第17話
オレたちが今目指しているのは【精霊の森】その名前の通り精霊たちが住む森とされているが、それ以外の詳しいことはよくわかっていない。
街の防衛戦の後、トレーシーが提案したのは精霊の力で魔剣を浄化する方法だった。
精霊の力といっても必要とするのは地脈のほうで、精霊が使用する地脈は普通のそれよりも神性力が強く魔剣の一本や二本ぐらいならどうにかできるらしい。
かなり成功率の高い方法に思えるも、問題があるとすれば普通の人間では精霊の力を借り受けることができない。
そこはトレーシーの名前を出せばいいと言っていたが果たして信用していいのだろうか。
どうやら知人がその森に住んでいるらしいが、あの微妙そうな表情を思いだすだけでめんどくさいことになるんじゃないかと邪推してしまう。
「デント様。やはり反応は森の中からです⋯⋯」
「やっぱりか⋯⋯」
それにドロミーが見つけたマジックアイテムの反応もここにある。結局のところ行ってみなければわからないということだ。
「おぉ! 見えてきたね〜!」
「子供みたいに走るなよ⋯⋯いや、まだまだガキか⋯⋯」
はしゃぐカティの後を追って森へと向かう。
精霊という部分にテンションが上がるのか普段よりもご機嫌な様子だ。オレの心情としてはカティとは真逆のものを抱いていた。
子供の頃に読み聞かされたいくつものお伽話。精霊などは畏怖の対象として語られてきたことに加えて、冒険を始めてから何度か剣を交えた経験もある。
とにかくめんどくさいの一言だ。実体を持たない存在に物理的な攻撃など通用しない。搦め手が苦手なオレにとってはとにかく相手にしたくもない。
今回は尚更、戦う術をもたない状態で事を構えるのは是が非にでも避けたいところだ。
「デントたち遅いよー! って⋯⋯え? 」
「なんだよ?」
先行していたカティが振り向きざまに見せる困惑の表情。その原因はオレたちの背後に広がっていた。
「オレたち森に入ったばかりだよな?」
オレの疑問にカティは全力で頷く。
「出口どこだよ⋯⋯」
進んできた道は跡形もなく消えていた。前後左右どこを見渡しても同じ景色が広がっており、いつの間にか深い森の中で佇んでしまっている。
「これも精霊の仕業なのでしょうか」
「そうだろうな」
なるべくその場に固まって辺りの様子を伺う。気がついたら隣のやつが消えてましたでは洒落にならない。
視界の端で何かが動いた。そちらに視線を向けると木々の陰から銀色の光が顔を出す。
「狼⋯⋯?」
それも1匹ではない。他の木々の間から次から次へと狼が顔を覗かせる。気がつけばあっという間に囲まれていた。
「大きな声を出すなよ⋯⋯ゆっくりと距離を取れ⋯⋯」
あれも精霊の一種であるならばなるべく刺激しないようにこの場を一旦離れる。
アイコンタクトで2人に伝えようとするも、それよりも先に巨大な狼が姿を現してしまった。
☆
周りを囲んでいる狼よりもさらに大きい。それなのに足音一つ立てることなくこちらとの距離を詰めてくる。
一見すると無防備にも思えるがその実、目の前にいる人間のことなどなんとも思っていない故の行動だ。
この森の主だろうか。だとすれば思惑通りオレたちのほうは突然の登場に対して動けずにいる。
『人間、何用でこの地を犯す?』
それは精霊が人の言葉を発したわけじゃない。思考を直接脳内に伝えそれを言葉としてオレたちが認識しているにすぎない。
いや、重要なのはそういうことじゃない。
この問いにどう答えるかがオレたちのこれからを左右する。
「これは精霊の問いかけだ。下手なこと口にするとどうなるかわからん⋯⋯」
「ここは任せたよデント⋯⋯」
「くれぐれもお気をつけください」
2人の命は預かった。オレはさらに一歩前へ踏み出し精霊の主と向かい合った。
圧倒的な存在感を改めて目の当たりにする。
『さぁ、答えよ人間』
「オレはティオナ・デント。訳あってこの森に入ったが、敵対するつもりはない」
『フンっ。魔の力を携えてよく言う』
「⋯⋯⋯⋯」
一笑に付されたことで後ろの2人に助けを求める視線を送る。
「あーあ。これデントのせいだからね?」
「私たちもここまでですか」
どうしてオレはいつもこうタイミングが悪いのか。最初からすんなりと事が運んだ試しがない。
この場合は自分から問題を持ち込んで自滅しているとも言えなくないが⋯⋯。
おっと、こういうことが聖剣を駄目にしちまったばかりなのに、もう余計なことを考えてしまっている。
だけどこのまま魔剣のことを伝えて大丈夫なのだろうか。下手すれば完全に敵と認識され剣の浄化など到底不可能だ。
「いつまでそんな人間と遊んでますの?」
『少し話をしているだけだ』
その声はハッキリと誰かが発したものだ。
精霊の主の陰から現れたのはオレたちと変わらない見た目の少女。
人間か? でもよく見ると動物のような耳があるから獣人⋯⋯それも少し違う感じがする。
「気に入らないですわね⋯⋯」
少女と目が合った。もしかすると彼女がトレーシーの知り合いなのかもしれない。
これは偶然がもたらした奇跡か。オレはさっそく彼女に言葉を投げかけた。
「『トレーシー』この名前に心当たりはあるか? あんたがもし知り合いなら⋯⋯」
何かが顔の横をものすごい速さで通り抜けた。頬には熱を持った傷が浮かび上がり、鋭い痛みが追いかけてくる。
「その名前⋯⋯久しぶりに聞きましたわ⋯⋯」
彼女の周りに銀の狼が集まり、今にも飛びかかってきそうな姿勢でオレを威嚇してくる。さっきオレの顔に傷をつけたのはその内の1匹だった。
「あなたあの変態のお仲間ですの? でしたら今のがその答えですわ」
「⋯⋯⋯⋯」
オレはその問いに返事ができない。その代わり心の中で盛大に叫ぶ。
騙しやがったなオカマ野郎⋯⋯!
何したらここまで嫌われるんだ。それにれは本気の殺意を抱いている目だ。なーにが知り合いがいるだ。なーにが名前を出せば大丈夫だ。
今まさに命の危機に晒されているこの状況をあの変態に見せつけてやりたい。
『そういうことだ。人間どもよ今すぐここから去れ。それとも我らと事を構えるか?』
「待ってくれ⋯⋯! まだ本題に入っていない⋯⋯」
さらに一歩踏み出すと狼が吠えた。
轟音が耳をつんざき、風が荒れる。精霊であるはずなのにここまで現実に干渉できるなんて。
『くどい⋯⋯! それでも退かぬというのなら、永遠にここを彷徨い続けてみるか?』
狼の前足が地面を掻いた。その行動一つで目の前にいた狼や少女さえも消え、オレたちは深い森に飲み込まれてしまった。




