かに神々しい輝きを放っている⋯⋯」

「だろ? この神々しい輝きを見ればこれが聖剣であることが一目で⋯⋯神々しい輝き?」


 不穏な響きを持つ言葉だった。その瞬間、衛兵たちの視線が少しばかり下を向いていることに気がついた。不用意にポーズまで決めたせいだろうか⋯⋯ズレたパンツからオレのもう一本の聖剣が顔を覗かせていた。


「ち、違うこれは聖剣じゃない! 男からしたらそりゃ立派な聖剣だけど、これで魔王は流石に倒せないだろ。これで倒される魔王ってどうなの? それよりもこっち。こっち見て!」


 手に持つ聖剣を振って見せるが、衛兵の表情はますます険しくなる。


「無差別に攻撃⋯⋯おまけに勇者を語るだと!? こいつはやっぱり変態だ。捕らえろ!!」


 オレを囲んでいた憲兵が一斉に飛びかかってきた。


「おいっ⋯⋯股間には触れるなよ! 絶対だぞ!」

「誰がそんなもの触りたがるか! いいからその聖剣を早くしまえ。眩しいだろ!」

「オレだってできたらやってるよ!」


 なすすべもなくこのまま連行されるのか⋯⋯はては全てが明るみになり死刑⋯⋯。


「そのお兄さんは私の連れだよ」


 さっきまでオレを捕らえることに躍起になっていた衛兵と諦めかけていたオレの声が重なった。


『誰?』

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