第23話
「アイリス? アイリスさーん?」
カティに教えてもらった場所にはすでにアイリスの姿はない。
うーん。これは困った。このまま見つからなければ話し合い以前の問題だ。まさかオレのことに気づいて隠れているなんてことはないだろうな。
呼びかけの声が虚しく響き、逃げられている可能性は大いにあり得る気がする。
少し卑怯かもしれないがお手製の干し肉でアイリスをおびき寄せてみることに。あれだけお気に入りならひょっこり現れるかもしれない。
「美味しいお肉もあるぞー!」
これまた反応がない。手にした干し肉を食べながら仕方なく辺りを探す。
「なかなかイケるなコレ」
一口食べればわかる。確かにこれは美味い。噛むたびに旨味が口の中に広がっていき、カティが自信を持って勧めるのもわかる。
一つ目を食べ終える頃に何かの気配を感じた。我慢できずにアイリスが出てきてくれかたと期待したが、そこにいたのはまた別の精霊だった。
見た目は小さな人型で背中から薄い羽が伸びている。丸い眼を大きく見開いてこちらの様子を伺っているようだ。
光の粒子ではなく狼たちと同じように姿がはっきりとしているタイプ。大人しそうな見た目にオレはすっかり心を許していた。
近づいてくる妖精に新しい小さく千切った干し肉を差し出してみる。不思議そうに見つめる仕草は愛らしさそのものだった。
「お前らアイリス知らね?」
見えない力で弾き飛ばされた干し肉が視界から消えた。それと同時に赤の雫が指先をじっとりと染めていく。
『人間⋯⋯お前⋯⋯悪い人間⋯⋯』
続々と精霊たちが集まり周りを囲んでいく光景はとても幻想的だ。ただし、全員が同様にオレへの敵意に満ちている。
狼の言葉が脳裏を過り奥歯を強く噛みしめた。
その場から走り出し妖精たちの間を強引に突き抜けた。それに続きオレの後をすぐさま追いかけてくる。
やはりというか追いかけてくるだけでは飽き足らず、精霊たちは次々に魔力を公使する。
見えない刃が頬を掠めたかと思うと、すぐ側にあった幹に真横に裂けた。
「あっぶねー⋯⋯」
飛来する攻撃をことごとく避けていると精霊たちも苛立ち始める。闇雲な斬撃によってオレが走り抜けた道は見るも無残な姿になっていく。
軽快に走り続けていたが何かにつまずき勢いそのまま地面に突っ伏した。
地面から生えていた草木が意思を持ったかのようにオレの足を絡め取っていた。
「それはズルいだろ⋯⋯!」
迫る妖精の群れに、オレは無我夢中で叫ぶ。
「助けてくれ、アイリス!」
その瞬間、オレの身体は真横へ吹き飛んだ。強烈な痛みが脇腹を襲い白黒に点滅する視界の中、少女の姿を見た。
☆
「げふっ⋯⋯」
かなりの勢いで蹴り飛ばされ、木の幹を支点に危うく身体が逆に折れるところだった。
「もうちょっとやりようがあるだろ⋯⋯!」
「何か蹴っ飛ばしましたかしら?」
助けてもらったことには素直に感謝する。
こっちを見ることもなく平然としているのはどうかと思うが、オレたちの間に立っているアイリスはじっと妖精たちを睨みつけている。
「これはどういうことですか?」
『その人間⋯⋯悪い人間⋯⋯』
アイリスを前にしても妖精たちの主張は変わらない。隙あらばオレのことを仕留める魂胆だ。
「たしかに。それは一理ありますわ」
いや待て。なんで納得してるんですか。
「この男は人前で全裸になる変態ですわ。そのうえ子供をはべらかしている畜生。あなた達が嫌悪するのも無理がない話」
オレのこと助けにきてくれたんですよね? なんで罵倒されてるんですか!?
「ですが⋯⋯あなた達の主は危害を加えることを認めておりません。それが答えですわ」
精霊達は聞く耳を持っていなかった。目に見えぬ刃がアイリスの頬を切り裂いた。
外れたわけじゃない。これは脅し。次はアイリスもろともオレを攻撃するためにわざと外した。
『お前も悪い人間⋯⋯』
囁きは次第に嘲笑へと変わっていく。
「いい度胸ですわ。私に危害を加えあまつさえ人間呼ばわり⋯⋯」
「おい⋯⋯アイリス⋯⋯?」
全身の毛を逆立たせわなわなと怒りで身体を震わせる。アイリスから立ち込める魔力はうっすらと寒気が混じっている。
自然とその場から後ずさる。直感が危険だと叫んでいた。
「走りなさい『銀狼奏群』」
零れた魔力が狼の姿を形どる。これまでに何度も見てきた銀色の狼が群れを成して獲物を待ちわびている。
本当にその気があるならばさっきのでオレ達を仕留めるべきだった。これは驕りが招いた結果。妖精達は怒れる狼の尾を踏んだ。
「魔力の一片すら残すつもりはありません、喰い破りなさい!」
アイリスの叫びで銀狼が森を駆ける。
獣の爪と牙にかかれば精霊の羽など紙細工にも等しい。逃げる暇すら与えずに抵抗も虚しく次々と凶刃の前に散っていく。
全ての精霊が魔力となって霧散するのにそう時間はかからなかった。
狩の終わった群れは消えていき、それと同時にアイリスはその場に座り込んでしまう。
「大丈夫か⋯⋯?」
駆け寄り伸ばした手は弱々しい力ではたき落された。
「ほんと、最悪な気分、ですわ⋯⋯」
相当量の魔力を行使したのだろう。額には汗を浮かべ浅い呼吸を繰り返している。
アイリスには同族殺しの嫌な役回りを押し付けてしまった。ここでオレが何を言い聞かせようともすべてが逆効果だろう。
「アイリス⋯⋯オレと勝負しよう」
「はぁ⋯⋯?」
「オレが勝てばマジックアイテムは貰う。負けたらお前の前から居なくなる。もちろん、逃げるわけないよな?」
疲労の表情で不敵に笑う。
「その言葉⋯⋯そっくりお返ししますわ」




