第28話
拳闘大会が行われるだけあって街は活気に満ちている。
腕に自身のある者が集まっているためか、街のいたるところで野試合や小競り合いが頻繁に起こっており、今も吹っ飛ばされた男がものすごい勢いで目の前を横切っていった。
活気というかむしろ血気盛んと表現したほうがしっくりくる。
「あぶねーぞ! 料理がひっくり返ったりしたら買い直す余裕はないんだぞ!」
「そういうテンションの上げ方やめてよね。恥ずかしい」
もっともカティが心配する必要がないほどに、街の人々はオレの声に耳を傾けたりしない。
何かあれば自己責任。弱い奴が悪いという野蛮な考えの元で動いている。
「アイリスは随分余裕そうだな?」
オレたちの中から唯一の出場者であり、さらにはこれだけ周りが騒がしくとも自分の分の食事は早々に済ませ平然としていた。
「いえ、そういうわけでもないですわ。 ただ先程から匂うこの香りが⋯⋯」
アイリスに倣って辺りの匂いを確かめてみるが、気になるほどの匂いはしてこない。そkは彼女にしか判別できない何かがあるのだろう。
「これはきっと肉を焼いていますわね」
また肉の話だった。
「これは⋯⋯試合前に英気を養う必要がありますわね? 」
「あるねーあるある。あるよね?」
「あー⋯⋯うん⋯⋯好きにして⋯⋯」
2人からのねだるような視線に力なく頷いた。
今まさに食事中だったというのにまだ食べ足りないのか。本当に優勝してくれないといよいよ割に合わなくなってくる。
もうさっさと大会が始まってくれないだろうか。
飛び出した2人の後を追いかけようと席を立った時、視線を感じて立ち止まる。
どこからかこっちを見ているのか⋯⋯。周囲を見回した途端、向こうもこちらに気づいたのか気配は雑踏の中に消えていた。
「早く行きますわよ!」
「あ、あぁ⋯⋯」
☆
それからも思う存分に肉を平らげて一通り満足したアイリスとは一旦別れ、オレたちは観客として先に会場入りした。
「思った通りの盛況ぶりだな⋯⋯」
出場者が戦う場所をぐるりと囲んでいる席には多数の人が押し寄せている。すでに始まっていた試合の状況に、各自思い思いの声援やため息を口にする。
一喜一憂する様は純粋に繰り広げられる戦いを楽しんでいるようだ。
「お次は悪鬼羅刹の化身『デケレート』選手の入場です!」
実況の紹介と共に現れるのは筋骨隆々な身体に人間ではない肌の色。頭部から生えた二本の角が特に目を引く。鬼人とも呼ばれる種族オーガ。
「対戦相手は白銀の人狼娘『アイリス』選手だー!」
そして続いて登場したのは我らがアイリスだ。
「あの紹介ってデントが考えたの?」
「そうだよ。見てみろよアイリスのやつを。嬉しさで震えてるじゃねーか」
「あれは怒りと羞恥心ではないでしょうか⋯⋯」
並び立つ両者の体格差は歴然。側から見れば誰しもがアイリスが勝つとは思わないだろう。
それと同時に、きっとここにいる全員は驚くに違いない。
「初戦がこんな小娘だなんてな。今回はツイてるぜ」
「はぁ⋯⋯あまりそういう大口は控えたほうがよろしくてよ? 」
「ハッ! 吠える吠える。大層なのは名前だけじゃなきゃいいがな⋯⋯」
睨み合う両者の緊張感が会場に満ちていく。
「試合開始!」
合図と同時に2人が動いた。
アイリスは自身を一撃で仕留めようというデケレート魂胆を読みきっていた。
大振りの構えから繰り出された拳をなんなく避けると、最低限の動作から繰り出す貫手がデケレートの鳩尾を穿つ。
いくら優れた肉体があり生まれ持っての甲皮があろうとも、急所を突かれたとあれば否が応でも動きは止まる。
「さすがアイリス⋯⋯上手い!」
鮮やかな動きにオレも思わず声が出た。
オーガを一撃で倒す腕力など必要ない。こういう戦いの場ではむしろ過剰。
必要なのは速さと正確さ。足りない部分は手数で補えばいい。
アイリスさらに掌底気味に放った一撃でデケレート顎を打ち付けると、裏拳で対角線状の突き出した角を打ち付ける。流れるような動きで相手の意識を奪うことに成功する。
「アイリス選手の見事なラッシュ! これはさすがに決まったかー!?」
これで勝負あり。
誰しもがそう思った矢先、アイリスは止まらなかった。
相手が膝を着く寸前に放った鋭い回し蹴りによって巨体を吹き飛ばす。
「⋯⋯⋯⋯アイリス選手の勝利!」
沈黙から一転、会場は大いに盛り上がりを見せる。
会場が熱気に包まれる中、アイリスの関係者であるオレたちはというと⋯⋯開いた口が塞がらなかった。
相手死んでないよね⋯⋯?
その圧倒的なまでの強さとエゲツないまでの戦いっぷりに軽く引いてしまう。
「名前のことイジられて苛立ってたな⋯⋯」
「デントが付けたやつだけどね」
会場の熱気に気分が上がり苛立ちも解消できたアイリスは腕を高く築き上げた。
そのノリノリな様子に思わず赤面してしまう。
ウチの子がなんか申し訳ない⋯⋯! 多分ちょっとイラッとしてたんです。えぇ、きっとそうなんです⋯⋯!
そんな気持ちで一杯になり思わず手で顔を覆ってしまった。
「カティの言ってたことがよくわかるよ⋯⋯恥ずかしいなこれ。オレちょっと反省⋯⋯」
興奮冷めやまないまま次の試合がすぐに始まる。
「続きましては西の闘牛『マックス』選手と⋯⋯えー、紹介文も名前もない⋯⋯と、とにかく試合開始!」
──次の瞬間
対戦者の1人が地面に突っ伏していた──




