プロローグ
死ぬほど勉強して志望校に見事合格。
そして今日は待ちわびた高校の入学式なのに、どうして病院のベッドで寝ているのだろう。
いやいや待ってくれ。
自分に落ち度がないことを説明させてほしい。
受験から解放された春休み。別れる中学友達とも遊び尽くして、その日は朝からずーっとダラダラしていたら、暇なら買い物に行けと母に愚痴られ、渋々スーパーに行った帰りに、車にはね飛ばされてしまったのだ。
先に言っておくが、信号無視じゃない。
横断歩道の信号はしっかりと青色を示していたのに車がノーブレーキで突っ込んできた訳で、どないせいっちゅうねん。
因みにこういう場合、時の流れがスローモーションになるという逸話があるが、あれは本当だった。そしてあの研ぎ澄まされた感覚で即座にサイドステップを踏めば、車を回避できたと今でも思っている。
だけど、それはできなかった。
すぐ横に小さな女の子がいたからだ。
その子は信号待ちで偶然居合わせただけの存在で、瞬く間に迫ってきた巨大な鉄の塊と、それに全く気付かない少女が瞳に映った瞬間、思考を巡らせるよりも早くエコバックを投げ捨て、その子を庇ったのだ。
その結果が、全治3ヶ月以上の大怪我である。
少女を助けるべく駆け寄った途端、巨大な拳で体ごとぶん殴られたような衝撃に襲われ、それでも強引に抱きしめて、そのままフロント・ルーフ・リアガラスという順序で車の上をゴロゴロと回転してからボロ雑巾みたいにアスファルトに捨てられるという、アクション映画のスタントマンですら血反吐を吐きそうな芸当をやってのけたのだ。
それから抱きしめた少女が泣きだして、怪我がなさそうと分かってから、意識が途切れた。
後悔はなかった。
もし自分の安全を優先していたら、目の前の少女がはねられて、死んでいたかもしれない。そうなったら自分は“助けられた少女を見殺しにした”という、一生モノのトラウマを背負っていただろう。それがどれ程の重荷かは分からないし、分かりたくもない。
だから、これで良かったんだ。
そんな感じで事切れたけど、幸いにも僕は生き延びた。
意識を取り戻した時、そばにいた両親に「ごめん。買い物ミスった」とお道化たら頭をはたかれたけど、親不孝にならなくてなによりだ。
しかしながら怪我の具合は深刻で、激突した車が左足をへし折り、腰骨も損傷でベッドから動けず、医者から「オムツとおまる、どっちがいい?」という最悪な選択肢を迫られる不自由極まりない生活を強いられていると、見知らぬお見舞いが訪れたのだ。
今日入学するはずだった高校の制服を着た、1人の女の子が。
前作は全治1ヵ月ですが、今回は3ヵ月に変更で入院生活が長くなりました。