(アリス)23
俺は教官に左前蹴りを放った。
受け流された。
体勢まで崩された。
そこまでは想定内済み。
崩されるがまま最後の力を振り絞り、
入って来た相手に裏拳を叩き込んだ。
これも受け流された。
そして次の瞬間、ポンと押されて芝生に転がされた。
俺は受け身を取った。
素速く起き上がり、息を整えながら構え直し、教官の出方を窺った。
教官は満足そうな表情で俺を見遣った。
「ここまで。
うん、勘は良い。
足りないのは手足のリーチだけだ」
クラスは格闘技の授業中。
何故か俺は冒頭で、教官の御指名で自由組み手をやらされた。
すでに三本目なのだが、一つとして通用しない。
教官は俺を待たせたまま、全員を見回した。
「見ていたように敵は待ってくれない。
倒されても直ぐに立ち上がって対応をすること。いいな」
クラスのみんなは元気の良い返事をして、それぞれ組み合った。
それを満足そうに見遣った教官が俺を振り向いた。
「疲れたか。少し休め」
確かに疲れた。
俺は授業の邪魔にならぬように木陰に移動し、腰を下ろした。
身体強化スキルを使わないので教官には全く敵わない。
マジで疲れた。
でも手応えは得た。
卒業までには素の体力で教官と互角の勝負が出来るはずだ。
たぶん。
アリスからの念話が飛び込んで来た。
『見つけた、見つけた』興奮していた。
『何を』
『私を騙した爺よ。
今、南門に向かっているわ』
念話の成立する送受信距離が少しずつ伸びていた。
理由は知らないが、今は幼年学校の外にいても明確に届く。
もしかして、単なる慣れなのか。
アリスからの明確な説明はない。
『尾行は良いけど気付かれるなよ』
『分かっているわよ』
『それでどんな様子なんだ』
『これから外に出るみたい。
誰もいなくなったら殺してやるわ』本気だ。
『落ち着け、落ち着け。
年寄りは旅にでも出るつもりなのか』
『荷物がない、・・・ちょっと外に出掛ける感じかな。
んっ、別の奴が、・・・三人ほど。
離れているけど、時折顔を見合わせているわ。
絶対、仲間に違いないと思う』
『様子見だ。
様子見して、相手の情報を集めろ。
どこに住んで、どんな仕事をして、どんな魔法を使うのか、
とにかくお前が殺す時は俺が援護する』
『協力してくれるの』
『眷属だろう』
脳筋妖精を放し飼いにすると色んな意味で不安だ。
俺が手綱を握るしかない。
クラークは南門から外に出た。
気のせいか、後頭部がチリチリした。
殺気混じりの視線。
けれど振り向かない。
人気のない所に誘い込み、捕らえて尋問する、そう考えた。
ゆっくりした足取りで巨椋湖方向に向かった。
昨日のうちに周辺地図は頭に入れていた。
行き交う人波に埋もれるように街道を下り、途中から間道に逸れた。
これに視線も付いて来た。
長年の経験で培った勘が敵と認定した。
相手は対立するテレンスファミリーか、官憲か。
無事に終わらぬ感がヒシヒシと伝わって来た。
荷馬車が当然通ったであろう道筋を辿って行く。
間道だからだろう、次第に人影が少なくなっきた。
その途中で足を止め、後続を待った。
やがて現れた三人。
恰好は冒険者。
実際に冒険者ギルドに在籍もしているが、本職はザッカリーファミリーだ。
「尾行はありません」一人が言う。
知らぬ奴等ではない。
娼館の用心棒で腕も立つ。
今回はサンチョの命令でクラークを守るのが役目だ。
三人揃って尾行者に気付かぬ訳がない。
クラークは悠然と来た道を振り返った。
気配察知スキルはないが、これまでの経験がある。
左右も見回した。
確かに人影はない。
隠れている様子もない。
今回の仕事のせいで神経が昂ぶっているのか。
クラークは頭を切り換えた。
「ようし行くか」
それでも敵の目を想定して慎重に進んだ。
案に相違して障害はなく、魔物との遭遇が少々。
現れたザコ魔物を用心棒三人が連携して討伐した。
現場は直ぐに分かった。
死骸は何一つ残されてないが、無数の蹄の跡でそれと分かった。
踏みしだかれた雑草や藪が現場の広さであり、
薙ぎ倒された木々や折られた枝が死闘を物語っていた。
クラークの目的は一つ。
荷馬車の消息。
血眼とまでは言わないが、用心棒三人の目もあるので丁寧に探した。
範囲も広げた。
でもそれらしい物は見つけられない。
破片ですら見つけられない。
調べを終えたクラークは夕方近くには南門を潜った。
再び視線を感じたが気に留めぬことにした。
このままでは疑心暗鬼になってしまう。
現れてから対処すれば良いと自分に言い聞かせた。
用心棒三人は討伐した魔物の素材を冒険者ギルドに持ち込む、
と言うので手前で別れた。
娼館に戻ると地下でサンチョが待っていた。
「どうだった」
「現場には木切れ一つなかった。
曳いていた馬が暴走して逃げたのか、騎兵隊が押収したかだな」
「暴走した荷馬車の目撃情報はない。
裏から手を回して調べたが押収もない。
騎兵隊で勝手に横取りした様子もない。
となればテレンスファミリーに聞くしかないな」
「どうやって聞く。
簡単に応じてくれるのか」
サンチョの表情が和らいだ。
「掠うまでだ」
「相手に心当たりがあるようだな」
「ある」
「すでに特定済みか」
「ああ、掠った後はアンタに頼みたい」
「【奴隷の首輪】で充分じゃないか。
ペラペラ喋ってくれるだろう」
「それじゃあ詰まらん。
久しぶりにアンタの技を見せて貰いたい」目が笑っていた。
「趣味が悪いな」
「報酬ははずむ」
「当然だろう。
【奴隷の首輪】の術式は簡易だが、俺の契約スキルは別物だ」
サンチョが立ち上がった。
「さあて、行くか」
「俺もか・・・。
まさか、二人で掠う、とは言わないよな」
「当たりだ。二人なら人目に付かない。
帰りは三人だがな」




