(アリス)20
アリスが緊張していた。
それだけ手強い魔物なんだろう。
俺は探知スキルと鑑定スキルで探した。
けれど見つからない。
アリスの気配察知より俺の探知スキルの方が上位のはず。
そうなると小型の魔物しか考えられない。
EPを調整しながら精度を上げた。
飛んでいると言うことなので、ついでに3D化。
見つけた。
近い。
北側の木々の上。
十六匹が群れなし、微かにだが小気味良い翅音を響かせ、
こちら方面に飛来して来た。
鑑定スキルを連動させた。
コールビー。
Eランク(75)、蜂の種から枝分かれした魔物。
二対四枚翅。
三対六本足。
体長は成虫になると50センチほど。
武器は毒針。
足で獲物の動きを封じ、毒針で仕留め、口で解体して巣に運ぶ。
全身が防具や調剤の素材として売れるのだが、
群なして飛ぶので討伐し難い。
ランクはアリスの方が格上。
緊張する理由が分からない。
そこで尋ねた。
『恐いのか』
アリスが子猫姿で総毛立ち、俺を振り返り、
『ふざけないで、恐い訳がないでしょう。
手間がかかるのよ。
奴等は一対一を避けて、いつも群で襲撃してくるの。
それを殲滅するのが七面倒臭いのよ』キッと睨んだ。
怒りは一時的なもの。
直ぐに口調を変えて俺に言う。
『奴等は自在に飛ぶから注意するのよ。
前後左右、上下、宙返り。
最初は鳥と動きが違うから面食らうかもね。
・・・。
勝負よ。
どっちが沢山撃ち落とすか』
言い終わるよりも早く行動に移った。
腰掛けていた枝から立ち上がり、器用な仁王立ち。
コールビーをその姿勢で迎え撃つ。
妖精魔法、ウィンドーカッターを放った。
立て続けに五発。
先頭の三匹を仕留めたのだが、二発は難なく躱された。
コールビーの群は慌てながらも四つに分かれた。
正面に三匹、高所に三匹、右方に三匹、左方に四匹。
アリスを敵と認識した様子。
四方から一斉に、爆撃でもするかのように降下して来た。
一段と加速、距離を縮めた。
俺は援護する事を伝えた。
『真上は俺が片付ける』
『しようがない、任せてあげる』
俺の使い勝手の良い攻撃魔法は水魔法。
魔法の練習のほとんどを水魔法で行っている。
一つの魔法を磨き上げ、精度威力を意識して行えば、
全てに通じると信じている。
イメージは高射砲。
威力EP3のウォーターボール、水弾を自動装填。
アリスを真上から襲おうとする三匹を、
探知スキル3D表示でロックオン、ホーミング誘導。
軌道は相手の動体視力を考慮し、横滑りするスライダーにした。
ここまでの手順を再確認、OK。
三発を続けざまに放った。
アリス目掛けて急降下していた三匹が水弾に気付いた。
速度も威力も脅威だ。
ただ、こちらに向かって放たれた物だが、狙いが外れていた。
無駄撃ちと認識して三匹は加速してアリスに迫った。
水弾が妙な動きをした。
ククッと横滑り。
気付いた時には被弾。
アリスを襲おうとしていた残敵の半分が方向を急転換した。
俺を敵と視認したらしい。
こちらに向かって来た。
数は五匹。
俺は幼気な児童。
堂々と立ち向かう勇気は持ち合わせていない。
けど問題はない。
高射砲のイメージをキープしていた。
手早くロックオン、ホーミング誘導、軌道は横滑りするスライダー。
手順再確認、OK。
五発を放った。
アリスはと見ると、彼女も善戦していた。
敵を引き付けてウィンドーカッター、そして移動。
枝に飛び移ってウィンドカッター、そして移動。
彼女は俺のような小技が使えないので、強引に軌道を曲げていく。
どのような原理かは知らないが、たぶん、力技。
それでグイグイ曲げて、敵の動体視力を翻弄した。
国都の外郭南区画。
その外壁に面した一角にスラムがあった。
国都公認という訳ではない。
平民の家を持たぬ低所得者層が集まり、自然発生的に生まれたのだ。
低賃金で働く者達を必要としている限り、
このスラムが壊されることはないだろう。
町並みからしてゴミゴミしていた。
凸凹が著しい石畳、壊れた玄関、落ちた看板、半壊の屋根等々、
数えたら切りがない。
おまけに路地まで入り組んでいて完全な迷路。
でも、どこからも区画整理しようという声は上がらなかった。
莫大な金がかかるので地主達もお手上げ状態なのだ。
昼から表通りで酒を浴びている者達がいた。
どうやって稼いだのかは知らないが、山盛りされた肴もあり、
場は大賑わい。
「ひゃはっはっは、これで三日は飲んでいられる」
「彼奴の財布を取り上げたんだろう」
「人聞きの悪い。くれると言うから貰ったんだ」
「どうだか」
その脇を女が子供の手を引き、逃げるように足早に過ぎて行く。
「目を合わせたら駄目よ」
「うん、分かってる」
路肩で寝ている者も散見されるが、珍しい光景ではない。
多くは寝たっきりになった者達だ。
スラム住民達が孤独死した者からの疫病発生を怖れ、
表通りにゴミのように捨て置きするのだ。
それを三日に一度、役所の者達が荷馬車で回収して行く。
運ばれる先は国都の外にある国営の焼き場。
細い息をしていても二本足で歩けなければ死体同然に、
平地に掘られた穴に投げ込まれ、
魔法使い達により丁寧に焼き上げられるのだ。
寝た切りの老人の傍を男が駆けて行く。
この辺りでは知られた顔だ。
それが焦燥感に駆られた顔で駆けて行くのだから、
人目を引かない訳がない。
行き交う誰もがトラブル発生を予感した。
男が飛び込んだのは古びた大きな建物。
傍目には今にも倒壊しそうに映るが、内部は全く違った。
最新の建材でリフォームされており、新築も同然になっていた。
ここは外郭南区画のスラムを束ねるボスの一人、
ザッカリーの本拠であった。
ザッカリーファミリー。
建物入り口には見張り、付近には巡回している連中もいたのだが、
男を止める者はいなかった。
中には完全武装の警備の者達が屯していた。
「どうしました」一人が慌てて敬語で尋ねた。
「ボスに急用だ、俺が来た、と伝えてくれ」




