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第15話

 オレとトレーシーはできるだけ派手に暴れ回ってみせる。


 この魔物たちを操る存在がいてそいつ自身に理性があるならば危機感を煽ればいい。


 いつでもお前を狙っているぞと見せつけることで、街とカティたちへの矛先を外させる。


 雄叫びをあげ股間の光を強調させ剣を振るう。


 まだどこか街への侵攻を伺っていた群れから迷いが消える。目の前のオレ達を打倒すべき敵と認識し動きが変わった。


 これで気を揉むことも出し惜しみする必要もなくなり、聖剣に魔力を込める。


 魔物を率いて街を攻めるなんて所詮は魔王の二番煎じ。勇者であるオレがそんな行為を許すはずもなく、魔王と同じようにここで滅びる運命を受け入れろ。


「はぁぁぁぁっ!」


 振りかぶった瞬間、聖剣が帯びていた白く輝く魔力が紫電に染まる。


 繰り出された斬撃は出し惜しみしなかったとはいえ、想像以上の範囲と威力を伴っていた。


 斬撃に触れた魔物はもちろん、余波に巻き込まれた魔物達でさへその身体が綻んだ。


「デントすごい!」

「さすがはデント様です」

「いや、なんだ今の⋯⋯?」


 オレが一番驚いていた。こんな技を使えた覚えも使った覚えもない。さらには聖剣の身に起きている現象にも目を疑った。


 刀身が夜の闇を染み込ませたかのように漆黒へと変わっている。


 えもいわれぬ感覚。確かめずにはいられない。


「おいっ! 頭を下げろ」

「なによ⋯⋯」


 魔力をさらに込め今度は意図して広範囲に斬撃を放った。慌てて伏せたトレーシーの頭上をかすめ、広がる魔力刃が魔物たちを薙ぎ払っていく。


「あ、危ないじゃない!」

「今日のオレ、すげーいい感じだ⋯⋯」


 まさに絶好調といっても過言ではない。漠然としていた力に確信が持てる。


 これは聖剣の変化ではなく進化だ。


 一つ難点があるとすれば込めた以上の魔力を勝手に持っていかれる。一撃を放つたびに相当の疲労が押し寄せ、必然的に短期決戦を求められる。


「見なさい! あいつよ!」


 トレーシーの視線の先にそれはいた。


 細身の身体つきに魔術師を思わせる出で立ち、一見すると人間のようにも見えなくないが鋭い光を放つ複眼はまぎれもなく魔物だ。


 自分自身を守らせているのか周りを囲むようにして複数の魔物を配置している。あれが群れの指揮者で間違いない。


「ここからさっきの一撃を放つ」

「あんた、すごい顔してるけど大丈夫なの?」

「これぐらい平気だ⋯⋯!」


 守っている魔物ごと吹き飛ばす。そのつもりで放った斬撃が巨大な何かに止められた。


 突如として空から現れ大地を揺らす。


「まじかよ⋯⋯」


 巨人とも称される魔物【ギガ・デロ】だった。




 ☆




 この街で一番大きな建物は教会だっただろうか。高さだけならそれを遥かに凌ぎ、まるで目の前で山が動いているかのような圧迫感がある。


 厄介だ。今見せられた通り、こいつには魔力の通りが悪い。


 こんなものまで操ることができるなんて、あの魔物はどれほどの存在なのだろう。


「デント危ない!」


 かけ離れた体格差に距離感を見誤る。決して速くはない攻撃のはずが避けることもできず、寸のところで聖剣で受ける。


「重ぇ⋯⋯」


 振り下ろされた拳を受け止めるだけで精一杯だ。だがそれすらもすぐに危うくなり、片膝をついた地面が陥没しはじめる。


「せいやぁぁぁっ!」


 ギリギリのタイミングでトレーシーが間に入ってくれる。


 巨大な斧で拳を突き上げるが僅かに流血するにとどまるも、二人掛かりでようやくギガ・デロの攻撃に耐える。


「もー! やっぱりあんたボロボロじゃない! 魔力の使いすぎなのよ!」


 男の言葉に言い返すことができない。臓器がよじれる感覚に加え、そろそろ口の中が血の味で満ちている。


「しょうがないわね。これ使いなさい!」


 男の股間が輝きを放つ。それはオレの呪いにも似た魔法とはまったくの別物。


 トレーシー自身の純粋な魔力だ。


「こんなこともあろうかと常に持ち歩いてる隠し玉よ」


 男の気合いでギル・デロの腕が少しだけ押し返される。ようやく身体が自由に動かせるようになり、溜まっていた血を勢いよく吐き出した。


「あたしが持ちこたえている間にさっさと受け取って⋯⋯」

「え⋯⋯」


 この股間の魔力を、オレの、聖剣に?


 自分のことを棚にあげて言わせてもらうが、そんなところにあるものを触るなんて絶対にありえない。


 もう一度言う。絶対にありえない!


「いいからさっさと受け取りなさいよ! 2人とも潰されるわよ!」

「えぇ⋯⋯」


 本気でキレられた気迫に圧され、トレーシーの檄で渋々股間に手を伸ばす。


「あぁんっ⋯⋯」

「変な声を、出す、なぁぁぁ!」


 股間からオレの手にそして聖剣へと魔力が移っていく。底をつきかけていた力が息を吹き返し、さらなる輝きを身に纏わせた。


 ギル・デロの身体には斬撃跡が刻まれている。初撃で仕留めきれなかったのは威力が不足していたからだ。


 それでも確かなダメージは与えていたのを見るに、この技なら十分にいける。


 紫電の閃光がギル・デロの拳を腕にかけてまで縦に切り裂いていく。その隙にこの場所から抜け出すことができた。


「あっちを任せてもいいか。オレはこいつの相手をする」

「なーにカッコつけちゃってるのかしら。今度は助けにきてあげられないわよ!」


 怒りに任せたもう一発が飛んでくる。今度は見誤ることなく躱しきるのと同時に、振り下ろされた腕を足場にして駆け上がる。


 狙うは頭部。頭を切り落とせばいくら巨体だろうと一撃で命を断てる。


 今のオレと出会ったことが運の尽きだ。この位置、この距離、完璧。


「せやぁっ!」


 気合いと共に最後の一撃を放つ。


 だが、またしても思い通りの結果とはいかず、今度ばかりはさすがに言葉が出てこない。


 そんなオレの代わりに、別の物が声をあげる。


 聖剣が砕け折れていた。

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