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目指せ!100点!!

作者: べんけい

     目指せ!100点!!


 健太は中学2年生でクラスの人気者。ルックスが良いから女子にも持てる。そんな彼も一学期が始まって間もない頃は大人しい生徒の一人だったが、柿原君という笑い上戸の友達が出来たのを切っ掛けに自分の面白い面が皆に伝わって行き、友達の輪が広がって行き、あれよあれよという間に彗星の如く現れたクラスナンバーワンの人気者に上り詰めてしまったのだ。で、石田さんという同級生の女子がいたのだが、彼女は女の子なのに肌が浅黒くて胸板が厚くて胴体がドラム缶の様と言いたくなる程の逞しさが有り、顔もぎょろっとした吊り目の所為で怖そうな印象が有る上に担任の高齢の佐野先生の事を「さのじい」と呼んでみたり、男女の見境無く弱い立場の生徒を馬鹿にしたりする性悪な生徒だったので健太も一学期が始まって間もない大人しい頃は、彼女を恐れていたし、実際、彼女に蔑んだ目で見られていたのだが、彼女は健太が人気者に伸し上がると掌を返した様に彼にフレンドリーになり、彼の事を、「可愛い!」だの「面白い!」だの「頭良い!」だのと盛んに褒めそやし煽てる様になった。


 而して健太の中学二年の春も光陰矢の如しであっという間に終わりを告げようとしていた或る日の昼休み、遂に臍を固めた石田さんは健太の席に寄って来て然も馴れ馴れしい態度で呼び掛けた。

「ねえ、川上君!」

「ああ、何だい?」

 さり気なく受け答えをする健太に石田さんはやっぱり他の子とは違うわと思いつつまずは彼を煽てて和まそうと話し出した。「こないだの数学のテスト、100点満点だったでしょ!凄いわねえ~」「いや、僕、90点!」「それで川上君ったら皆に自慢気に見せびらかしてたでしょ!おまけに皆にちやほやされちゃって、羨ましい限り!私も一度で良いからあんな良い思いをしてみたいわ!それにしてもあんなに難しい問題ばかりなのにあれを全部解いちゃうなんて信じられない!私からしたら神業としか思えないわ~」「もしもし、100点じゃないんだけど!」「だって、私ったらさあ、元々ハクション大魔王みたいに算数が大の苦手でごじゃるから正直に言っちゃうけど30点だったのよ」「もしかして赤点じゃないの?」「私って駄目ねえ~そこへ行くと川上君は確か~」「もしもし、聞いてるでしょ!」「昨日の体育の短距離走なんかでも一等賞だったでしょ。凄いわねえ~」「もしもし、二等賞なんだけど!」「ほんとに凄いの一言!実は私、『川上君、頑張って!』って、ずっと影ながら応援してたのよ!でも、私ってやっぱり駄目ねえ、どうしようもなく足が遅くって、あ~」「♪もしもし、かめさん!」「やだやだ、運動出来ないわ、勉強出来ないわ、おまけに女の子なのに裁縫も料理も下手で、序に言えば、絵も下手糞、あ~」「そんなに卑下しなくても・・・」「やだやだ、そこへ行くと川上君は凄いよねえ、いつかの絵のコンクールでも金賞取ったでしょ!すっごい!すっごい!」「あの、僕、銅賞、どうしよう・・・」「すっごい!すっごい!私、学級新聞見て知ったんだけど大したものねえ~」「どんな目してんだよ!」「だって百点、一等賞、おまけに金賞でしょ!」「だから煽てる為に鯖読むなって!」「すっごい!すっごい!何しろ感心しちゃう!すっごい!すっごい!」「だからそんなに煽ててんでもええっつうに!」「すっごい!すっごい!あっ、そうそう、絵と言えばさあ、さっき、菊江君にガンダムの絵、描いてあげてたでしょ!」

 健太は、やっと聞く耳を持ったかと思い、機転を利かしてこう言った。

「えっ、君、僕がガンダム描くとこ、僕の背後霊になって覗いてたのかい?」

「アハハ!何、言ってんの!直ぐ冗談で返すんだから!おもしろーい!あったま良いー!アハハ!あのね、実は私、遠目に見てたんだけど、菊江君に絵を見せて貰ったから知ったの。」

「ああ、そうだったのか。」

「うん、それでね、菊江君、とっても喜んでたわよ。」

「ああ、そりゃあ良かった。」

「うん、それでさあ、菊江君と感心して見てたんだけどさあ、やっぱり川上君って絵が上手なのねえ。だって陰影を交えて立体的に描いてあるしディテールまで巧みに描いてあるから、私、すごーい!って何度も唸っちゃった。」

「へへへ、そうだろう。中々正鵠を指しているねえ。何しろ僕の描く絵は常に技巧を凝らしていて枯淡な趣が有る上に精緻にして気韻生動たるものが有るからなあ。」と健太が大言を吐いて大いに自画自賛して殊更に胸を張って、「アハハハ!」と派手に笑って見せると石田さんは意味が分からず、「かたんな趣?せいしにしてけいんせいごう?はあ~、成程ねえ~、それだけ上手って事ね。」と言い間違えて感心し、健太が猶も笑っていると、「私も絵が好きだから川上君みたいに絵を上手に描けたら良いのになあ~」と健太を羨望の眼差しで見つめ出した。それから彼女は或る目的を果たそうと健太が得意になって、「僕の絵、そんなに羨ましがられる程、上手いか?」と聞けば、「当たり前よ!川上君が描いたんだもん!」と煽て、健太が頭を掻きながら、「へへへ!」と照れ出せば、透かさず、「何、インド人みたいな顔して照れてるの。可愛んだから。」と更に煽て、健太が猶も照れ笑いしながら、「インド人って何だよ?第一、インド人は僕みたいに色白じゃないだろう。」と言えば、ここぞとばかり、「インド人って顔が整ってるからそう言ったの。」と尤もらしい説明を付け、健太がまあ、そうだろうと自惚れて頭をより強く掻きながら独り悦に入れば、それを潮に、「あっ、そうだ。」と言いしな手を打って、「ねえねえ、私にも絵を描いて欲しいんだけどさあ、私、ひよこちゃん、大好きだから、ひよこの絵、描いてくれない?」と突飛な注文をする。と同時に健太は照れ笑いを止め、「何、ひよこの絵?」と聞き返す。

「そう、ひよこの絵。私、描くもん持って来たのよ。これに描いてね。」

 言いながら表紙に国語と書かれた使い古しのノートを健太に渡す。

 健太はノートを手にしながら、「いいのか、勉強用のノートに落書きして?」

 石田さんはうふふと含み笑いをして、「落書って川上君、ちゃんと描くとこあんのよ。ノートの前見返しに描いて欲しいの。」

 健太は表紙を捲ってみて、「こんな所に描かせてどうするんだよ。」

「どうするって」と石田さんは言うと亦、うふふと含み笑いをして、「見て楽しむの。」

 健太は首を竦めて赤面する石田さんに曰くありげなものを感じつつノートを机に置いて、「見て楽しむって、いつ楽しむんだよ。」

「いつ楽しむって」と石田さんは言うと亦、うふふと含み笑いをして、「だから授業中に・・・」

「授業中?石田!学校に何しに来てるの?」

「だって、授業に飽きちゃうんだもん。だから時たま見て楽しむの。」

「石田って、だから頭悪いんだな。」

「煩いわね!ほっといてよ!」と石田さんは怒った後、「あっ、しまった、怒っちゃった。」と言うや、ぺろっと舌を出す。

 健太は一笑してから訳知り顔で、「本性を現したな・・・」

「もう!川上君!意地悪ばかり言ってないで、お願いだから早く描いてよ!」

「ああ、そうだった。」と健太は答え、机に向かうと筆箱から鉛筆を取ってノートの前見返しに米粒大のひよこの絵を描き出す。

「あー!駄目よ。そんな小っちゃく描いたら・・・ほんとに意地悪なんだから・・・紙一面に描いてよ!」

「ああ、悪かった。」と健太は答え、今度はにやにやしながら前見返し一面にうんこの絵を描き出す。

 まさかの展開に石田さんは最初、何、描いてんだろう?と見入っていたが、うんこだ!と分かるや、例の吊り上がったぎょろ目を更に吊り上げ、「ちょっと何、描いてんのよ!川上君!ふざけないで!」と叫ぶが早いか、健太の左三角筋を平手で強か撲った。

「いってえ!」

 健太はそう叫ぶなり石田さんの腕力の衝撃で左肩から上体が崩れ、机上に突っ伏しそうになり、その拍子に鉛筆を持っていた右手で机上の右隅に置いてあった筆箱を突き落としてしまった。

「あー!大変!大変!」と石田さんは殊更に驚き騒いで見せて慌ててしゃがみ込み、床に落花狼藉した鉛筆やマジックペンや物差しや消しゴムを筆箱に戻し、蓋が開いた儘、筆箱を持って立ち上がると、うんこを書かれた手前、余り悪怯れた様子もなく筆箱を机上に無造作に置き、体裁を整えてから言った。「ごめんなさいね、鉛筆の芯が何本か折れちゃった。」

「ああ、そんなのは構わないよ。鉛筆削りで削れば良いだけの事だから。」と健太がうんこを書いた手前、右手で左三角筋を押さえ痛がりながらも許す事にすると、「まあ!」と石田さんは感嘆の声を上げ、両手を胸の前で組んで、「川上君、何も咎めないの!」と言って殊更に感心したポーズを取って見せ、健太が猶も右手で左三角筋を押さえ痛がりながらも、「ああ、高が鉛筆の一本や二本。」と言うと、今度は組んだ両手を胸の前で左右に振りながら、「まあ!流石、川上君!心が広いわ!」と尾鰭を付けて更に感心して見せ、健太が右手で左三角筋を摩りながら、「へへへ、何かにつけて煽てて好い気分にさせてくれるんだねえ。でもさあ、肩が痛くてしょうがないんだよなあ。」と言うと、今度は組んだ両手を口の前に持って行き、拝む様なポーズを取って、「あー!ごめんなさい!」と謝り、「私、つい怒っちゃって力が入っちゃったの。」と言い訳して両手を左右にすっと下ろし、腰をさっと折って健太の顔に浅黒い顔を急接近させ、「そんなに痛かった?」

 可愛子ちゃんであれば、自分でも顔を近づけて行き、あわよくば其の儘、唇を合わせてみたい所であるが、健太は石田さんに対し同極同士で反発する磁石の様に首を後ろにさっと反り返らせ、相変わらず右手で左三角筋を摩りながら、「そ、そりゃあ、痛かったよ。僕さあ、あんまり痛かったんで一瞬、脱臼したかと思ったよ!」と言うと、石田さんも健太に対し同極同士で反発する磁石の様に前にのめっていた上体を後ろに大きく反り返らせ、体全体を海老ぞりにして時代劇に出て来る万夫不当の荒武者みたいに、「アッハッハッハ!」と豪放磊落に大笑いした後、ぎょろ目で健太を見つめながら、「またあ・・・川上君ったら・・・大袈裟なんだから・・・」とぽつりぽつりと呟く。

「いや、大袈裟なもんか!掛け値なしに石田だってゴリライモみたいにほんとにほんとにすんげーすんげー怪力してんだなあって思ったよ!」

「もう、川上君ったら・・・心にもない事を・・・意地悪ばっかり・・・連発しちゃって・・・」と石田さんが更にぎょろ目で健太を見つめながら、ぽつりぽつりと呟くと健太はぎょろ目に威圧されながら右手を左三角筋から放して顔の前で左右に振りながら、「いやいやいや」と否定した後、右手を人差し指だけ伸ばして握って顔の前で前後に小刻みに振りながら、「これはね、石田、意地悪で言ってるんじゃないし、心にもないも何も本心から言ってるんだよ。」と偽らざる心情を吐露してから右手を左手と同様に膝に付いて、「大体さあ、石田ってさあ、男みたいに気性が荒い所があるしさあ、序に言えば、色は黒いわ、腕は太いわ、おまけに眉毛も太いときたもんだ!さてさて果たして君は一体全体、ほんとに女なんでしょうか?それとも実は男なんでしょうか?ねえ、どっち?」とつい悪乗りして決定的な意地悪を言った。

 果せる哉、石田さんは我慢ならなくなって、ぎょろ目でぎょろりと健太を睨んで、「何よ!酷いじゃないの!そんな嫌味な事を冗談めかして其処まで意地悪になって言わなくたって良いじゃないの!」と一息に叫ぶと、その勢いに乗ってさっきにも増して健太の左三角筋を平手で強か撲った。

「どえりゃーいてゃあがやー!」

 健太はこてこての名古屋弁で叫ぶなり今度は上体が起きた状態だったので上体が右側に大きく崩れて椅子からずり落ちそうになるも、反応良く左手を机上に突いて危うく踏み止まった。

 石田さんは、少々やり過ぎたと思い、暴力沙汰を煙に巻こうと彼女なりに可愛く装って、「あー!私ったら、亦、つい怒っちゃって!」と濁声で言い、更に似合わないのに可愛子ぶって、「ごめんちゃーい、そんなに痛かった?」と妙な言い回しで謝る。

 健太は左三角筋を右手で押さえながら、「痛かった?どころの騒ぎじゃないよ。体が第一宇宙速度で吹っ飛んで行ってスペースデブリを横目にしながら地球を一周して、ここへ帰って来たって気分だよ!」

 全然懲りない健太に石田さんはぎょろ目を剥いて、「私がどれだけ力が有るって言いたいのよ!全く何処まで意地悪言えば気が済むのよ!」と亦も、怒ってしまったが、今度は暴力沙汰には至らず、直ぐに気を取り直して、「でも、よく考えたら、ちょっと癪に障るけど表現がとっても、おもしろーい!アハハハ!」と笑い、「川上君、サイコー!」と煽て、「でもね、川上君、好い加減ふざけてないで、もう、そろそろ真面目になって、ひよこちゃんの絵を描いてくれない。」とねだる。

「ああ、そうだった。ひよこちゃんの絵を描くんだったな。」と健太は答え、机に向かい、消しゴムで前見返し一面に描いたうんこを消し、鉛筆を取って、やっと石田さんの注文通り前見返し一面にひよこの絵を描き出すと、「うわあ!」「いいそれ!」「かわいー!」「おもしろーい!」「うまーい!」「ちょーかわいー!」等と石田さんが歓声を上げ、嬉々として喜ぶので、すっかり調子づいて、「♪たまごから生まれたひよこちゃんじゃ、ひっひ、ひーよこちゃんじゃ、ひよこじゃ、ひーひー!」と漫才コンビ「てんやわんや」のギャグを捩って唄いながら描き上げ、「できたー!」と戯けた調子で石田さんにノートを差し出す。

 石田さんは笑いながら受け取ると、「うわあ!すごーい!うまーい!かわいー!これ、お宝にしよー!ありがとう!川上君!」と言ってノートを抱き締め大喜びする。そして俄かに神妙になり、「ところで、川上君。」と言うや、逞しい体を恥ずかしそうにくねくねさせ出し、「あのー、私、実は、そのー」と言って更に恥ずかしそうにくねくねさせたかと思ったら、ぴたっと止めて、「川上君の事が前々から好きだったの。付き合って貰えますか?」と思いの丈を一気に吐き出し告白して来た。

 健太は石田さんが自分に対し圭角が取れてからは其の器量に然程、嫌なものは認めていなかったものの、「えー、んー、ああ、そうか、まあ、急に言われてもなあ・・・よく考えてみないとなあ・・・」と言葉を濁らせた上、傷つけずに断る巧い手はないかと思案した結果、石田さんのハクション大魔王発言を思い出してこう言った。

「あっ、そうだ、今度の数学のテストさあ、僕も100点目指すから君も100点目指せよ!それで君がもし100点取ったら付き合ってやってもいいぜ!」

 これは自分にとって無理難題に等しいことだったので石田さんは事実上の謝絶の言葉と受け止め、只々がっくりと項垂れた。


 けれども彼女は決して諦めなかった。時間が経てば経つほど悔しくなって諦めきれなくなって健太と付き合う夢を捨てるなぞ、とても出来なくなった。だから彼女はハクション大魔王のように数字を見るだけでも蕁麻疹が出る体質を変える事から取り組み、やがて克服すると期末テストに向けて数学の猛勉強を始めた。それと共に健太に気に入られようと柔道部から茶道部に転部してダイエットを始め、色白になる事を目指した。つまり彼女は自分のことを怪力だの気性が荒いだの腕が太いだの色が黒いだのと言った健太の悪評に自分がほっそりとした色白のかよわい淑やかな女性になれば、健太の気が変わるに違いないと考えた訳だ。健太が眉毛が太いとも言っていたので定期的に眉毛をカットして細くする手入れも怠らなかった。


 いざとなると女の執念というのは物凄いもので暇さえあれば数学で100点取った自分を妄想する上に毎夜のように数学で100点取った自分の夢を見る事からも分かる通り石田さんの健太を自分のものにしようとする一念は気骨稜々たるもので日々孜々として並大抵でない努力を積み重ね、それも理に適ったものだったので日に日に数学が上達し、性格も穏やかになり体も細くなり色も白くなって行った。


 而して長足の進歩を遂げ、2ヶ月余りが過ぎ、遂に期末テストの日がやって来た。テスト用紙を前にした石田さんの顔は、頬がこけ、色白になり、体も華奢と言っても過言ではない程、細くなり、全くの別人になっていた。

 彼女は数学を集中的に勉強していたので他の科目は今までより出来なかったが、数学はもう完璧と言って良い程、出来た。だから数学のテストの時の彼女は生気がみなぎり、意気揚々としていて傍から見て、とても魅力的に輝いていた。殊に鉛筆を持つ繊手の動きは可憐でさえあった。


 だが、数日後、期末テストの数学の結果を見て彼女は愕然とした。絶対、間違いはないと確信していたのに92点だったのだ。けれども彼女は休憩時間になるとテスト用紙を持って敢然と席を立ち、健太の席へと向かった。

 彼女は告白したあの日から今日まで悔しさをバネに見返してやろうと頑張ってきた間、敢えて健太と喋ろうとしなかったし、健太も常に気合が入っているようなその鋭い目が怖くて彼女に話し掛けられなかったので二人の交流は完全に途絶えていたのだが、この日の為の成果を誇示しようと立ち上がったのである。

「あの、私・・・」

 彼女はいざ健太の席の前に来ると硬直して顔が強張り、あの濁声が嘘のようなか細い声を詰まらせた。

 そこで健太は待ってましたとばかりに呟いた。

「良いんだ、見せなくても・・・」

「えっ?」

「僕はそれが何点だろうがもう良いんだ。」

「い、いいって、どういうこと?」

「僕、実は、もう前から石田が好きになったんだ。」

「えっ!」

「だから良いのさ。」と健太は言うと石田さんの方へ手を差出した。「ちょっと見せて。」

 彼女は感激のあまり震える手で恥じらいつつ健太にテスト用紙を渡した。

「凄いじゃない、92点なんて、僕なんか88点だぜ。石田の勝ちだよ!」

「えっ、ええ・・・」

 石田さんは喜ぶべき信じられない状況にどう喜びを表現していいか戸惑っている。

「石田って死に物狂いで努力したんだろ!」

「えっ、ええ・・・」

 石田さんはまだ戸惑っている。

「分かってたよ、あんな苦手だった数学の授業で積極的に手を挙げて、ずばずば答えてたもんな。それに君・・・」と健太も感激のあまり言葉に詰まって石田さんをまじまじと見ながら目が潤んで来て、「とっても細くなって、とっても綺麗になって、その努力も思うと、僕は・・・」と言ってまたも言葉に詰まったかと思うと、「石田は実質100点を取ったんだよ!」と叫ぶや大粒の涙をぽたぽたとテスト用紙に落とし出し、石田さんのテスト用紙を見る見るうちにべたべたに濡らして行った。

 石田さんも健太にテスト用紙を渡してから既に目が潤んでいたが、内面まで良くなって女性らしくセンシティブになっていた彼女は、今までの努力が実って大願成就した喜びも相俟って顔を両手で覆って激しく咽びながら空知らぬ雨を滂沱として流し出した。

 その様子を見ていた周囲の生徒たちは、どんな理由で泣いているのかは分からなかったが、にも拘らず感動せずにはいられなかったし、二人を応援したい気持ちで一杯になったから不思議の感に打たれるのだった。

 


 

 


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