(アリス)19
俺はアリスを探した。
人波が邪魔しているが、勘働きを駆使して辺りをつけた。
左方、小さな白い物。
人波の足下を縫うようにして、こちらに駆けて来た。
そちらから子供の声が聞こえた。
「わあー、ちっちゃい、ちっちゃい子猫ちゃんだあ」
驚き混じりの声が上がった。無理もない。
アリスの体長は生まれたての子猫に近い。
それが前後に動く無数の足障害を巧みに擦り抜けて来るのだ。
それでも子供の目線からは逃れられない。
俺の手前でさらに速度が上がった。急加速。
人目を避ける為に俺のローブの裾の内側に飛び込んだ。
事前通告も、遠慮もない。
爪を立てずに俺の身体を駆け上った。
フードに入り、定位置の後頭部の髪を掻き分けた。
『ここは落ち着くわね』言いながら俺の首筋の臭いを嗅いでいる様子。
文句は言えない。
一つでも言おうものなら、即座に暴言混じりの反論が返って来る。
目立つ白猫姿を注意した際などは、罵倒の嵐。
『アンタ馬鹿なの、目はお飾りなの、腐ってるの。
私はこの姿が気に入っているの。
それが分からないの、無神経なの、腐ったゴブリンなの』
これには俺も閉口した。
眷属にしたものの、これでは、どちらが主人であるかが分からない。
俺達は西門から出た。
行き交う人々を縫うように足を急がせた。
丹波地方に向かう街道だ。
途中の国軍駐屯地を過ぎて少し行くと、その先は山道になっていた。
山道でも正規の街道なので整備は行き届いていた。
昼間の街道は国軍騎兵隊が定期的に巡回しているので、
魔物の出没は少ない。
護衛の冒険者を雇っていれば尚更安心。
俺達は、傍目からすれば俺一人なんだが、
街道を逸れて間道に爪先を向けた。
間道も国軍騎兵隊が巡回している上、
魔物討伐の冒険者パーティも見かけるので、
こちらも魔物の出没は少ない。
顔を隠す為にフードを深く被っているせいか、
擦れ違う大人達に呼び止められることはなかった。
間道から獣道に入る際、虚空から魔法使いの杖を取り出した。
殴るのに適した無骨な杖だ。
それで道を遮る丈の高い雑草を除けながら進んだ。
勘働き、胸騒ぎ、ザワザワ。
脳内モニターをオン。
探知スキルと鑑定スキルを連携させた。
いるいる、魔物の黄色い点滅、獣の茶色い点滅。
双方が警戒し、進退に躊躇していた。
時折、人を現す緑の点滅も見かけた。
討伐か素材収集の冒険者パーティであろう。
俺は人目を避けながら迂回して山中に入った。
『この辺りなら人目はないわね』アリスがフードから首を出した。
『アリスは魔物討伐だ。
俺は討伐した魔物から魔卵を採る』
魔卵は魔物の卵ではない。
魔物の体内にある魔素の塊だ。
形状が卵に似ている事から、そう呼ばれていた。
昔から人はその魔卵の魔素を活用してきた。
特に錬金術の分野で重宝された。
鍛冶、調剤、付与等々。
少し離れたところに小物の群を見つけた。
鬼の種から枝分かれしたにしては弱い二足歩行の魔物、ゴブリン。
ところが個体はFランクなのに群れると意外に手強い。
器用な手足を活かして棍棒を武器に、奇襲して来る。
中には冒険者から奪取した武具を完全装備している個体もあり、
油断は出来ない。
遅れてアリスが俺に告げた。
『見つけたわよ』気配察知がレベルアップしたのだろう。
勢い良くフードから飛び出した。
子猫姿のまま風魔法を駆使し、木々の間を縫うように飛んで行く。
人の手の入っていない鬱蒼とした山なので視界は狭い。
にも関わらず迷わない。
俺も身体強化スキルを発動してアリスを追った。
でも追いつけない。
空中を飛ぶ相手には敵わない。
差が広がった。
そこで群の注意を引き付ける為に俺は足音を意識的に立てた。
囮になった。
するとゴブリンの群から甲高い警報の声が上がった。
俺の足音に気付いたらしい。
防御態勢を整えたゴブリンの群の頭上にアリスは到着した。
悠々と下を見下ろした。
十二匹。
リーダーらしき一回り大きな体軀のゴブリンもいた。
群の視線は地上、木々の向こうに向けられていた。
足音を立てるダンタルニャンが目立つ分、
小さな気配でしかないアリスには気付かない様子。
アリスは他の飛ぶ魔物の接近を警戒し、手頃な太さの幹を背にした。
自分の安全を確保すると、下のゴブリンに妖精魔法を発動した。
ウィンドカッター。
小さな身体でもBランク。
しかも妖精魔法のレベルは☆☆☆。
そのウィンドカッターだから威力は高い。
ゴブリンリーダーの首を切り放つだけでは飽き足りず、
通過して木々を切断、地面をも抉った。
立て続けに首を五つ切り飛ばした。
切断した木々の巻き添えで四匹のゴブリンが負傷した。
無傷のゴブリン三匹が逃走を図るがアリスは逃さない。
飛び立つや空中から爪でゴブリンを襲った。
身体強化しているので、子猫の短い爪でも凶器そのもの。
名刀並みの切れ味で、いとも簡単に三つの首を切り落とした。
爪は短いが、魔力を乗せて疑似ウィンドソードにしたのだ。
残りは負傷した四匹。
アリスは容赦しない。
地上に降り立ち、獲物に向かって駆けた。
俺が到着した時には終わっていた。
ゴブリンの首が転がっていただけではなかった。
聞こえる音で予想はしていたが、酷い有様だった。
木々が切り倒され、地面には小さな亀裂が幾つか出来ていた。
血の臭いの中、埃や枝葉が舞い立ち、ここは戦場か。
アリスが得意気な顔で出迎えた。
『どうよ、私やるでしょう』
『だよね。次は俺の出番だから周囲の警戒を頼むよ』
『任された』機嫌が良い。
俺はゴブリンの死体を見ながら鑑定スキルで探した。
新たなイメージ。
透視、透視。裏まで透かし見る力、透視。
鍛冶スキルを得た時もそうだ。
イメージが大切なのだ。
魔法の発動は呪文だが、俺の場合はイメージなのだ。たぶん。
「新しいスキルを獲得しました。透視☆」脳内モニターに文字。
鍛冶スキルの3D表示をも連携させて魔卵を探した。
結局十二匹のうちで魔卵を持っていたのは四体。
風魔法、ウィンドカッターで切り分け、取り出した。
ついでに角も切り取った。
ゴブリンの魔卵と角は調剤の素材として高評価。
捨てるには惜しい。
山中なのでゴブリンの死体は置き捨てても問題ないが、
俺は新鮮な死体で試してみたかった。
鍛冶スキルを起動した。
イメージは雲散霧消。
前回は鍛冶で造った物を消した。
今回は生物で確認。
簡単に。
思うより簡単に成功した。
跡形もなく魔素に変換されて消えた。
アリスの気配が強くなった。
『警戒して、魔物が飛んで来たわ』




