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第11話

「ダメだー⋯⋯」


 さっきから何軒もの露店を回っているが、どこの店主も首を横に振るばっかりで、ロクに話すら聞いてくれない。


 おかげで仕事探しは難航してしまう。これじゃどんな者でも雇う気概のあったトレーシーがいかに良心的だったことか。


 オレも女だったらなと、現実逃避にふけってしまう。


 さらに日中だというにに閉まったままの店が多いのもオレの不安を掻き立てる。


 宿の利用客もそうだがそもそも人口自体が少ないみたいで、それは単純に働き口が少ないということに直結してくる。


 このままじゃカティたちに尻に敷かれてしまうのも時間の問題だ。何をするにしても許可が必要になりオレの意思などそこに有りはしない。


『ちょっとお腹減ったんだけど~?』

『食べ物買ってきて~。ダッシュね』


 あー、変な幻聴まで聞こえてきた。


「次こそは必ず!」


 ゆっくりはしていられない。早々に休憩を切り上げ次の店へと向かう。


 オレの尊厳は、オレが守る⋯⋯!


「ここで働きたいだ?」


 不機嫌な声にオレを訝しむ視線。また駄目だったと落胆しかけたところ野菜を販売していた店主が大きなため息をつく。


「あんた他所者だろ? 今時この街で働き口を探すやつなんていないからな」

「そうなんですか⋯⋯?」

「働くってんなら好きにしな。だが金は出せねえよ。その代わり野菜はいくらでも持って行って構わない。どうせ買いにくる客もいないしな」


 オレはその条件に二つ返事で了承した。直接の金銭にはならないが多少はあの二人に示しがつくだろう。カティ辺りは文句を言いそうだが、好き嫌いは許さないつもりだ。


 働くにあたって店主からの詳しい説明はなかった。接客はやらなくていいと言われたので裏方の仕事に徹することに。嬉々として働いてはいるが少々物足りなさも感じていた。


「でも本当に人が少ないよな⋯⋯」

「あんた冒険者かなにかか? はぁ、本当に何も知らないんだな」


 呆れとうよりかは諦めだろうか。オレの無知に対してのことかそれとも⋯⋯。


「この街にはな夜な夜な魔物が出るんだ。だから他の連中はさっさとこの街から逃げ出しちまったんだよ。その中には兵士も混じってやがったぜ。ガハハ」

「ははは⋯⋯ゴホンッ⋯⋯」


 ここは一緒に笑うとこなのか迷ったが、この店主のことだ。それはそれで怒るに違いない。


「あなたはそうしなかったんですか?」

「この店構えを見て本気で言ってるのか? 逃げ出したやつはみんな金やツテがあるやつだけだ。そうじゃないやつらはいつ滅ぶかわからん街で死んだみたいに生きてるんだよ」


 それがこの街に人が少ない理由。なら逃げ出さなかった人たちがどうやって今日まで生きてこれたのか。


 店主の口ぶりからは魔物の襲来は一度や二度ではなさそうだが⋯⋯。


「ちょっと店を頼むぞ。客はこねえが、サボったりするんじゃねぇぞ?」

「まだ聞きたいことが⋯⋯行っちまいやがった」


 結局、店主からはそれ以上のことは聞けなかった。


 いや、この街の人間はきっと話したがらない。自分たちの滅びゆく様を嬉々として語ることなんて絶対にあり得ないことだ。




 ☆




 店主が戻って来る頃にはすっかり日が傾いていた。今までどこで何をしていたのかは簡単に察することができた。


鼻歌交じりでご機嫌な様子に、アルコールの匂い。


「あのほろ酔い店主め⋯⋯」


 夜になると街は怖いぐらいに静まり返る。誰しも襲来してくる魔物に怯えて過ごしているのか、出歩いている人間はほとんどいない。


 そんな時でもトレーシーの店は一際目立っていた。自己主張の強い店構えで1人浮いてしまっていることは、否めない。


「あ〜ら、朝の坊やじゃない。遊びにきてくれたのかしら?」


 店の前で煙草を蒸している男と目が合って吸い寄せられるように近づいてしまう。


「あいつらどうしてるかなって」

「な〜に心配になっちゃったの? 大丈夫よ。昼間の間に一通りは教えたつもりだから。あたしこう見えて凄腕なのよ。それとも坊やの心配は別のことかしら?」


 なかなか鋭い指摘だった。この男よく人を見ている。さすが自画自賛するだけのことはあった。


「あんたは店を閉めないんだな」

「可愛子ちゃんが頑張ってるのに坊やはそんなことをコソコソと調べてたの? ホント冴えない男のすることって感じね」


 まだ火の消えないうちにトレーシーは煙草を握り潰し、立ち昇る煙の行方を眉ひとつ動かすことなく見つめ続けている。


「客商売が店を閉めるなんて恥さらしよ。それにこの店と従業員には指一本触れさせやしない。ここはあたしの宝なんだから」

「強いんだな、あんた⋯⋯」

「当たり前じゃない。女はね最強なのよ⋯⋯」


 新しい煙草を取り出して火をつけた。再び空高く昇っていく煙をオレも視界の端で追っていく。


 その言葉と決意は信用に値する。街に現れる魔物を退け今日まで店を守ってきたであろうトレーシーの実力の一端が垣間見えた気がした。


「せっかくだからあたしの宝物を見ていくといいわ。そしてお金を落としていくのよ」


 トレーシーに流されるまま入店する。扉一枚隔てた先はオレの知らない絢爛豪華な世界が広がっていた。

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