第26話
戦いと呼ぶにはあまりにも異質な光景だった。
そこには流麗さも見る者を惹きつける魅力もない。あるのは意地と意地のぶつかり合い。
「ポーションが残りわずかだよ!」
酷い耳鳴りの中、空になったポーションが手から滑り落ちる。
すでに傷の治癒は追いついていない。文字通りないよりマシな状況だが、対するアイリスにも限界の兆候が現れていた。
「そろそろ、負けを認めたらどうだ?」
「貴方こそフラフラじゃありませんこと?」
「顔色が悪いやつに言われたくないな。貧血か? 身体の方も、色々足りてないみたいに見えるけどな⋯⋯」
「露出狂ならもう少し身体を鍛えてはいかがですの? 脱いでそれなら見せられたほうもガッカリですわ⋯⋯」
緊張とは違った空気が張り詰める。
もはや泥仕合の体すら失われ、ただの子供の喧嘩模様だった。
「うわー⋯⋯! なんか見てるこっちが恥ずかしくなってきた⋯⋯」
「カティ、様、興奮で私を叩くのは、おやめください」
口はまだ回るがすでにギリギリなのは誰の目から見ても明らかだ。いつどこで何が原因でこの均衡が崩れるかわからない。
『確かに酷い有様だ⋯⋯』
狼が前足で地面を掻きながらボヤくのが聞こえてくる。
『少し余興を挟もうか⋯⋯』
何か思いついたのか、その口元がイタズラをする子供のようにニヤリと動く。
けたたましい遠吠えが響き、直後に空からものすごい速さで何かが落ちてくる。
それは雲を裂き地面へと突き立てられたのは白銀の剣。
『旧知の間柄だった鍛治士が昔作った剣だ。素材に我の爪を使っている。これなら人間だけではなく精霊にすら攻撃を通すことも可能だ⋯⋯』
つまるところこれを2人で奪い合えとそういうことらしい。最初に手にした者がこの勝負の行く末を左右する。それほどの力を秘めた剣。
なんとも血なまぐさい狼の提案にオレたちは乗った。すぐさま剣を目指して同時に動く。
剣との距離はほぼ同じ。
アイリスがすでに数体の銀狼をこちらに放っているのが抜け目ない。
オレもすかさず残りのポーションをすべて飲み干し、銀狼もろとも爆風で吹き飛ばそうとした。
だがここまでの連続爆発のせいで無意識的に身体が拒否反応を示してしまう。
その隙が勝負の明暗を分けた。
「取りましたわ⋯⋯!」
地面から引き抜き鋭い剣先がオレを捉える。
「これで勝負ありましたわね」
「⋯⋯本当にそうか? コレ、なんだと思う?」
オレはすでに手にしていた白銀の剣を見せる。
本来存在しないはずのもう一本の剣。ならばどちらかが偽物かは明白だ。
「これは⋯⋯」
アイリスが手にしていたそれは木の枝だった。振れば凶器となりうるかもしれないが、この場では少々心もとない。
「どうしてあなたがそれを⋯⋯さっきまで私の狼たちが⋯⋯」
銀狼たちはあらぬ方向へと向かっていた。きっとそこにオレがいるという幻覚でも見ているのだろう。
もっとも銀狼が直接見ているわけではないが。
「あなたたちグルだったんですわね⋯⋯」
これがオレの最期の作戦。協力を仰いだもう1人とはは狼本人。
もちろんタダというわけではなくある条件付きではあったが、話を聞いて快く協力を申し出てくれた。
「ま、そういうことだ。悪いな」
勝利を確信して、アイリスには真実を告げる。
「騙してたついでにもう一個言い忘れてたことがある。オレが勝ったらマジックアイテムの所有権である⋯⋯お前を貰う」
これは全員で決めたことであり、狼と交わした条件でもあった。
☆
「一応聞いておきますが⋯⋯なぜそのようなことを?」
落ち着いた口調ではあるが目はある程度据わっている。フェアな戦いとは言えない運びに、もっと怒りを露わにするかと思っていた。
「そうだな⋯⋯」
頼まれたからってのは後付けになるだろう。それ以前にこの案で行くことは決めていた。
その理由はなんだったか。同情かお節介か。それは⋯⋯。
「ぶっちゃけお前が可愛いからだ!」
カティによって投げられたドロミーが後頭部に直撃して鈍い音がする。
「お前コントロール良いな⋯⋯」
何もしてないのに今日は散々な目に合ってるなコイツ。飛んできたドロミーはキッチリ元の場所に戻しておく。
全員が打算で動いた結果かもしれない。それでもその根底にはアイリスと一緒がいいという想いがある。
「オレ含めてこんな奴らだけどさ。案外楽しいかもしれないぜ?」
「そうやって貴方は私が突き放した物を簡単に手に入れた挙句⋯⋯これ見よがしに他人に振りまいて⋯⋯」
アイリスがその場に倒れたかと思った矢先、両手が地面を掴んだ。
その指先からは鋭い爪が伸び、口元からは立派な牙を覗かせる。
さながらの狼のような四足歩行で突進の勢いを溜めていた。
「まだ勝負は着いていませんわ⋯⋯」
『満月でもないのに獣変など⋯⋯!』
今まで見たことのない焦りように、アイリスのこれが相当無茶なことをしようとしているのはわかった。
それにあの苦悶の表情⋯⋯。まるで様々な感情が垣間見えるようだ。
「ルゥ⋯⋯アァ⋯⋯」
獣のごとき唸り声。
「こうなったら斬るしかないか」
「その、通りですわ⋯⋯」
カティとドロミーが声を荒げるのを制止して、白銀の剣を構えた。
アイリスは一瞬消えたかと錯覚するほどの加速を見せる。しかし力任せに突っ込んできたのは間違いだった。
すでにアイリスの進路上にはオレが剣を振るっており、刃とアイリスが交差する。
決着は一瞬。
アイリスの放った斬撃はオレの腕に深い傷をつけた。
血飛沫に埋もれてしまっているが、もう少し当たりどころが悪ければ片腕はとうに地面へと落ちていただろう。
急ぎポーションで止血だけは済ませておく。
一方のアイリスはというと身体にはなんら損傷は見当たらない。そのことにはえらく動揺してはいるが。
「私⋯⋯無傷ですの⋯⋯?」
白銀の剣は確かにアイリスの身体を真っ二つした。当の本人もその感覚はあったはず。それ故に状況が飲み込めていない。
「言ってなかったけ? この剣は人と精霊の両方を切れる⋯⋯つまり切る対象を選べるってこと。だからオレはお前の獣変だけを切ったってわけだ」
その結果獰猛な姿は身を潜め、すっかり毒気の抜けたアイリスが膝を付いている。
そんな彼女にもう一度手を差し伸べた。
「オレたちと一緒にこいよ。退屈しねーぞ?」
もう何個か言葉を発しようとしていたはずなのに、世界がひっくり返った。
「あれ⋯⋯?」
急に身体の力が抜けていき、オレは前のめりにアイリスの太ももへと倒れこむ。
『やはり人間には扱いきれない代物か⋯⋯』
コイツ⋯⋯わざと言ってなかったな。
協力の姿勢を見せておきながら最後の最後でアイリス側にもカードを残していた。
『まだ勝負は着いていないぞ?』
魔力を使い果たしているとはいえ、オレを仕留めることは簡単だろう。
それにダイレクトなお触りは鉄拳制裁が世の常だ。
「なるべく痛くないようにお願いします⋯⋯」
「止めておきますわ。私は一度負けました。それに⋯⋯瀕死の相手にトドメを刺すのは優雅さに欠けてますから」
「なんだよ負け惜しみか?」
振りかざしていた手は下がり、代わりにオレの頭を引き寄せる。
頬に伝わる太ももの柔らかい感触と、降り注ぐのはとても熱いもの。
「これは⋯⋯照れ隠しですわ⋯⋯」




