俺、何だか分からない世界に飛ばされる。
俺の名前は篠崎浩哉。
今をときめく22歳。
自分で言うのもなんだが、村では一番の美青年で通るほど、容姿には自信がある。
あるんだが、趣味の所為で彼女はおらず――
しかも、その趣味の所為で異世界に飛ばされた、なーんて、はっきり言って洒落にならない。
俺は先ほどまで、村のジジババに頼まれた大猪退治をしてたはずなんだ。
毎日毎日畑が荒らされて困ると泣きつくジジババに、断ることが出来なかったってのもあるけれど、俺の趣味が狩猟やサバイバルだからってのもある。
罠にかかった大猪を仕留めようとしたその時、空に暗雲が立ち込め、俺は真っ暗な世界に居た。
「山の守り神を退治しようとする不届き者め。罰としてお前は今日から、ひと月として同じ場所に居られぬ異世界に飛ばしてくれよう」
そんな声が聞こえたと思うと、次に開けた視界に俺は言葉を失う。
何故かって?
何度も言うが、俺は山で大猪退治をしていたはずなんだ。
それが今はどうだ。
目の前には大きな湖が広がり、辺りは岩山に囲まれているときたもんだ。
「え……ここは何処、俺は篠崎浩哉……」
よし、自分の名前は言える!
さっき聞こえた何者かの声の言う通りだとすれば、ここはひと月として同じ場所に居られない異世界なんだろう。
異世界はともかく、ひと月として同じ場所に居られないって、一体どういうことなんだ?
誰か教えて偉い人!
きょろきょろと辺りを見渡すものの、湖と岩山しかないこの場所には人一人として居ない。
つまり、おれの質問に答えてくれる人は誰も居ないってことで――
ふたつに分かれ始めた太陽が光を弱めていく様子を見て、俺は慌てて持ち物を確認した。
「猟銃はないか。まあ、あってもすぐに弾切れ起こすだろうから……おっ、ナイフはあるか。有り難い」
流石に猟銃は持っていなかったものの、腰に付けていたロープと、太腿に付けていたナイフは持っていた。
俺は急いで枯れ木や枯れ葉を集めると、火口となる燃えやすい物を探す。
幸いにも近くに古い鳥の巣があったので、あとは意地と根性で火おこしをするだけだ。
「久々だから、上手くいくかな」
板に穴を開けて、サイズを合わせた火きり棒を穴に当て、何度も摩擦を繰り返していく。
火おこしはとにかく、火きり棒を火きり板に垂直に摩擦させることが大事だ。
あと、持久力!
火種が出来たように見えても、火口に火が点かなかったら一からやり直しだ。
「おっ! いけるか? ふぅ、ふー」
そうこうしているうちに、火種が出来たので、俺は急いで火口に火種を移し、ゆっくり息を吹きかけて空気を送る。
火口に火が点いたのなら、あとは燃えやすい物から順番に燃やしていく。
「火の準備はこれでオッケー。あとは寝床と食糧か」
ふたつに分かれた太陽は、いつの間にかふたつの月に代わっている。
元の世界の月と同じ輝きを見せるこの世界の月は、周囲に余計な光がない所為もあって、月明かりだけで影が出来る明るさだった。
「取り敢えず……」
俺は近くの白樺の皮をバリバリと剥ぐと、いくつか重ね合わせて簡単な寝床を作る。
水に関しては湖が近くにあるから、木の皮で籠を作れば、火で煮沸して飲むことも出来るだろう。
それに、上手くいけば魚も獲れるかもしれない。
明るくなったら行動しようと考えて、今日はもう寝てしまうことに決めた。
ふたつに分かれた月は、時間が経つに連れて離れていく。
もしかしたら月が重なる時刻が、太陽に代わる時刻なのかもしれない。
大きな欠伸をした俺は、木の皮の寝床に入ろうとする。
「ぴきゅっ!」
「うおわぁっ!?」
すると同時に手ににゅるりとした感触が伝わり、何かの鳴く声が聞こえたものだから、俺は慌てて手を振り払い、飛んでいった黄色い物体が木にぶつかって滑り落ちる様子を、呆気に取られながら見ていた。
「ぴいぃ……。ぴぃぃ……」
「悪かったって。泣くなって」
放物線を描いて涙を流す黄色いスライムに、俺はどうしたもんかと頭を悩ませる。
異世界なのだから、スライムが居てもおかしくはないのだろう。
もしかしたらスライムではないのかもしれないが――
そんなことよりも、スライムが居るということは、色んなモンスターが出てくるんじゃないだろうかという考えに、俺はもう一度辺りを見渡して安全を確認した。
手のひらサイズの黄色いスライムは俺の膝に擦り寄り、白樺の皮をもしゃもしゃと噛んでいる。
「あ、もしかして、お前のご飯取っちまった?」
だったら悪いことをしたと言い、寝床から出ようとするが、ぷるぷると震えたスライムが〝ぴぃ〟と鳴いて俺の肩に飛び乗ってくる。
「違うのか?」
「ぴっ!」
「分かんねぇし。あれはお前の飯か?」
「ぴぃ」
「飯じゃねぇのか?」
「ぴっ」
スライムと意思疎通を図ろうとするものの、返ってくる返事は〝ぴっ〟か〝ぴぃ〟だ。
もしかしたら〝ハイ〟と〝イイエ〟で答えてくれているのかもしれない。
こちらの言う言葉は分かっているみたいだから、争いごとを起こさない為にも、意思疎通を図らねばならない。
「いいか。ハイなら〝ぴっ〟イイエなら〝ぴぃ〟って鳴いて答えてくれ」
「ぴっ!」
おおー! これならちゃんと会話が成立しそうだ。
「んじゃあ、改めて。これはお前の飯か?」
「ぴぃ」
俺の質問にスライムは違うと答える。
そりゃあ、木の皮なんか食いそうにねぇしな。
「お前、一人なのか?」
「ぴっ」
「そうか、おれも一人だ」
ここが何処かも分からない。
人間が居るかすら分からないこの世界で、これからどうやって生きていけばいいのかも検討が付かない。
一人という寂しさが今になって襲ってくる。
「そうだ、お前。おれと一緒に旅をしないか?」
このままずっとここに居ても仕方がない。
それに、他に人間が居るのなら、会ってこの世界のことを聞きたい。
「ぴっ!」
「おお! 一緒に来てくれるか!」
俺の肩の上で跳ねて返事を返してくれたスライムに、俺はスライムを手のひらに乗せると、ありがとうと言って頭を撫でてやる。
といっても、スライムの何処が頭なのかは知らない。
一番高い場所を撫でてやったら、スライムが嬉しそうに目を細めて笑ったように見えた。
「そうだ。名前を決めなきゃな。ろちゃ! お前の名前はろちゃでどうだ」
「ぴっ!」
そんなこんなで、俺の旅の仲間が出来ましたとさ。