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30話 罪悪感

「美夜ちゃんと何かあったの?」


 本日の勉強会が終了して小桜さんが帰った後、森谷さんに尋ねられる。


「ええっと、どうしてそう思ったんですか?」

「二人の空気がギクシャクで~、その原因が羽生くんのよそよそしい態度だったからかな~」


 この指摘に、観念しながら答える。


「小桜さん、気付いてましたかね?」

「そうね~、あれで気付かない女の子はいないと思うよ~」


 うぐっ、演技力が皆無な自分が憎らしい。

 原因は言うまでもなく保志先生がバラした小桜さんの過去で、どうするか考えた末に導きだした答えは今まで通り。何も触れないことにしたけど、結果はこの有様だ。


「羽生く~ん、今なら特別にお姉さんが悩みを聞いてあげるけど?」

「遠慮しておきます」

「そういう強がりは良くないよ~。どんな思春期ネタでもお姉さんが受け止めてあげるから、そんな意地は捨てちゃいなさ~い」


 笑顔で諭されたけど、それができれば苦労はない。

 だけど森谷さんの言う通り、このままギクシャクが続くのも避けたい。


「じゃあ相談じゃなくて、懺悔でもいいですか?」

「え? もしかして神様に謝らなきゃいけないような神聖なことしちゃったの?」

「一体何を想像したんですか! そうじゃなくて、無暗に人の過去を詮索するのは良くないなーって痛感しているだけです」


 この懺悔に森谷さんの笑顔が消え去ってから、本気トーンで尋ねてくる。


「美夜ちゃんから聞いたの?」

「いえ、小桜さんを知っている人と話をした時に。だから森谷さんに相談したいけど、たとえ相談でも人の過去を言いふらすのもどうかなって思ったりしています」


 森谷さんは信用できる人だ。

 だけど、だからといってなんでも話していい訳じゃない。


 それに相談でも小桜さんの過去を話せば“女の子の秘密をペラペラ喋る軽い男”になってしまい、自分自身が罪悪感でギクシャクが悪化してしまいそうなのだ。


 そしてこの葛藤に森谷さんは沈黙で回答。

 何一つ相談できていないけど、おおよその事情を把握してくれたらしい。

 だからこれで相談は打ち切りと思っていたら、森谷さんが微笑みながら尋ねてくる。


「羽生くんは無事に退院できたら、美夜ちゃんと一緒にお出かけしたいよね?」

「いきなりなんです?」

「まぁまぁ、ちょっと前までタピオカ流行ってたし、一緒に食べてみたいって思ったりしない?」

「そうですね、小桜さんがOKなら食べたいですね」


 唐突な質問に訳が分からないまま生返事で答えると、森谷さんが一息付いてから僕の肩をポンポンと優しく叩いてくる。


「羽生くんはデリケートだね~」

「そうですか?」

「そうだよ~。美夜ちゃんの何を聞いたかは分からないけど、人から聞いた話なら、きっとそれは核心じゃない、案外どうでもいい情報かもしれないし、2年もたてば解決してるはずだよ~」

「まぁ、確かにそうかしれませんけど」

「だから気にしすぎだよ。それとも羽生くんは美夜ちゃんのスリーサイズっていう女の子の最高機密を教えられて悶々としていたりするのかな?」

「ぶっ! なななっ、一体何を!?」

「うふふ、冗談よ~。慌て過ぎだよ羽生く~ん」


 いや、その最高機密は小桜さん本人から教えてもらいましたので。

 なんかもう今すぐにでも小桜さんに全部ゲロって土下座したい気分になってきちゃったよ。


「とにかく羽生くん、そんな悩みは忘れて、今はテスト勉強に集中しなさ~い。来週のテストで満点取って、美夜ちゃんの約束を叶えてあげないと~」

「いや、満点は無理ですけど……、そうですね。今はテスト勉強に集中します」


 そうだ、いくら考えても解けない問題はあるし、それで動けなくなったら本末転倒だ。小桜さんの過去や義妹については分からないけど、小桜さんが毎日お見舞いに来てくれて、親身になって勉強を教えてくれたのは揺るぎない事実だ。


 だから今はそんな過去よりも、今までの優しさに全力で応えよう。

 それをしないのが、きっと一番の後悔になるから。


「うん、いい顔になったね」

「森谷さんのおかげです。フワフワな相談だったのにありがとうございます」

「よしっ、じゃあお姉さんも、勉強の後押しをしないとね~」


 そう言ってからベッドのあちこちに置いてある僕の手に届く範囲の小説を次々に取り上げて、部屋の片隅に片付け始める。


「ちょっ、森谷さん何を?」

「試験前は子供からゲームを取り上げる。どこのご家庭でもやってることだよね?」

「確かにそうだけど、勉強合間のリラックスも必要だと思うのですが?」

「そうね~。でも私は美夜ちゃんに喜んでほしいから、ここは鬼になって羽生くんを応援してあげたいな~」

「うぐっ、……分かりました。分かりましたよ畜生め! ならもう不眠不休で勉強しようじゃないですか!」

「倒れたら点滴持ってくるから、心置きなく勉強に励みなさ~い」


 そうして手に届く範囲の物が全て勉強道具となり、勉強漬けの日々が始まったのである。

 ちゃんとした相談でも、他人の悩みを第三者に話すのは難しいですよね。

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