(アリス)21
見張りは男の言葉を建物内部の者に伝えた。
少し待たされた。
身内にも厳しいのは何時ものこと。
男は肩を竦めて外壁にもたれた。
直ぐに立ち入りが許可された。
中に入るとボスの護衛の一人が待ち受けていた。
にやけた顔で男に尋ねた。
「処刑を見物したんだろう。
それで、どうだった」
「途中で邪魔が入った。
非番の門衛の一人に声をかけられてな、
聞いて損はありませんよとタレコミだ。
高い情報料も払わされた」
「ほおー、払ったってことは、それなりのタレコミか。
それをボスに報告に来たという訳か」
「そういうこと」
建物の一階は倉庫のような広さなのだが、何も置かれていない。
奥の階段手前にテーブルが一つあり、
そこで数人の顔見知りが賭け事に興じているだけ。
彼等は通る男をチラ見しただけで、何も問わない。
彼等は休憩中の護衛兼障害物だ。
護衛の案内で二階に上がった。
ここは廊下の左右にドアが幾つかあった。
何れもボス、ザッカリーの部屋だ。
ただ、どれが当日のボス部屋かは分からない。
奥まったドアの前に二人の護衛が立って、こちらを見ていた。
だからと言って、そのドアの奥が今日のボス部屋とは限らない。
ダミーの事も多い。
予想通り、男を案内した護衛は全く別のドアを開けた。
広いが飾り気のない部屋だ。
ドアの内側にも護衛が二人、閉められた窓の方にも二人。
警護だけは厳重な事この上ない。
ザッカリーは頑丈そうなデスクで書類を読んでいた。
男が部屋に入ると、眠そうな顔を上げた。
「問題が発生したのか」
男が頷くとザッカリーはゆっくり立ち上がった。
まるでオークのような巨体。
窓の方へ歩み寄ってカーテンを閉め、大きく伸びをした。
今にも天井に手が届きそう。
「このところ、書類仕事ばかりで気が滅入っていた。
面白い話なんだろうな」
ザッカリーは元々は冒険者、最終ランクはB。
人生色々、魔物から人間相手に鞍替えすることになった。
外郭南区画のスラムの大立者の一人に伸し上がった。
主力商品は暴力と盗品の買い取り。
ザッカリーの期待を受けて男が表情を曇らせた。
「面白くはありません」
「聞かせてくれ」
「その前に一つ、質問をして宜しいでしょうか」
「何だと言うんだ」視線を強めた。
男は名前を幾つか挙げ、「知ってますか」と尋ねた。
ザッカリーは耳を疑った。
知っているも何も、盗品を運ばせている手下の名前ばかり。
買い取った盗品は当然ながら国都内で盗まれた物。
中には殺傷の末に強奪したものもあり、国都で捌けない。
万が一、捌いて足が付けば一巻の終わり。
相手が官憲であれば周到な手配で全員捕縛され、
主犯格は全員死刑、他は犯罪奴隷として鉱山に送られる。
貴族の恨みを買えば、襲撃され、容赦なく全員切り刻まれる。
何れにしても、どちらも選びたくない。
「お前も分かっているんだろう、うちの連中だ」
他のファミリーもだが、やばい品物は地方に運んで売り捌く。
これが盗品売買の基本。
今回は摂津地方の領都、大阪で「泥棒市」が開かれると聞いて、
荷馬車に盗品を積んで送り出した。
泥棒市だからと言って、堂々と盗品を並べる訳ではない。
領都の大通りに普通の商人や一般人が露店を出し、
そこで盗品のように安く投げ売りされるので、そう呼ばれていた。
実際はその賑わいに付け込んで、盗品が売買される。
昼日中の大通りではない。
大阪のスラムに各地から集められた盗品が、ご同業間で売買される。
北から持ち込まれた盗品は南のご同業へ、
東から持ち込まれた盗品は西のご同業へ、と言う具合に捌かれる。
男も予想していたのだろう。
「やっぱり大阪の泥棒市でしたか」
「ああ、そこに荷馬車を送り出した。
今上がった名前は荷馬車を警護していた連中だ」
男は表情を変え、
「これは非番の門衛からのタレコミです」と前置きして、
更に別の名前を次々と挙げた。
聞いたザッカリーは困惑した。
配下ではないが、知った名前があった。
ご同業の配下ではないか。
外郭北区画のスラムの大立者、テレンスの幹部の名前が幾つかあった。
「どういうことだ」
「巨椋湖へ向かう間道で死体が見つかりました。
魔物の襲撃を受けて大勢が死亡していたそうです」
「大勢が・・・」
「宮中で陞爵が行われた日です。
国軍の騎兵隊が巨椋湖方向に異常を感じ、急行しました。
行ってみると、魔物の群の足下に大勢の人間の死体があり、
それを巡って魔物同士が奪い合っていたそうです。
・・・。
駆け付けた騎兵隊が魔物を追い散らし、食い千切られていた死体を、近くの駐屯地から呼んだ荷馬車で回収したそうです。
人数ははっきりしませんが、大雑把で四十人近いとか・・・」
ザッカリーだけでなく居合わせた者達全員が顔色を変えた。
「確かなのか」
「門衛は国軍の騎兵隊の友人から酒の席で聞かされたそうです。
金目当てで嘘をつく奴じゃありません」
暫し停止していたザッカリーの口が動いた。
目の前の男を案内して来た護衛に命じた。
「サンチョを捜して連れてこい」
サンチョはザッカリーの片腕で金庫番。
元々はザッカリーの冒険者時代のパーティ仲間であった。
ザッカリーが身体を活かして盾役、サンチョは後方から魔法で支援。
役割が違っても、魔物相手に何度も修羅場を潜ったせいか気が合う。
サンチョが顔色を変えて部屋に飛び込んで来た。
大方、来る途中、呼びに行かせた護衛に聞いたのだろう。
デスクのザッカリーヘではなく、タレコミをもたらした男に詰め寄った。
「詳しく聞かせろ」
男も又聞きなので、それほどの情報はない。
それでもサンチョは男の説明に満足げに頷いた。
ザッカリーを振り返った。
「このところの疑問に一つの答えが出た」
「疑問、答え、・・・」
「ああ、今思うと日付は合う。
陞爵の後からだが、この辺りで妙な視線を感じていた。
それが官憲の見張りだとすれば納得が行く」
「なに・・・、見張りだと」
「一般人は誤魔化せても、魔法使いまでは誤魔化せない。
探知は無理でも、ダンジョンで鍛えた気配察知があるからな。
・・・。
今回の一件が表に出ないのは、官憲が情報を規制しているからだろう。
ザッカリーファミリーとテレンスファミリーが同じ場所で、
仲良く魔物の餌になっている。
そうなると官憲としても興味が湧く。
手柄の匂いもする。
ジッと双方の動きを見張っている筈だ」
「詳しく・・・」
「想像だが、うちの動きが筒抜けで、荷馬車をテレンス側が襲った。
その際に流れた血の臭いに魔物の群が誘われ、現れた。
ファミリー間の抗争に魔物が介入し、
遅れて国軍騎兵隊までもが駆け付けて来た。
そういうところだろう」
「そうか・・・」
「テレンスに殴り込むのは少し待ってくれ。
たぶん、官憲があちらも見張っている。
俺達が衝突するのを待ち望んでいる筈だ。
・・・。
もしかすると、こちらにテレンスの見張りも来ているかもしれん。
襲ったのはいいものの、
誰も帰って来ないから心配してこちらの出方を見張っている、
そうも考えられる」
「腹が立つ・・・。で、何時まで待てばいい」
「その前に探ることが二つ。
一つは荷馬車の行方。
現場で魔物に壊されたのか、国軍に接収されたのか。
そこをハッキリさせよう。
もう一つは、誰がテレンス側に情報を売ったのか」




