第10話
「ピコーン! 反応を検知しました」
テーブルに朝食と共に並んでいたドロミーの瞳が開かれた。宿の一階に併設された食堂でいまだ眠気まなこだったオレにも活気が戻る。
「もう見つけたか。さすがドロミーだ」
「これぐらいしか私にできることがありません。なんせ皆さん一向に私を使ってくくれる気配もありませんので」
「いやいや、お前の真価はもっと別のとこにあるんだから。そう気を落とすなって」
自称・ご主人様の性欲を満たすだけの存在ことドロミーにはとてつもない能力が備わっていた。それは解析したアイテムと同反応の存在を探知することができること。
この力によって残りの『不浄解体』の在り処も一目瞭然となる。まぁ、それ以外にもドロミーには一流の魔術師が裸足で逃げ出すほどの能力を秘めている。すごいぞ未知の技術。
ドロミーの後頭部が半分に開き収納していたマジックアイテムが飛び出す。他の部品を傷つけないようそっと取り出してから、ドロミーの指示通りに地図に印をつけていく。
「もー、朝から頭開くとかグロいんだけど。食欲なくなるー」
それはただの好き嫌いだろう。カティが皿の端に野菜を避けるのをオレは見逃さない。
「ちゃんと食べないと大きくなれないぞ?」
「うわぁ⋯⋯なんかこの人母親みたいなこと言い出したよ」
誰がお母さんだ誰が。そこはせめてお父さんだろう。いやお父さんって歳でもないわけだし、ここはお兄さんだろうか。いや、どうでもいいかそんなこと。
皿を回して野菜をカティ前に持っていくと、さらに回転させまた遠ざける。そのやり取りに勝利したカティが問答無用でオレの皿に野菜を移してくる。
ドロミーが頑張っているというのにカティときたら⋯⋯まったく⋯⋯。
「これからどうするの? すぐ集めに行く?」
カティの提案も悪くはない。オレ自身いち早くアイテムの収集を行いたいところではあるが、その前に解決しておきたい事案もあった。
「お前たち、これを見てくれ」
懐から取り出した皮袋。使い古されくたびれてしまっているが、見せたかったのはそこじゃない。
「金がない。明日からの宿代もだ」
「そんな堂々と言わないでよ。それじゃ、もしかして明日から野宿ってこと?」
「そう結論を急くな。何か解決策はないかって相談を今しているんだ」
「私を売っても大した金額にはなり得ないかと」
「だから結論を急くなって。いや待て、その手があったか⋯⋯」
冗談を本気にしてしまい慌てふためくドロミー。今では頼れるメンバーの一人を失うのはマイナスだ。どちらかというと売るならカティだろ。いや、これも冗談だけど。
オレの心を読んだカティが厳しい視線を向けてくる。
「いつも服を木っ端微塵にしてる人がよく言うよね」
「誰の金で飯を食ってる? それを残すなんて失礼と思わないんだろうか」
「あぁん?」
「おぉん?」
静かな朝食がたちまち騒がしくなってしまう。大きな宿にもかかわらず他の客が少ないので、オレたちの醜い争いに文句を言う奴はいない。
これ以上は歯止めがきかなくなりそうなのを堪え、建設的な意見を出そうと提案する。
「だったら私がそこら辺の人からちょろまかして⋯⋯」
「オレのパーティーの一員になったからには、今後そういうことは禁止だ」
「でしたら私がそこら辺の男をちょろまかして⋯⋯」
「お前は健全な意見を出せ」
二人の意見を否定したがそう簡単に金策の案が思いつくものでもない。頭を悩ませていると近づいてくる気配があった。
「あなたたち、話は聞かせてもらったわよ」
分厚い胸板に逞しい二の腕を携え歴戦の猛者のようなオーラを内包した屈強な身体つき。魔物を素手だけで倒したと言っても信じてしまいそうになりそうだ。
ただ、着ている服が女物で言葉遣いが女性なことを除けばだが。
何にせよこの奇怪な人間をどう表現すればいいか言葉に詰まる。
「き⋯⋯気持ちわ⋯⋯」
「わーー! なんでもないです。す、すごく綺麗ですね?」
「デント様、なぜに疑問系なのでしょうか」
どうしてこの子は心が読めるのに、自身の心の声はすぐ漏らしちゃうんだろうか。
「あらありがとう。それであんたたちお金に困ってるんでしょ? だったらウチで働いていきなさいよ。あたしこういう者なの」
差し出された名刺にはジョレーヌ・トレーシーという名前と立派なキスマークがあった。
「 ウチは首でも子供でも大丈夫なお店よ」
男の視線の先、宿から道を一本跨いだ場所にその店があった。見るからに夜の店のようだがこの男は本気で言ってるのだろうか。
ドロミーは何でも構わないと平然としているがカティは⋯⋯おぉう、こいつがここまで拒否反応を示すのは珍しい。これは一度話し合う必要がある。
「考えタイム!」
「別に構わないわよ」
オレはこの気持ち悪い⋯⋯綺麗な男? トレーシーについて三人で話し合う。すぐさまカティが反対意見を表明する。
「ないない、絶対ない! あれ絶対キメラかなんかだよ!」
見た目のインパクトは認めるが、カティがそれ以外に言及しないのはトレーシーに裏がないからだろう。
本意でオレたちに手を貸そうとしているということだ。それはそれで判断には困るが。
「でも向こうから仕事の話を持ちかけてくれるなんてラッキーだろ?」
「デント、自分に関係ないからってテキトー言わないでよ!」
そんなことはない。ないぞ? オレはお前たちの身の安全のためなら土下座する覚悟だってある。いやほんとに。
「ドロミーはどうだ?」
「私は自分の存在意義を証明できるのであればなんでも致します」
「話はまとまったかしら?」
オレはトレーシーに自分たちの事情を説明した。多少なりとも脚色を交えたが、見も知らぬ相手に全てを話すわけにもいかない。もちろんオレは土下座した。
働くうえで二人の身の安全の保障と今日限りという約束も取り付ける。
「そう⋯⋯あんたたち⋯⋯苦労してきたのね⋯⋯。あらいやだ、年甲斐もなく泣いちゃったわ。あたしのこと本当の親だと思っていいからね」
「いや、母親か父親かどっちかわかんねーって⋯⋯」
「わーー! あ、ありがとうございます」
これで二人が働くことになったが、あとはオレ自身のことだけか。




