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第13話

 帰るとは宣言したものの、保護者としての責任という名目で店内に残ることを言いつけられた。すでに客ではなくなったオレは放心状態で店の隅にいた。


 2人の仕事ぶりを見る限りオレへの対応が嘘のようにちゃんとやっている。


 他人へとふり撒く愛想に多少の寂しさはあるものの、どうしてオレの時はそうしてくれなかったのかという悔しさも込み上げてくる。


 時間はあっという間に過ぎていき、気づけば閉店作業が始まっていた。


 仕事を終えた2人もすでに見慣れた服装へと戻っている。


「ねぇねぇどうだった? 私も意外とやるもんでしょ?」

「私のツンツンしたキャラ、なかなかだったと思いませんかデント様」


 あれのどこに自信を持てる部分があったのだろう。変な疲労を感じているのはどうやらオレだけのようだった。


「全然楽しくなかった⋯⋯」


 女の怖さを目の当たりにした気分だ。初めての店で本当に1人でこんな目に遭えば、ばそれこそ軽くトラウマになっていただろう。


「は〜い2人ともお疲れ様。これ、今日のお給料よ」

「待ってました!」


 ドロミーに変わってトレーシーから受け取っておく。はしゃぐカティとは対照的にドロミーの反応は薄い。


 ちょっと待て。これオレよりも稼いでない?


 これが2人分あるとすると、野菜なんて目じゃないのは明白。嫌な汗が噴き出してくる。


「これはオレが預かっておくから、必要な時はいつでも言ってくれ」

「わかりました。しかし、今のところ必要とする可能性は低いよう感じますが」

「えー!? ドロミーもなんか欲しいとかないの?」


 カティが意気揚々と金の使い方について語っているが、変な価値観を植え付けられなければいいが⋯⋯。


「でもいいのか? 結構な額みたいだけど」

「あたしは正当な報酬を払ったまでよ。それに可愛子ちゃんがそこにいるだけで空気が明るく華やかになるの。つまりあの2人にはそれだけで価値があるのよ」


 そういうものなのか。この男の経営方針はわからないが、言うことだけは妙に説得力があり、自ずと納得してしまう。


「それより坊やの足りない分はつけにしておいてから。ちゃんと返しなさいよ? あたし、取り立てには鬼になるわよ?」


 野太い地声が、オレの耳元をねっとりと這っていく。


「はぁ⋯⋯ほんと楽しくなかった⋯⋯」


 慌ただしかった作業も終わり店内はしんと静まりかえる。それと同時にトレーシーの纏っていた雰囲気がガラリと変わる。


「あんたたちまだこの街にいるんでしょ?」

「あぁそのつもりだけど」

「だったら、さっさと帰って寝ることね。夜は出歩かないことをオススメするわ⋯⋯」


 トレーシーがオレだけにわかるよう目配せする。そういえばカティたちにはこの街のことを伝えていなかった。オレだけならともかく2人を巻き込むわけにもいかない。


 今日のところはこのまま大人しく帰るとしよう。




 ☆




 宿までの帰り道。金の使い道についての話が盛り上がっていた。


 本来は旅の資金にするつもりだったが2人を見ているとそれも言い出せず、なにより稼ぎの少ないオレが言える立場でもない。


 結局は当初の目的を何も成し遂げていないことで焦燥感に駆られる。やっぱりオレがどうにかするしかないのだろう。自分の尻は自分で拭けってことだ。


「私気前のいい人好きだなー」


 あれだけ好き勝手に酷いことを言っておいて随分と変わり身の早いことだ。尻拭いをしてやったことなどもう覚えてもいないだろう。


 トレーシーだからこそこれだけ人を惹きつけることができるのもわかる。それはきっと2人だけに限ったことじゃない。あの店で働き慕う人間もまた同じこと。


「なぁ、カティはトレーシーに何かあったら悲しむか?」

「え? いや全然。でもお金に困った時はどうにかしてくれそうだから、そういう意味では何事もないほうがいいけどね」


 あっけらかんとした態度に思わず苦笑してしまう。


「ドロミーは?」

「そうですね。恩義には答える義務があると思います。べ、べつにあんなやつのことなんか全然気にしてないんだからね! という感じでしょうか」


 考えることは皆同じ。少なからず関係を築いてしまった以上、気にならないわけがない。


 それを踏まえたうえでとある秘策を思いつく。


「さてと、ちょっくら人助けでもしてくるか」

「イモが給料だった人がなんか言い出したね。ドロミー変なもの飲ませてないよね?」

「デント様はお酒を飲んでいなかったと思われます。つまりこれは正気の発言です」


 オレが真面目なことを言うのそんなにおかしいか? あと、イモをバカにするな。


「お前らオレを誰だと思ってる?」

「変態のデント」

「露出狂のデント様」

「二つ名みたいな呼び方はやめろよな。な?」


 2人の息がぴったりなのとオレへの認識は十二分に理解した。しかしそういうことじゃない。


「オレは勇者だ」

「元・勇者でしょ?」


 改めて言われると不安になるからやめてほしい。だって魔王倒してるんだぜ? 聖剣だってちゃんと持ってるし。


 でも以前のパーティーは⋯⋯解散してるな。面倒ごとを回避するため最近は勇者であることも隠してはいる。勇者らしい実績はそれ以上思いつかない。


 魔王を倒した勇者はいつまで勇者なのだろうか。


 元・勇者? 自称・勇者? いや、ちゃんと勇者である自覚がある。だから今も勇者だ。それで大丈夫。


 逡巡の結果、オレはまだ勇者だということに落ち着いた。


「とりあえずだ。 勇者にしかできない仕事があるのさ」

「デントが悪い顔してる。やっぱり勇者の顔じゃないよね⋯⋯」


 宿への道のりを引き返し、闇へと向かって駆け出していく。

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