第12話
「いらっしゃいませ〜」
「おぉ⋯⋯おぉ⋯⋯!」
入店と同時にカティが出迎えてくれる。普段の動きやすさを重視した服装と違い、煌びやかな衣装に身を包んでいるせいか子供らしさを感じない。
素直に感想を述べるならばとても綺麗だった。
「お好きな席にどうぞ〜」
「え? あぁ、そういう感じなの⋯⋯?」
こういう店って席まで連れ立ってくれるものではないらしい。そもそもカティの対応が間違っているかどうかすらもオレにはわからない。正直なところこの手の店にくる機会は今までなかった。
用意されている席に着けばそこに女の子がきてくれるみたいだ。店内にはオレ以外の客の姿もちらほら伺える。店主の意地に応えるかのように、こんな時にでもやってくるやつはいるみたいだ。
ならばオレも素直に楽しみたいところだが⋯⋯。
「なんだあれ⋯⋯」
談笑を交えながら誰しもが酒を楽しんでいる中、ひとつだけ異様な雰囲気を放つ席を見つける。
グラスや軽食などと一緒にテーブルに配置されている首。どこからどう見てもドロミーだった。いくら首から上を美しくしようとも、どうしようもなくドロミーなのだ。
「見なかったことにしよう」
踵を返し他の席に向かおうとするも背後からガッシリと腕を掴まれる。振り返れば笑顔のカティと目が合った。
「いつの間に!?」
「お客様〜。あちらのお席なんてどうでしょう?」
カティの言う席とはオレが真っ先に避けようとした席しかない。
「席は自由に決めていいんじゃないのか?」
「今なら未知の技術で作られた首も同席ですよ〜。おススメですよ〜」
「首が同席ってとこに引いてるのに、それをススメするっておかしくない?」
カティが小さな身体で背伸びして、オレにしか聞こえない声で耳打ちする。見知っているはずなのに、まるでいきなり美少女に声をかけられた気分にドキっとしてしまう。
「私いいこと思いついたんだ。デントが私たちに貢いでよ。そうしたら私たちの給料も増えてお互いにプラスじゃない?」
あぁ、うん。コイツは間違いなくカティだ。中身は何一つ変わっちゃいない。自信満々によくそんな提案をするものだ。
「ついでに言わせてもらうけど、それなにもプラスになってないからな? 」
「一名様御案内です〜」
強引に首の配置される席へと連れていかれてしまう。
この先の展開は想像に難くない。初めてはもっと普通に楽しみたかったのに⋯⋯。
☆
「あれ〜? 全然飲んでなくなーい」
席に着くなりカティが甘い声を出してくる。ちゃんとやろうという意思は感じ取れるが今きたばかりの客に言う台詞ではないと思う。
教えられた通り感が否めない。もっと臨機応変にやりようがあるだろうに。
それに一度化けの皮が剥がれたカティに、オレの心はときめきを失っていた。
「とりあえずなんか食べる?」
「それは臨機応変というか急展開すぎだろ。普通酒とか勧めない?」
オレの話も聞かずに勝手に注文したうえに、やってきたのは油の乗った肉をこんがりと焼いたメニュー。これじゃただの晩飯じゃないか。
「ちょうどお腹空いてたんだよね。もちろん支払いはデント持ちだからね」
本当に晩飯だった。真面目に客の相手もせず、普段食べることのできない高価な食事にカティは舌鼓をうつ。オレは何を見せられているんだろうか。
「まぁまぁ、私と飲みながら喋ろうよ。相談とかあれば聞くよ?」
置物と化していたドロミーがようやく口を開いた。相談したいことはまさしくこの状況なのだが⋯⋯それにオレは飲み物を注文すらさせてもらえていない。
「どうかした?」
「いや⋯⋯なんかそういう喋り方のドロミーも新鮮だなって。いつも堅苦しい喋り方だからさ」
「普段はあれでも結構無理してるんだよね。考えて喋らないと普通はこんな感じだよ」
「そうなの?」
かなりの衝撃的事実だった。オレのことをご主人様と呼ぶドロミーに対して何度か拒否したこともあったが、それでも満更でもない部分も否定しきれないわけで。
それではオレが無理に呼ばせてたみたいな言い草じゃないか。
「だってどうしようもない相手にご主人様呼びって⋯⋯ぶっちゃけ疲れるじゃない? おっと⋯⋯疲れるじゃないですか。 だからデントもそう思わない? おっと⋯⋯デント様もそう思わないでしょうか」
「待って、オレ今結構泣きそうだから⋯⋯」
おかしい。ここは楽しくお酒などを飲む店じゃなかったのか。あれは全部幻想でこれが現実だっていうのか?
首相手に精神的に追い詰められている間、カティは甘いものにまで手をつけ始める。コイツは別の意味でオレを追い込んでくる。
ひとしきり欲望を満たし終えたカティの頬が赤く染まっていた。
「ふあぁ⋯⋯お腹いっぱいにで眠たくなってきちゃった。で、どうする? そろそろ帰る? それともまだ私たちとお話しする?」
眠気まなこに大きなさな欠伸。何一つ隠そうとしないカティにオレは小さく笑う。
「そりゃもちろん⋯⋯帰るに決まっている!」
「お客様お帰りです〜」
短くも長かった悪夢のような時間に終わりを告げた。
「またのお越しをお待ちしております〜」
「二度とこねぇよ⋯⋯」
今日オレが学んだ教訓は、夢は金で買えないということ。
ほんと手痛い出費だった。




