25話 水のいらないシャンプー
「羽生く~ん、お風呂の時間だよ~」
病院には入院患者用のお風呂があるけど僕はベッドから動けないので、お湯入り洗面器・蒸しタオル・スプレー缶を森谷さんから受け取ると、まずはスプレー缶を取って数回頭に吹きかけてからタオルで髪を拭いていると、小桜さんが不思議そうに僕を見ているのに気付く。
「小桜さんはドライシャンプー知りません? 女の子は結構使ってるって聞きましたけど」
ドライシャンプーとは文字通り、水の要らないシャンプーだ。
お風呂に入らなくても髪が洗える便利アイテムで、一般的なシャンプーはヌルヌルだけど、これはすぐに蒸発するアルコールっぽい成分なのでベタ付きが残らず、しかも髪を乾かす手間まで不要という優れものだ。
そうして小桜さんにシャンプーを渡してみると、スプレーを手に出してみたり、缶に記載された説明文を読み始めたりという興味津々な姿に、森谷さんが補足してくる。
「これのおがげで手間が減って、看護師はこのドライシャンプーに感謝してるのよ~。それに地震とかの避難現場でも重宝されてるからね~」
そんな豆知識を披露したあと、それとは別のスプレーを小桜さんに渡されてから付け足してくる。
「だから羽生くんはベッドから動けないけど清潔だから安心してね。でも、それでも臭いと思ったらこれでシュッシュしてね~」
「森谷さん、小桜さんにファ●リーズ渡さないで下さい。そんなんで害虫みたくシュッシュされたら僕泣きますよ? ……もしかして臭かったですか?」
おそるおそる小桜さんに尋ねてみると、全力で首を横に振って否定。
どうやら本当に臭くない様だけど、もう怪我から一ヵ月で、その間ずっと風呂にも入れていないのだ。
毎日蒸しタオルで念入りに拭いてはいるけど限界があるし、気分的にスッキリできないしで、モヤモヤが小さいながらも膨らみ続けているのだ。
「羽生くん、もしかして体がかゆかったりする? 不衛生はストレスになるから私が時間をかけて拭こうか? なんなら本物のシャンプー使うよ?」
「あ、いや大丈夫です。気にしないで下さい」
我慢はできるけど、小桜さんに臭いと思われるのは避けたい。
そんな口に出せない理由を噛みしめながら小桜さんを見ていたら、
「あ~、そっか~。じゃあ美夜ちゃんに拭いてもらう?」
「ぶっ!? いきなり何言ってるんですか?」
このセクハラナースめ。
大体この流れで「じゃあお願いします」って言える訳がない。
だけど蒸しタオルが小桜に渡されて、顔を赤らめながらも蒸しタオルを凝視し続けていて、そして意を決した様子になった所で、
「小桜さん、自分で拭くので席を外してくれませんか?」
断りづらい状況のお願いはセクハラ案件なので丁重にお断りすると、小桜さんがしょんぼりと頭を下げながら退室していき、森谷さんが深~い溜息を出してくる。
「これも青春ねぇ~」
「ほっこり顔で何言ってるんですか? あんたは弟の恋愛にちょっかい出してくる姉ですか? 僕と小桜さんの関係、説明してあげたでしょう?」
「聞いたよ~。だけど義理堅いって理由だけで毎日来てくれる女の子はいないよ~。それに嫌そうには見えなかったよ~?」
「ああ言えばこう言う」
大人は口が上手いから困る。
正論を言っても全然聞いてくれない。
「あ~でも美夜ちゃんに体を洗ってもらうのはいずれできるから、今はお姉さんにって魂胆かな?」
「違います。もう森谷さんも仕事に戻って下さい」
「ぶ~、羽生君の意気地なし~。じゃあ羽生君が体を拭いている間に、私は美夜ちゃんにオムツ交換のやり方を教えておきますかね~」
そんな酷い愚痴をこぼしながら森谷さんが出ていったので体を拭き始めるが、やっぱり思わずにはいられない。
あぁ、お風呂に入りたいなぁ。




