俺、ろちゃと旅に出る。
俺の名前は篠崎浩哉。
訳あって異世界に飛ばされちまった、今をときめく22歳。
昨日、ろちゃと名づけた黄色いスライムを仲間にした俺は、岩山と湖しかないこの場所で、早速頭を抱えていた。
何故かって?
「腹減った……。それに、喉も渇いた。あと寒い!」
そう、腹は減ったし喉も渇いたし、昨日おこした火は消えちまってるからだ。
「先に火おこしするか」
昨夜ふたつ出ていた月は、やはりひとつに重なると太陽に変わったようだ。
今ではふたつに分かれた太陽が、ほんの少しだけ暖かさを感じさせてくれている。
だが、寒いもんは寒い!
それに、火がなけりゃ水を沸かせないし、食糧を調達出来ても焼くことが出来なければ、生で食うのは怖いしな。
「ぴぃ?」
昨日使った道具で火おこしを始める俺に対して、肩に乗っていたろちゃが不思議そうな声を出し始める。
「ああ、火をおこすんだよ。寒いし、そこの湖で魚が獲れるかは分かんねぇけど、魚が獲れたら焼かなきゃだしな」
「ぴっ! ぷぅーっ!」
「え……、ええーっ!?」
ろちゃに説明してると、突如火を吐いたらしいろちゃによって、炭にパチパチと燃え始める。
「すげー……」
暫く感心していた俺は、火の勢いが弱まり始める様子に慌てて乾いた枝を上から乗せ、息を吹きかけて空気を送った。
「ぴぴ! ぴっ!」
火が燃える様子を見届けたらしいろちゃは、俺の肩から飛び降りて湖に向かってぴこぴこと跳ねていく。
「おーい。ろちゃー! どうしたんだよ」
最後に大きく跳ねたろちゃが湖に入ると、そのまま湖の中へと消えてしまった。
俺はどうすることも出来ずに湖の傍で立ち尽くしていたが、五分と立たずに戻って来たろちゃに、ホッと安堵の息を吐いたのだった。
「いきなり居なくなったらビックリするだろ。どうしたんだ? 水浴びでもしたかったのか?」
「ぴぴ! ぴぴう~!」
この寒いのに――
そう続けるはずだった俺の言葉は、ろちゃが吐きだした数匹の大きな魚を見て止まった。
「え、魚……。もしかして、獲ってきてくれたのか?」
「ぴっ! ぴぴ、ぴぴう~!」
「おおーっ! ありがとうな、ろちゃ~!」
了承の言葉に続いて何かを言ってくれたろちゃだが、残念ながらおれにはその言葉が解らない。
これから先、いつかきっと、ろちゃの伝えたい言葉も理解出来るようになるのだろう。
焼けた魚を分け合って食べた俺は、ありがとうと宜しくの意味も兼ねて、ろちゃの頭を撫でたのだった。
「えー……。ろちゃ、お前、水も出せんのかよ。凄いな」
木の皮で器を作った俺は、喉の渇きを癒す為に湖の水を汲んで沸かそうとしていたんだが、そのことをまた不思議そうに鳴いたろちゃに伝えると、ろちゃは了解と言うように〝ぴっ〟と鳴いて器に水を入れてくれた。
湖の水か、ろちゃの出した水か。
二択を迫られた俺だが、どんな細菌がいるか分からない湖の水よりも、ろちゃが出した水を選ぶ。
多分、ろちゃは魔法で水を出したのだと、そう思う。
火の魔法に水の魔法。
火も水もこれからろちゃに頼めるのであれば、俺の旅はかなり楽な旅になるだろう。
「ぴっきゅ、ぴっきゅ、ぴっぴきゅぴ~」
上機嫌に鳴くろちゃを左肩に乗せた俺は、火の始末をして岩山を抜けることにした。
とにかく今は他の人間に会いたい。
岩山を上って高い場所に着いた俺は、湖の反対側に川が流れているのを発見する。
川の下流には、きっと人が住んでいる村や集落があるはずだ。
川沿いを歩けば、いつか人に出会うことも出来るだろう。
そう考えた俺は岩山を下り、川沿いに沿って下流を目指す。
川沿いには果物の実る木がいくつも生えていて、甘酸っぱい果実は疲労回復と水分補給にもってこいだった。
「そうだ、ろちゃ。お前、他にも魔法が使えるのか?」
肩に乗るろちゃにそう問いかければ、背中(?)に羽を生やしたろちゃが俺の肩からふよふよと飛んで、次に口から稲妻を迸らせて目の前にあった岩を砕いた。
「……すげー……」
俺はもう〝すげー〟としか言えない語彙力のなさで、かまいたちを起こして木を切ったりするろちゃを、大口を開けてぽかーんと見ることしか出来なかった。
一通り魔法を見せてくれたろちゃは、飛ぶことを止めて再び俺の肩に戻ってくる。
「すげーな、ろちゃ」
俺は相変わらずすげー、すげーと言ってろちゃの頭を撫でて歩いていたが、目の前に燃えるような赤い毛並みをした大きな猪が、行く手を阻むようにこちらを見て、鼻息を荒くしている様子に思わず足を止めた。
「やべぇな、今にも襲いかかってきそうだ」
ふごーふごーと鼻息の荒い大猪は、俺が退治しようとしていた猪よりもデカい。
「猟銃さえあれば……」
眉間に一発キメてやるのに――
ろちゃの魔法に頼ることも忘れた俺は、そう言うと同時に肩から飛び降りてナイフを持っていた俺の手に乗る。
「ぴっ!」
「え……、ええー……っ?」
次にろちゃが鳴いて俺の手の中で猟銃に変わるもんだから、俺は慌てて猟銃を構えて突進してきた大猪の眉間に銃弾をぶっ放した。
勢いの付いた大猪は、俺の目の前で倒れて止まる。
「えーっと、ろちゃ?」
「ぴっ」
猟銃がろちゃの声で鳴くと、ぽよんとした元のスライムに戻る。
「変身も出来るとか、凄すぎだろ」
今日一日で、何度凄いと言ったのか分からない。
俺に撫でられて嬉しそうに鳴くろちゃが、旅の仲間で本当に良かった。
と思う反面、今後出会うかもしれないスライムが、ろちゃみたいな魔法をバンバン使ってきたら怖いと正直に思う。
「それにしても、俺の居た世界では見ない真っ赤な毛だな」
多分、異世界で言うところのレッドボアとか、何とかボアってやつなのだろう。
だとすれば――
「肉が食えるっ!」
コイツは貴重なタンパク源だ。
先に進むのを中断した俺は、持っていたナイフでサクサクと大猪の毛皮を剥ぎ、血抜きをして内臓を取りだす。
「ろちゃ、火おこし頼めるか?」
「ぴっ!」
肩から降りて薪を集め、火を起こしてくれたろちゃにありがとうと言い、栄養価の高い肝臓を先に焼きはじめた。
焼いている間にも他の部位を切り分け、美味そうな部分を焼いていく。
「全部持っていけたらいいんだけどな」
流石に数百キロもある大猪の肉を全て持っていくなど、どう考えても不可能だ。
「ぴぃ?」
ぽつりと呟いた俺の言葉に、もしゃもしゃと肉を食っていたろちゃが反応する。
「まさか……」
解体の終えた大猪の前にろちゃが跳ねていく様子を見ていた俺は、一瞬で肉を飲み込んでしまったろちゃを見て、何でもありの世界だとつくづく思い知ったのだった。
「えっと、アイテムボックス? ろちゃはアイテムボックスのスキルもあるのか」
「ぴっ!」
食後、焚き火を前にして毛皮を羽織った俺は、太陽が重なったことにより月に代わった空を見て、今日はここで野宿をすることに決めた。
明日辺りは満月なのだろう。
ふたつに分かれ始めた月は、まん丸に近い。
「他にはどんなことが出来るんだ?」
倒木を繰り抜いて作った器に水を入れて貰った俺は、喉を潤しながらろちゃに問う。
「そうね、大抵のことは出来るわよ」
返ったきた言葉と同時に、膝に感じる重み。
視界をナニかに覆われたと思ったら、次の瞬間には頭上に光が輝いた。
「ナ、ナニゴトデスカ……」
俺の前、というか、俺の膝の上には、黄色いコートを羽織った女の子が一人。
黒いシャツにジーンズの短パン、黒い編み上げブーツ。
ショートボブの黒髪の女の子は、俺の膝に座りながら金色の目を細めてクスクスと笑っていた。
「やっとちゃんと話すことが出来るわ。ろちゃよ、ろちゃ」
「ええー……」
ろちゃと言う女の子は、間違いなくあのスライムのろちゃなのだろう。
何故なら、スライムだったろちゃの代わりに彼女が居るのだから。
「とは言っても、満月と新月の前後三日間ずつしか、人間の姿には戻れないの。だから、この姿を保っていられるのも三日間だけ。でも、三日あれば十分だわ。まず、アナタの名前を教えて」
可愛らしい声でそう言うろちゃは、その姿顔立ちも全てが可愛らしく、俺のドキドキが止まらない。
「あ、篠崎浩哉です……」
「コウヤ。コウヤさんね」
宜しくと言って手を握るろちゃに、元の世界の山の名前を連想してしまった俺は、彼女に呼ぶなら〝コウさん〟と呼んでくれと伝える。
「ろちゃ。えっと、キミの本当の名前は?」
聞きたいことは他にも沢山あるけれど、頭が追い付かなくて出てきた言葉はこれだ。
「ローズマリー。でも、ろちゃでいいわ。コウさんが付けてくれた名前だし、気に入ってるの」
そう言われて、また鼓動が跳ね上がる。
「取り敢えず、今日はもう寝ましょ。明日、起きたらお話ししたいことがいっぱいあるの」
お休み、と言って俺に抱きついて眠る彼女は、俺の返事を待たずに眠ってしまう。
俺はといえば、ドキドキしまくって一睡も出来なかった。