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稲村某的SF短編集

星墜ちした俺に「今日は何の記念日ですか!?」と迫る猫耳の惑星

SFですが、どーでしょーかね?




 誰にでも平等に訪れる朝は、いつもの平凡な朝である。それは変わらない。だが、俺の朝は柔らかな香りと、少々変わった起こし方で訪れる。


 「ご主人様、いーかげん起きてください! もおおおぉ~!!」


 まごまごと頬を撫でていた優しい指先が次第に荒々しくなり、俺の頭はきこきこと左右に揺さぶられてもげちゃうかもと心配になる。ちゅーか、確かこの部屋って鍵付きだったよね?


 「あぶはばばばっ!! は、激しいから激しいからっ!!」

 「あ、起きましたご主人様? おはようございます!」


 マラカスのようにしゃかしゃかと頭を揺らされて思わず叫ぶと、ベッドの端で四つん這いになったミケが、胸の谷間を強調するような際どい格好で朝の挨拶をしてきた。その言葉に合わせるように、谷間がゆーらゆらと視線を誘導してくる。この無駄チチめ。


 この1ヶ月でコイツらの真意がだいたい判った俺は、そんな安っぽい誘惑には乗りません。いやそもそも誘惑とか小難しい芸当が出来る訳も無いけれど。


 伸縮性に富んだ上下同じ水色のユニフォームを着たまま、俺はほんのり射し込む日差しから、まだ早い時間だろうと当たりをつけてはみたものの、宇宙生活で培われた規則正しい生活の癖は、抜けきらないもんだ。やる事なんて無いのに。


 ふわああぁ……と、欠伸しながら伸びぃ~、って感じのストレッチをする俺の横で、ミケがふわふわと耳を揺らしながらコッチを見ている。ふ、ふん! 別に可愛いとか思っちゃあいないからな?


 「……あ、ボーッとしてました。何か言いましたぁ?」

 「いーや、何も言ってないよ。さ、顔洗って飯食いに行こうか」


 俺がベッドから立ち上がるとミケも一緒に起き上がり、窓に向かってベッドの上でゴロリと身体を転がしながら近付くと、


 「じゃあ、先に食堂行ってますから顔洗って来てください!」


 片耳を下げて愛想笑いしながら俺に告げ、身軽に窓から身を乗り出してスルッと下に降りていった。だから階段使えっての。外を歩き回ったままの足でベッドに乗るんだからさぁ……全く。




 ……思い起こせば1ヶ月前、母艦の外格部分で定期検査中のドローンが故障し、そいつを回収しようと船外に出た瞬間、デプリの嵐に巻き込まれて落下……まあ、ついてない時はとことんついてないもんで、母艦の姿勢制御バーニアで落下防止ケーブルが破断、ついでに船外活動スーツの自動帰還モードもフリーズしてて、真っ逆さまに……いや、天地の境が違うから真っ正面から落っこちたのか? どっちでもいいか。気付けば船外活動スーツの【惑星降下モード】が運良く作動し、キノコの傘みたいな大気圏突入ユニットが展開して……地上に降りられた訳で。


 でも、その降りた先が運良く大陸の上で、おまけに知的生命体が居てくれたから死なずに済んだんだから、やっぱりついていたんだろうか?



 そこまで思い出しながら階下への階段を降りていくと、ミケとタマが食堂で俺を待ってくれていた。


 「ご主人様ぁ!! ちゃんと先に食べずに待ってたんだからぁ、サッサと席に着くのぉ!!」


 典型的な乳製品のミケとは違い、やや細身で小柄なおかっぱ頭のタマがエプロン姿でお玉を振り回しながら、俺に向かって威勢良く言ってはいるけれど、背も低く舌っ足らずな口調だからおっかなくはない。まあ、見た目がミケと同じで半分人間、半分ネコだから、誰が見ても微笑ましいだけなんだが。


 「はいはい、ちゃんと座りますからお玉は仕舞っといで」

 「むうぅ……ワタシが席に着くまで食べちゃ嫌だよぉ!?」


 タマはチラチラと俺の方を見ながらお玉を流しの脇に差し、クルッと振り向きながらスタスタと小走りで戻ると、


 「じゃあ……いただきましゅ!!」


 景気良く言ったつもりなんだろーが、噛んでやんの。


 「はい、いただきますですよ」

 「はーい! いただきます!!」


 俺に続いてミケも言い、昨日と同じスクランブルエッグとホウレン草のバターソテー、そしてベーコンとパンの朝食が始まった。


 ……と、言うと嫌々食ってるみたいだが、タマお手製のスクランブルエッグはキチンと卵白をメレンゲにしてから卵黄とさっくり合わせて焼き上げたスフレスタイルだし、ホウレン草のソテーも苦味や渋味を抑えるように調味料を吟味した逸品。そしてベーコンもカリッとした歯応えを残しながらも焦がし過ぎない絶妙な火加減で香ばしく、全粒粉の素朴なパンと実にマッチするのですよ、うん。うん、旨い。


 「むっちゃむっちゃ!!」

 「はむはふはふ!!」


 ……しかし、目の前のにゃんこ二人の食いっぷりは、そんな感傷に浸る余裕なんて与えてくれません。タマはミケのチチ間に落ちたベーコンに向かってフォークを突き出すし、そのフォークをスプーンで弾きながらタマのベーコンを狙って自分のフォークを突き出したミケとにらみ合い、バチッと視線を外してから素早くパンを口に詰め込んでカフェオレで流し込んだタマが、


 「お、おかわりのパンはありましゅからねっ!!」


 とか甲斐甲斐しく言って面倒を見てくれているつもりなんだろーが、まあ……いっか。慣れたし。




 ここ、太陽系第三惑星の地球は、打ち捨てられた星だ。


 うん、そんな言い方すっと何処に居るかも判らない【原初回帰願望主義者】にブッ飛ばされるかもしれんが、紛れもない事実だから仕方ない。


 今の地球は、空っぽだ。


 他星系への移住もすっかり鳴りを潜め、今や地球には(ごく)僅かな残存民がちょっぴりと、呆れる程に増えた【エスコート種族】のにゃんこ人間しか居ない。


 そう、俺は幸か不幸か知らんが、そんな出涸らしみたいになった地球に落っこちた、レスキュー待ちの人間。救難信号は到達してるんだろーけど、軌道エレベーターはいつになっても降りてこないし、連絡も1ヶ月前に有った「暫し待て、追って詳細は伝えるので落ち着け」しか無いのである。ほったらかしだよ、ホント。


 因みに【エスコート種族】ってのは、俺みたいな奴を生かして送り出す為に残された、バイオロイド達の事。彼等は空間把握能力が重要な宇宙空間でも難無く行動出来るよう、三半規管が発達したネコの遺伝子を多めに入れて作られたらしくて、見た目は猫耳で尻尾付き。但し語尾に「にゃ」は付かないんだけど。


 彼等、にゃんこ人間は設備のメンテナンスに軌道エレベーターの管理、それと俺達みたいな連中の相手をするのが仕事だから、それ以外は何もしない。つーかする必要はないらしい。難しい事は全自動ドローンがやってくれるらしいし、危険な現住生物(テラフォーミング用に改良された生き物の野生種らしい)専用のハンター種族達は別に居るから、俺とにゃんこ達は平和に暮らせる訳だ。



 さて、騒々しい食卓からそーっと離脱した俺は、毎日の日課のランニングをする為に着替えて外に出る事にした。気付かんタマとミケには悪いが、あいつらを連れてランニングなんて騒々しくてたまらんのだ。


 静かに部屋に戻った俺は、着慣れたジャージからランニング用の軽くて薄い通気性に富んだ黄緑色のウェアに着替え、同じ色のシューズを履いて爪先をトントンと打ち付けてから、ゆっくりと走り出した。



 ……地球って、ホントに空っぽだ。


 ゆっくりペースを維持しながら走る。目に入るがらんどうの町並みには草が生えたいだけ生え、逞しい木々は建物を取り込みながら我先にと枝葉を伸ばして日光の取り合いに忙しい。


 舗装された地面はキチンと新品同然だが、一歩舗装路から踏み出せば身の丈より高い茂みで先もろくに見渡せない草原が広がり、街と自然の(せめ)ぎ合いは、悠久の時間を経てきた強者の自然に軍配が上がりそうだ。


 まあ、俺はランニング出来ればそれでいいんだけど。



 一定のリズムに呼吸を整え、景色を見ながら心を無にしていく。一定の、リズムで、吸って、吐く。そして、脚を回して、走り続ける。


 「ご主人様ぁ~っ!! なーにチンタラ走ってるんです?」

 

 ……お前らは、どーせ俺より新陳代謝が良いから、ランニングなんてしなくてもいいだろうさ。でも、純粋な遺伝子を持った俺はな、怠惰な生活を続けると簡単に太るんだよ。


 「もぉ~っ!! 無視しないでくださぁ~い!!」


 むぎゅっ、と俺の背中に飛び掛かり、柔らかな柔らかを柔らかに押し付けるミケ。お前って奴はマジでそそりやがる……だが、ガマンガマン。死にたくない。


 ……俺は、この環境に居た先住者が衰弱死した理由を知っている。原因は……【多数のエスコート種族と関係を持った】からだ。肉体的に激しく魅力的な彼女等を拒めなかった彼は、欲望に正直に生きた。その結果は……3ヶ月で衰弱死……3ヶ月で、衰弱死だ。もっとも彼は78才だったが。老衰だったかもしれん。


 ムニムニと背中に巨大な肉球二個を押し付けながら、身軽なミケは俺にしがみついたままだ。器用な奴め。


 「ねぇ~、ご主人様……ミケは嫌いですか……?」


 彼女はそう言って、俺の背中に指先でのの字を書きながら聞いてくる。コイツはナチュラルキラーである。一切の(はかりごと)抜き。でも、上目遣いの震える睫毛は破壊力抜群だ。


 「……嫌いじゃねーよ。ただ、お前らの狙いが……」

 「……ミケは、違いますから……」


 俯いて呟くミケの言葉に、思わず足が止まった。






 ……だがしかし、俺はやっぱりこうなった。


 周辺の【エスコート種族】達が一堂に会し、俺の目の前に揃っている。


 三毛、黒、(ブチ)に白。髪の毛から背中に至る毛並みの色や柄も多様なら、ネコ系にヒョウ風、ライオンスタイルやシベリアンジャガー調まで多種多様。彼等は屋外で現住生物を駆除しているカウンターディフェンス班だったり、屋内で物資を作る生産班だったりするが、今は全員が俺の動きに注目している。


 ……俺の後ろには巨大な生産機械。コイツはアルコール醸造マシン、つまり【酒製造機】だ。但し、一定の量しか作らないし、作ったら暫く動かなくなる。そういう風に設計されている。


 問題は、その機械が一定の法則でしか動かない上に、その法則をねじ曲げて運用させる為には【鍵になる遺伝子を持った者が認定する】事が条件なのだ。


 通常設定では、一週間に一度、10%の濃度のアルコール含有飲料を一人につき500cc分だけ製造する。まぁ、飲兵衛ならば、そんな程度で満足出来る訳が無いんだが……彼等に任務を課した連中はしつこい程に疑り深かったんだろう。ま、連中を観察していれば、直ぐに判る。根は真面目なんだが……ねぇ。


 それはともかく、鍵となる遺伝子ってのは単純で、俺みたいな単種族の遺伝子プールから引き揚げられた奴なら認められるそうだ。と言うか針先をプチュッと突き刺されて、あっという間に終わったが。


 で、ここからが問題だ。




 俺が、認定すれば、機械は、動く。




 つまり、俺が【祝うべき記念日等が今日だと】認定すれば【祝宴を催す為に特別醸造を行う目的で】機械は、動くのだ。



 「……さぁ、ご主人様!! 今日は何の記念日ですか?」


 期待と興奮で、はぁはぁと息を荒げながら、タマが俺に認証用のマイクを突き付けて叫ぶ。


 ……ほわあああぁん、と若干のハウリングを伴った後、スピーカーが沈黙する。



 俺は、手元の情報端末を操作し、画面に現れた字をじっくりと読んで、その内容を吟味して……口を開いた。



 「……今日は……【公衆電話の記念日】である!!」


 シーン、と静まった醸造マシン前の特設会場に集まったエスコート種族達は、水を打ったように誰も口を開かない。


 「……うむ、今から丁度、320年前、地球のジャッポーネに、最初の電気式伝声装置が設置されたそうである。因みに……シンパシーって駅だったそうだ」



 そう告げた瞬間、会場が沸騰した。


 「シンパシィーッ!!」

 「コーシューデンワッ!! ヒューッ!!」

 「バンザイ! コーシューデンワッ!!」

 「シンパシーッ!! エクスタシーッ!!」

 「はよ酒寄越せッ!!」

 「めでたがってやるから酒寄越せッ!!」

 「コーシューデンワッ!! 酒寄越せッ!!」

 「ご主人様、サイコーッ!!」

 「ご主人様、酒寄越せッ!!」

 「酒寄越せッ!! 酒寄越せッ!!」

 「「「酒ッ!! 酒ッ!! 酒ッ!!」」」


 目の前の猫耳達が、わちゃわちゃと俺に向かって拳を振り上げながら集まり、口々に叫びながらの酒寄越せコールへと繋げていく。あとシンパシーはエクスタシーじゃないから。



 だがしかし、機械は正直で真面目である。ガゴン、と何かが動き出す音が俺の背後から響き、静かだった機械がゆっくりと作動し始める。逆にあれだけ騒いでいたにゃんこ達が、静まり返り沈黙する。


 ゴンゴンゴンゴン、と一定のリズムで稼働し始めた機械に向かって、粛々と列を作って並び出すにゃんこ達。そう、機械は面談方式で配給するのだ。


 一番先頭になったのは、朝四時から並んでいた黒い毛並みの長老にゃんこ。やること無いから並ぶのも早いらしい。


 「うむ……イモショーチューでお願いしたいのぅ」


 その瞬間、機械の窪みからポコッと透明のボール状の物体が排出されて、長老にゃんこは会釈しながら恭しく受け取った。


 受け取った長老にゃんこがいそいそと持参した瓶に中身を移し換える姿を尻目に、並んだにゃんこ達が次々と好みの酒を注文しては受け取り、中身を持参した器へと移していく。但しビールだけは、別の場所に有る注ぎ口を経て無尽蔵に飲めるそうだ。ふーん、判っているじゃない。




 会場には様々な酒の肴や料理が並んでいるが、聞けばこの為だけに料理をする【記念日当番】が有るそうだ。ま、当番は注文が早く出来るらしいから成り手に困る事はないらしい。


 各々が好みの酒を手に持ちながら、会場の各所に散らばりスタンバイすると、タマが再び壇上(残念な事に俺の占有席が据えられているのだ)に挙がってマイクを手にし、声を張り上げた。


 「そっれじゃあ~、今日の【コーシューデンワの記念日】と【ご主人様への感謝】を祝してぇ……ッ!!」


 「「「「カンパァ~イッ」」」」


 ガチャン、とグラスやジョッキ、湯呑みに杯やコップが打ち鳴らされながら接触し、派手な音を奏でる。その音を境に一瞬で会場は強い酒精の香りに包まれながら、バッカスの宴と化していった。







 俺は、星に墜ちた人間である。


 酒の誘惑に勝てない生真面目でふしだらな猫耳達と、のんべんだらりと生きている。


 まだ、迎えに来る筈の軌道エレベーターは、来ない。全然来ないけれど、まぁ、気にしていない。



 「ご主人様!! さ、朝ですよ?」


 ミケが今朝も俺を起こしにやって来る。だが俺は衰弱死したくないので、出来るだけ素っ気ない対応をするのだ。


 因みに好む相手と性的関係を持つ事が必然か、と言われれば俺の答えは否、である。飼っているペットが好きだからといって、それを理由に性的関係を持つ訳じゃないだろう?



 ……ただ、我慢ばかりするのは、良くないのではないか、と最近思い始めている。


 そんな気分が伝播したのか、今朝のミケはやたらと俺にくっついてくる。むにゅむにゅと柔らかを押し付けて温もりを与えてくれるのだ。無碍に拒み続けるのも、却って気の毒だろう。




 ……酒と、猫耳と、俺の生活は、これからもまだまだ続くのだから。





一応、明記しておきますが……



九月十一日(掲載当日)は、今から百二十年前に新橋駅前に、我が国で初めての【公衆電話】が設置された日、だそうです。


間違っても【シンパシー】が【エクスタシー】になった記念日ではありません。

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[良い点]  ⊿ ⊿ ฅξ˚⊿˚)ξฅ にゃーにゃにゃーにゃー。 うむ、ナイス猫。  ⊿ ⊿ ฅξ˚⊿˚)ξฅ シンパシーのおかげで酒が飲めるにゃー
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