(アリス)22
サンチョはザッカリーを説き伏せようとした。
ところが居合わせた護衛の連中が騒ぎ出した。
「テレンスを掠って聞き出せばいいだろう」
「仲間の仇討ちだ」
「とっとと片付けようぜ」
この二階の護衛はただの護衛ではない。
それぞれが小さいながらも縄張りを持つ幹部ばかり。
喧嘩好きが揃っているので簡単には承知しない。
これにはザッカリーも苦笑い。
呆れた顔で双方を交互に見遣った。
サンチョとしては荷馬車の中身を金銭換算すると、
お前等のような屑を束にしてもその一割にも満たない、
そう大声で本音を叫びたいところ、ザッカリーの立場を汲んで我慢した。
屑でも使いようがある。
遣る気だけは削げない。
話し合いの末に妥協案を出した。
「みんなの気持ちは分かった。
仲間を殺されたんだ、怒って当然だ。
しかし、官憲の目がある。
下手は打てない。
・・・。
俺に三日だけ預けてくれ。
それまで我慢だ。いいな」
サンチョは一人で建物を出た。
途端、視線を感じた。
敵意と言うよりは興味津々な色。
これはテレンスファミリーではなくて官憲の密偵なのだろう。
普段から下っ端を装っているせいか尾行は付かない。
それでも万が一に備えた。
テレンスファミリーの見張りの存在も考慮し、
気配察知スキルを十全に機能させた。
辻から辻を曲り、建物を幾つか通り抜けた。
尾行なしを再確認した。
馴染みの娼館に向かった。
周辺を調べながら近付いた。
こちらも異常なし。
娼館は無論、この一角はザッカリーファミリーの縄張り。
サンチョが訪れても不審には思われない。
裏口から入った。
用心棒二人がすっ飛んで来た。
闖入者と思ったのだろう。
表情が厳めしい。
サンチョと分かると態度を改めた。
「こちらからとは珍しいですね」店のスタッフとしての口調。
サンチョは応じた。
「色々と気苦労があってな。
・・・。
クラーク老人を下に寄こしてくれ」
サンチョは地下に下りた。
関係者以外は立ち入りを禁止しているフロアだ。
広い部屋と幾つかの小部屋があり、
ファミリーのセカンドハウスになっていた。
非常時の集合場所であり、指揮所だ。
もっとも、セカンドハウスはあくまでもセカンドハウスなので、
設置されてはいるが殆ど活用されていない。
それでも埃一つとして舞っていないのは、
管理責任者であるサンチョが奴隷三人を雇い入れ、
掃除を徹底させているからだ。
出迎えに奴隷三人が現れた。
首に【奴隷の首輪】を嵌めた女ばかり。
閉鎖された地下なので問題が発生せぬよう、
同性の平凡な容姿の借金奴隷を選んだ。
彼女等に尋ねた。
「どうだ、店の者達には大切にされているか」
「はい、とっても」
「店の裏庭の散歩はどうだ」
「はい、朝の早い時間にやらせてもらっています」
サンチョが彼女等とたわいもない会話をしていると、
階段を下りてくる足音がした。
軽い足取り。
年寄りにしては調子が良さそうだ。
店に居続けている年寄りだ。
名はクラーク。
従業員ではない。
かと言って娼婦を買っている訳でもない。
娼舘の空気が好きという理由で、
好んで高い賃料を払って個室に居続けている老人だ。
サンチョの口利きもあり、誰も何も言わない。
クラークがサンチョの隣に並んだ。
「用事だそうだな」
「ああ、困ったことになった」
「困ったというより、面白くなったという顔をしてるな」
サンチョはクラークを小部屋の一つに伴った。
奴隷がコーヒーと茶菓子を運んで来た。
国都の有名ブランドの一つだ。
サンチョの好きな銘柄だと知っているので、クラークが笑った。
「はっはっは、ここまで拘っているのか」
「不味い物は口にも胃にも悪い。
脳味噌まで腐りそうだ」
「そこまで言うとはな。ダンジョンでもそうか」
サンチョは苦笑いして片手を上げた。
「まさか、あそこは別だ。
もっと美味い肉があるからな」
「ゴブリンか」
「馬鹿言うな、反吐が出る。
美味いと言えばオークとかオーガだろうが」
「俺も食ったことあるが、まあまあだな」
「お前は舌が音痴だな」
クラークは表情を改めた。
「それで俺を呼んだ理由は」
「ああ、説明する」
サンチョは自分達ファミリーの置かれた状況を逐一説明した。
ザッカリーファミリー、テレンスファミリー、国軍の騎兵隊、
官憲の密偵と覚しき視線、そして肝心の荷馬車の行方。
聞いたクラークは片頬を歪めた。
「七面倒臭いな」
「そこでお前の出番だ」
「俺か・・・、老人は労るもんだぞ」
「荷馬車にはお前から買い付けた二枚貝も積んでいた。
お前なら分かるだろう。
早く回収しないと中の妖精が死んじまう。そうなれば大損だ」
獣化させた妖精を二枚貝に封じ、木箱に入れて売ったのはクラーク。
でもその所有権は売った時点で移転していた。
今のクラークには関係ないこと。
目をしばたかせた。
「そうは言うが、あれの所有権はファミリーに移っている。
今の俺は無関係だろう」
「そこは分かっている。
そこで依頼だ。
俺を手伝ってくれ。
お前はどこにも顔が割れてないから自由に動ける」
クラークはあくどい商売をしているが、
基本、ザッカリーファミリーに売っているだけなので、
裏世界では全く知られていないも同然、自由に動けた。
サンチョは地図を出した。
「ここが巨椋湖だ。現場はこの近くのここ」




