第29話
立っているほう、すなわちこの闘いの勝者はアイリスとさほど変わらない体格。
全身と口元を覆う見たこともない衣装によって素顔の全貌まではわからないが、この大会では数少ない女だ。
「また女!?」
カティのここ最近の同姓への過敏具合は置いておくとしても、同じように驚きに包まれた会場では誰しもが言葉を失っていた。
「一体何が起こったというのです?」
「いや、オレにもわからなかった⋯⋯」
なんせ速すぎた。普通の人間には止まってさえ見えるほどに。
何かしらの魔法を使用したインチキの可能性が脳裏をよぎって慌てて否定する。
この大会はあきれる程に厳格だ。いかなる魔法も使用を禁止し、使用に対する罰則もかなり厳しいものになっている。
そうでないなら実力に付随する本物の技術。
いずれにせよ簡単に思えた優勝に待ったをかける存在が現れた。
さすがのアイリスも内心穏やかとはいかないだろう。
☆
「多少ゲテモノだとしても、味は魔獣のほうが良い気がしますわ」
前言撤回。全然まーったく何にも考えていなかった。
「お前はそれでいいわけ?」
「なら貴方の分は他の全員で分けるってことで」
「いや食べるけどもね?」
アイリスが頬張るのは牛魔の肉だけではない。大皿に盛られたありとあらゆる店の料理がところせましとテーブルを埋め尽くしている。
屋台巡りに食べ比べ。ある意味祭りを謳歌しているとも言えなくもないが。
「あんな試合の後だっていうのに、よく食べていられるよな⋯⋯」
「口だけのお相手でしたから、多少物足りないことは否定しませんわ」
「そうじゃなくてだな。あの試合観ただろ? あの謎の女の戦い方!」
あれは必ず決勝戦までくる。それなのにこんな所で祭りを堪能していていいのかと、オレは問いたいわけで。
「そんな余裕ぶって、負けるかもしれねーぞ?」
一口大にカットされた何かの肉を串に刺し、アイリスに向けながら言ってやるも、目の前の無防備な肉を見過ごすはずもなく、串ごといかんばかりの勢いでかぶりついてきた。
何食べてんの? それオレのなんだけど。
「確かにあのお方はお強いですわ。でも負けるかもしれない。なんてことを口にすると本当にそうなってしまいますわよ?」
確かアイリスの対戦相手にも似たようなことを言っていた気がする。
同じようにこちらに串を向けながら自信に満ちた言葉を返してくるが、尖端に刺さっているのは野菜だった。
「どんな相手にも敬意を持って挑め。最初から諦めるべからず。これが私の正道ですわ」
しっかりとトドメまで入れていた奴のセリフとは思えない。要は気持ち、心構えが大事ということなのだろう。
「それに楽しみでもありますしね。どれほど強いのか確かめたいじゃないですの⋯⋯」
武者震い⋯⋯いや、これは美味さにうち震えているだけにようだ。
☆
アイリスのことは瞬く間に話題となっていた。
尾ひれどころか翼までくっついた活躍劇が街中を駆け巡り、闘いを観ていない人間の間でも噂になっていた。
その結果、前日を凌ぐほどの観客が会場に押し寄せている。
おかげでオレたちは会場前で足止めを食らい、未だに入場すらできていない有り様。
「これじゃ間に合わないかもしれないな⋯⋯」
間に合ったところで入れるかどうかも怪しい。
「デント今触った!?」
人混みの中でもカティの声はよく届く。
これだけ混み合っていたら身体が触れ合うなんて当たり前だ。もちろんオレは触ってはいない。触るならもっと⋯⋯いや、なんでもない。
「あんまり離れるなよ? 迷子になっても探してやんねーから」
とは言いつつも、これだけの人混みに一度捕まれば抜け出すことは容易ではない。
気づけばあれだけ聞こえていたはずのカティの声が途絶えていた。
「おーい?」
振り返った先にカティたちの姿は見当たらなかった。この混雑に飲まれはぐれてしまったのか。
「これぐらいの子供見ませんでしたか? 首を抱えてたと思うんですが⋯⋯」
「はぁ? 見てねーよそんなの。てかそこで止まられると邪魔だ!」
すぐ後ろの男に聞いてみるものの、苛立ちでまともに取り合ってもらえない。
追い出されるように人混みから抜け出すと、ようやく新鮮な空気を目一杯吸い込むことができた。
今からさっきの場所へは⋯⋯戻れそうにない。カティたちが留まっていなければそれすらも意味がない。
どうにも嫌な予感がする。迷子ならばあとで見つければ問題ないが、そうでないとすれば⋯⋯。
ここでいくら考えても拉致が空かず、一先ずアイリスの元へと急ぐことにした。
まさか口にしたことが本当になるとは。言ってたのはてかこういうことじゃないだろ。
「アイリス⋯⋯!」
「どうかしましたかそんなに急いで。残りの2人はどちらに?」
「それなんだが⋯⋯」
言いかけて口を閉じた。ここで本当のことを伝えてアイリスの協力を仰ぐのか?
いなくなったことだけを伝え、アイリスには大会に集中してもららう?
それでは本末転倒だ。
「2人は先に向かってる。だからアイリス⋯⋯頑張れよ」
「な、なんですか急に!? ま、まだ日は高いですわよ?」
オレは本当のことを言わなかった。それでも少しは伝わればいいと、彼女の目を見つめた。
「その本気確かに受け取りましたわ! 任せてくださいませ!」
んーまぁ、何か誤解されているような気もするけど。
この場はアイリスに任せるとして、オレは2人の捜索に向かった。
途中あの謎の女にも出くわしたから一応声だけはかけておくことに。
「お、あんたも試合頑張ってな」
「⋯⋯⋯⋯」
「ん? おーい」
「⋯⋯⋯⋯」
返事がない、まるで屍のようだ。
いくら声をかけても何の反応も示さない。声は聞こえているようだが、神殿に置かれた石像のように微動だにしない。
いや、侵入者とか見つけたらアレはすぐ動くか。
これ以上は時間が惜しい。早々に会話を切り上げ来た道を急ぎ戻った。




