告知用オマケ
人は簡単に死ぬが、しかし意外にしぶとい生き物だ。
それは全く相反するような、矛盾するような事ではあるのだが、そうとしか言いようがない。
「オオオオオッ!」
上背のある巨漢が雄叫びと共に、上段から振り被った片手斧を振り下ろす。
勢いと鋭さを兼ね備えた攻撃だ。
頭部に受ければもちろんの事、仮に頭への直撃を避けたとしても、肩口から胸の半ばにまで刃が達して、私の命を奪うだろう。
尤もそれは、私が素直にその斧の刃を身に受ければの話である。
私だって当然ながら死にたくはないから、そんな事をする筈はない。
防ぐ手段は、幾つかあった。
例えば相手の振り下ろしに合わせるように手にした木剣を振るい、斧を握る手首を強く叩いたり、指を折ったりすれば、攻撃を防げた上に手傷を負わせられて一石二鳥だ。
決して簡単な芸当ではないけれど、彼我の実力に隔たりがあったなら、そうした真似もできる。
だが今回は、そうした私だけにしか……、とまでは言わずとも、一部の実力者にしかできない防ぎ方をしたところで意味は薄い。
何故なら、目の前の巨漢や、周囲で見守る戦士らが、大した学びを得られないからだ。
人が物事を学ぶには、やはり順序という物がある。
故に私がした選択は、手にした盾を翳す事。
あの勢いと鋭さなら、この盾は割られるだろう。
しかし盾の中には、割られる事で仕事を果たす類の盾もある。
それがこの、木製の円形盾だった。
尤も木製の盾と言っても、中央部、持ち手がある辺りは、しっかりと金属が張られているけれども。
バリバリと、密度の高い木を切り裂いて、斧は盾を割りながら進む。
けれども木を割る事に力を使い、勢いと鋭さを失った刃は、張られた金属に阻まれる。
すると残るは、盾に食い込み、抜く事も出来なくなった、動きの止まった斧だった。
そしてこの状態で私が盾を持つ手をグイと捻れば、その動きは大きく増幅されて、巨漢の手から斧をもぎ取る。
これで相手は武器を失う。
まだもう片方の手には、私と同じような盾を持ってはいるけれど、そこはもう些事だ。
私は盾に武器を喰い込ませるような真似はしないし、そもそも木剣じゃ盾は割れない。
いや、私なら割れなくもないが、今の状況でそれをする意味はないから。
そこから数度、木剣を振るえば、体勢を崩した巨漢の頬に、振るった木剣が吸い込まれた。
べちんと、中々に良い音が辺りに響く。
歯が折れるような事はない。
木剣の振り方に工夫をしたから、音は派手だが、後に引くようなダメージはあまりないだろう。
まぁ、ビンタのようなものだ。
あまりに綺麗に木剣が頬に入ったから、周囲の戦士達からは思わずといった感じの笑いが漏れる。
笑い者にされた巨漢は顔を真っ赤にしてるが、自分の未熟さが招いた結果であるが故に、見苦しく騒ぎ立てるような真似はしない。
正直、そこで堪えられる辺り、巨漢は十分に立派だった。
周囲の戦士達にも、これから同じように私と打ち合って貰う訳だが、彼らは同じ目に合って、どんな態度を取るだろうか。
「勢いで行う攻撃は戦いに慣れない弱兵には効果的だが、少しばかり戦い慣れた相手には、こうして武器を奪われる可能性がある」
だから私は、記憶を浚って目の前の巨漢の名前を思い出す。
彼にはそれだけの価値があると感じたからだ。
確か、そう、ラーグという名で、帝国西方領の出身だった。
何でも酒場の喧嘩で人を殴り殺してしまい、その罪で奴隷剣闘士になったとか。
恵まれた体格で中級にまで上がったが、そこから先は伸び悩んでいたところを、私の軍団、剣闘軍が引き取ったのだ。
ラーグの拳は、その巨体に見合って大きい。
そりゃあ、あんな拳で殴れば、並の人間はひとたまりもないだろう。
鍛えがいはありそうだ。
「ラーグ、貴様は武器なしでも、まぁまぁ戦えそうだが、それでも不利にはなる。戦場で生き残りたいなら、気を付けた方が良い。折角強く生まれたのに、簡単に死ぬとつまらないぞ」
名前を呼ばれた事に驚き、目をぱちくりさせるラーグ。
私が名前を憶えていたのが、余程に意外だったらしい。
……多分、名前を間違ったりはしていない筈。
ラーグのような巨漢は、筋肉も脂肪も分厚いから、多少切られて血を撒き散らしても、中々どうして死にはしない。
しかし自分の肉体に自信を持ち、血を流す事に慣れてしまうと、ある日あっさりと死に至る。
闘技場で、切ったり切られたり、派手な戦いを繰り広げて人気を集めていた剣闘士が、新人の刃で急所を貫かれて死んだなんて話は、私は飽きる程に耳にしてきた。
それはきっと、戦場でも変わらないだろう。
だが私は、ラーグをそんな風に死なせるのは些か惜しいと思うから、普段よりも一言程多く、言葉を掛ける。
「けれどもさ、軍団長。俺達に出番なんてあるんですかい? この帝国に挑もうなんて国、ありゃあしないと思いますぜ」
すると周囲で見守っていた戦士の一人、赤い髭の男が、混ぜっ返すかのようにそう言った。
彼は……、うん、まだ名前を思い出さずともいい、一人の戦士だ。
さて、それはどうだろうか。
私が剣闘軍を与えられた御前試合では、ウェーラー王国が裏で暗躍をしていた。
あの時、その企みを防げなければ、大きな戦が起きていたかもしれない。
同じような企みがまたなされないとは、決して言い切れないだろう。
いや、場合によっては、自国が有利なタイミングを見計らって、トーラス帝国側から戦を起こす可能性だって十分にある。
私は……、というか剣闘軍の副軍団長であり、友人でもあり、義弟でもあるマローク・ヴィスタが、数年以内に戦争が起きるだろうと予想していた。
西で大きな戦が起きれば、今は帝国内の治安維持を主な任務として動く剣闘軍も、戦場に駆り出される事になるだろう。
まぁ、そんな事を、軽々しく軍団の戦士達に言ったりはできないのだが。
「出番がなければ生きながらえて給金が貰える。文句はないだろう。それとも治安の維持ではもの足らず、戦場で手柄を挙げての立身出世が望みか? ではそこの赤髭、次の訓練はお前にしよう」
私が木剣を突き付けて指名すれば、赤髭の男は驚いた顔で身体をびくりと震わせる。
訓練中に声を掛けて来たら、そりゃあ指名するに決まってるだろうに。
左手を掲げれば、ラーグに割られた盾の代わりに、新たな円形盾が投げ寄こされる。
それを見て覚悟を決めたのか、赤髭の男は両手持ちの槍を構えた。
槍か。
少しばかり厄介な武器だ。
突き出せば刺さり、振るえば切れて、或いは柄での叩きつけも行える。
何より並の武器よりリーチが長い。
優れた使い手が持てば、絶大な威力を発揮する武器だった。
赤髭の男の腕は、構えから察する限り、悪くない。
手柄を挙げての立身出世を望むだけの事はある。
「正面から、一対一の戦いで私の首を取れば、次の軍団長は貴様だぞ。貴様だけじゃない。全員だ。誰にも等しくチャンスはある。但し、このルッケル・ファウターシュの首は安くない。挑むなら心して、全力で来い」
但し私は、そうして立身出世を望んだ戦士を、これまで全て退けてきた。
私は、マロークのように万能ではない。
剣以外は使えないし、指揮も然程に上手くはない。
馬に乗れない訳じゃないが、馬に乗ると剣が上手く振れないから、実はそれもあまり好みじゃなかった。
いや、人並みには乗れるのだが、何でもできるマロークに比べると見劣りはする。
しかしそれでも、この剣闘軍は私の軍団で、私が統率しなければならない。
そして私にできる統率の仕方は、チャンスを与え、その上で自分の力を見せ付ける事のみ。
私は剣で全てを得て来たから、軍団の統率も剣で行う。
昔に比べると身分も上がり、公的な場では閣下なんて風に呼ばれる場面も少なくない。
だがそれでも、やってる事は円形の闘技場に立ってたあの頃と、ちっとも変っちゃいなかった。
きっとそれが私、ルッケル・ファウターシュらしいのだろう。
本日から、帝国貴族の剣闘士生活のコミカライズが連載始まります
ヤングアニマルWEBと、白泉社公式アプリ「マンガPark」で木曜日に更新予定だそうなので
是非ともよろしくお願いします