第18話
ご丁寧に分かれ道まで用意されている。右か左か進むべきはどちらか。悩むそぶりを見せながら敢えての中央突破を試みる。
「はいこれで17回目」
道ではないところを進んでいたはずなのに突如として現れたカティ。ため息と共に地面に新しい線を書き足した。
「今度はどのルート通ったの?」
「最後の方で道から外れてみたんだが⋯⋯」
森に閉じ込められてからどれぐらい経ったか。どんなルートを選んで進もうともこうして同じ場所に戻ってきてしまっている。
距離や道などはその都度変化してしまい規則性を見出すこともできない。
通算17回目のチャレンジも成果は得られず疲労だけが蓄積されていく。
土の上であることも気にせず寝転がっていると刺激的な匂いが鼻腔をくすぐる。さっきから漂っている香りが強くなってきたのは完成まじかの合図。
「今日はなに作ってくれたんだ?」
「あーもう。すぐできるから待ってて!」
鍋の中身を確認しようとして隠されてしまう。出来上がってからの楽しみというわけではなく、これはただの照れ隠し。
食べる前にがっかりされたくないのが理由らしいが、出てくる料理は毎度美味いものばかり。
すっかり炊事担当が板についてきたカティは今日も存分に腕を振るってくれた。
「さぁ! できたよ!『余った素材で作った具沢さんスープ 〜精霊の風を添えて〜』」
ネーミングセンスは微妙だったりもするが、それもいい塩梅に料理を旨くする。
「どう? どうなの?」
出来立てでまだ熱いが一口食べただけで美味いことはわかる。
特に様々な具材を一つにまとめあげている味付けが絶品。辛味がありつつも爽やかな風味で食べれば食べるだけ食欲が湧いてくる。
「うまい」
「よかった。これで今日も成功だね」
カティもオレに続いてスープを平らげていく。あれだけ野菜嫌いだったのに今ではそんな素振りもない。
要は順応することが大切なんだ。カティの好き嫌いがなくなればこれからの生活にこまることはないだろう。
あらやだ、また母親みたいなこと言っちゃってるわ。娘の成長に思わず感極まってしまう。
あっという間に賑やかな食事が終わり、すっかり空腹が満たされたことで眠気を感じてきた。
「しかし毎度少ない素材で色々作れるな」
「今日のスープにはね野草も使ったんだよ。でもちゃんと美味しくできててよかった」
「え⋯⋯?」
オレは辺りを見回す。ここにくるまでにカティが野草を採集してた記憶はない。ならばその答えは現地調達したということだ。
よりにもよってこの森の中でだ。精霊の住み処の野草をだ。
いや待て、カティを疑うわけにはいかない。
「念のために聞くけどさ、そこら辺の草入れたりしてないよね?」
「そうだよ? でも変な味しなかったでしょ?」
これが野外生活に慣れた人間の思考なのか。食べられれば問題ないという理由でなんでもかんでも突っ込んでいやがった。
それで精霊の風を添えてか。なるほど⋯⋯ってなるか。
「そういう問題じゃないだろ。こんな森の物何があるかわかんねーだろ」
「ちゃんと毒味したし! 嫌ならデント食べなきゃいいじゃん!」
「もう食っちまったよ! 美味しく食べちゃったよ!」
「美味しかったらいいじゃん! 何か悪い?」
険悪な雰囲気に陥ってしまう。カティのよかれと思ってやったことも、オレの指摘だって間違っているわけではない。
お互いに譲ることもできずに対立してしまう。一度亀裂が入るとあとは簡単に割れていく。
「まぁまぁ少し落ち着きましょう。カティ様⋯⋯デント様⋯⋯」
挟まれたドロミーが困惑した声を出すも、オレたちは構っていられない。
「もう寝る。明日も早いからな。目が覚めて死んでないことを祈っとくよ」
「いちいち言わなくてもいいよ。黙ってさっさと寝たらいいのに」
「やれやれ困ったお二方ですね⋯⋯」
森の騒めきと焚き火の爆ぜる音、オレは耳を塞ぐようにして眠りについた。
☆
オレが目覚めたときにはすでにカティが焚き火に木々をくべていた。
寝てないのかとも思ったが火が消えればまたつければいいだけの話。元々火の番など特には決めていない。
「この後も出口を探してくる」
「今日は私も行く。ドロミーも一緒にね」
「はい⋯⋯」
お互いの顔は一切見ない。必要最低限のことだけをまるで独り言のように呟く。日をまたいでも空気は最悪のままだった。
それぞれ準備を終えバラバラの方向に進んでいく。
森に続く道は今日も目まぐるしくその姿を変えていた。どうせ元の場所に戻ってしまうならと、適当に道無き道を進んでいく。
しばらく進むとカティたちの気配も消えた。
そもそもカティとのいざこざはこれが初めてではない。その度に文句の言い合いや子供じみた喧嘩もしてきた。
それなのに今回はどうにも虫の居所が悪い気がする。ちょっとしたことに過敏に反応してしまい感情に蓋ができないでいる。
だからってオレから謝るのも筋違いだ。まずはカティが自分の非を認めるのが先。さっさと謝ればいいものをいつまでも意地を張って何がしたいんだか。
好き嫌いがなくなったところで所詮は子供のままだ。オレは子供を好きにはなれない。
どこまでも続く道。思考もまた堂々巡りを繰り返す。
やがて焚き火の灯りが見えてくる。これで通算18回目の振り出しだ。
同時に出発したカティたちはまだ戻ってきていない。その代わりまったく別の人物たちが火を囲んでいた。
「え⋯⋯なんで? お前たちがどうしてここにいる?」
「デント⋯⋯久しぶりね⋯⋯」
か弱い声でオレの名を呼ぶ。
ザック、チェルシー、それにルーナ。オレの元パーティーメンバーがそこにいた。




