42話 トラウマ
なるほどね。
月山さんの推理は筋が通っているし、むしろ友達の為にココまで来た勇気と行動力を称えるべきだろう。
「正直に話してくれてありがとう。僕は全然怒ってないし、美羽ちゃんを心配してくれてありがとう」
「本当ですか?」
「うん、だから安心していいよ」
この言葉で大きく息を吐いてから、月山さんがペタンとその場で座り込む。
緊張の糸が切れて安心できたのだろう。
だけどこちらとしては、安心できない事情ができてしまった。
「それで月山さん、美羽ちゃんの体調が悪いって言ってたけど、学校での美羽ちゃんって、どんな感じなの?」
「ええっと、普段はいつも通り元気なんですけど、その、前触れもなく急に……」
「吐く時がある?」
「はい。それで皆からゲロ女って呼ばれてます」
美羽ちゃんの体調についてはこの目で確認済みで、ご両親から説明も受けている。だけどそんなことをクラスメイトは知る訳もなく、おいそれと話せる内容でもないから、クラスで美羽ちゃんが唐突にゲロを吐く変な女として認識されてしまうのはどうしようもない。
そして月山さんが胸の内を語り始める。
「私、イジメられてたんです。女子で一番背が高くて、男子よりも高いからデカ女って。だけど一年前に転校してきた美羽が友達になってくれて、イジメる男子を追っ払ってくれて、それからはとっても平和で、学校が楽しくなったんです」
その光景は容易に想像できた。
自分が小学生だった時にも周りで似たようなイジメがあったけど、今になって思い返してみると、本当に下らない諍いだ。
「進級してクラスが新しくなった時、また男子が私をからかってきましたけど、美羽と同じクラスになれて、去年と同じ様に追っ払ってくれる。そう安心していました。だけど美羽は男子と喧嘩中に吐いてしまって、その時に気付いたんです。
美羽は私のヒーローでも護衛でもない、大切な友達だって。
なのに美羽に頼りっぱなしだった自分が恥ずかしくなって、ずっと美羽に我慢させていたんじゃないかって、だから私……、私は……」
「うん、もういい。もういいから」
ベッド上から手を伸ばして、月山さんの体を強引に手繰り寄せて、ぐちゃぐちゃになってしまった顔を隠すようにしながら優しく抱きしめると、小さな嗚咽と共に、胸が熱くなっていく。
僕のせいだ。
あの事故で美羽ちゃんに怪我はなかったけど、大きな傷が残ってしまったのだ。
PTSD:心的外傷後ストレス障害
専門的なことは知らないが、要はトラウマだ。
人は死に直面すると、その体験が深々と心に刻まれてしまい、その反復で悪夢・錯覚・幻覚などに苛まれて、不安定になってしまう場合がある。
その解決方法はただ一つ。忘れることだ。
よく交通事故の記憶が無いって話があるけど、それは頭を打ったからではなく、人間としての本能がそうさせているらしい。辛い記憶をいつまでも鮮明に保持し続ければ、精神への負担がいつまでも続いてしまい、心が壊れてしまうからだ。
だから美羽ちゃんと事故以来の再開をした時に顔を覚えていなかったのも、人として正しい防衛反応らしい。
だけど美羽ちゃんはあの事故を、今もなお鮮明に思い出してしまうらしい。
だからこそクラス男子との喧嘩も今までなら平気だったが、感情を高ぶらせたせいで嘔吐してしまったそうだ。
そうして病院での診断結果がPTSD。
その時に僕と美羽ちゃんの接触は止めた方がいいと言われたそうだが、当然の判断だ。事故を思い出してしまう行為は控えるべきなのに、その事故のせいで大怪我・包帯グルグル状態な僕の姿を見れば、精神的ショックがどれ程になるか分かったものじゃない。
だけど美羽ちゃんは自分を助けてくれた人にお礼が言いたいと希望。最初はダメと伝えたが、会わせない理由がもう死んでしまったからでは? 美羽を庇ったせいで死んでしまい、それを大人達が隠そうとしていると誤解してしまい、そのせいで病状が悪化。
会わせるのは危険で、会わせないもの良くないという八方塞がりな状況に陥った時、小桜さんがお見舞いに来てくれたのである。
だからあのアンケート用紙も、僕がどんな人かを美羽ちゃんに伝える為に、なんとしてでも必要な情報だったので強引に入手。そうして小桜さんが美羽ちゃんに僕の話をして、美羽ちゃんが安心して、病状も安定していったそうだ。
あとは知っての通り小桜さんのお見舞い生活スタートで、美羽ちゃんがお見舞いに来るのはもっと後の予定だったらしいが、親の目を盗んでお見舞い乱入。駆け付けた両親が事情説明で今に至るのだけど、美羽ちゃんの学校事情までは知らなかったのだ。
そんな経緯を振り返ったあと、月山さんが僕の胸に顔を埋めたまま尋ねてくる。
「お兄さんは、美羽のこと知ってるんですか?」
「うん」
「じゃあ、私にも教えてくれませんか?」
37話の補足がこの話になります。




