(アリス)18
俺は処刑に興味はない。
前世の倫理観から否定している訳ではない。
処刑されるのは他人。
顔も名前も知らぬのみか、袖振り合ったことすらない他人。
所詮、自分には関わりのないこと。
「どうしましょうかね、考え中」
「貴族の断頭台送り見たさに都人が大勢、見物に押し掛けると思うわ。
もしかすると、ちょっとした騒ぎになるかもしれない。
止めておいた方が賢明でしょうね」忠告された。
興味はなかったが、午後の授業がなかったので処刑場へ向かった。
目的は処刑の見物ではない。
処刑場自体がどんな様子なのか見たかった。
途中で制服のローブからソロ活動用のグレーのローブに着替え、
フードを深く被って顔を隠した。
五月の陽射しが暑くても風魔法を小さく活用すれば事足りた。
汗は全くかかない。
途中で俺は処刑場へ向かう人波に巻き込まれた。
皆が皆、早足に処刑場方向に向かっていた。
処刑される罪人の噂を声高に喋る者達もいれば、家族連れもいて、
これが都人の楽しみの一つになっている事が分かった。
処刑場は西門に通じる大通りの一角にあった。
屋根なしの広大な石造りのスタジアムがそれ。
前世の古代コロシアムに似ていた。
周辺は人で溢れていた。
たぶん、入場規制されているのだろう。
あちこちから不満を持つ者達の抗議の声が聞こえた。
それに警備の兵士達の怒鳴り声が重なる。
実に険悪な空気。
並べられた盾の隙間を抜けようと試みる者が出た。
途端、小競り合いが始まった。
俺は遠目に確認しただけで踵を返した。
その瞬間、紫色のローブの群に出くわした。
魔法学園の制服のローブだ。
女の子ばかり。
十四・五人。
ぶつからぬように擦れ違おうとした。
その中の一人が俺の前に立ち塞がった。
繁々とフード奥の俺を覗き見た。
「やっぱりニャン、ニャンよね」自分のフードを外して俺に笑いかけた。
金髪の美少女、ジャニス織田。
尾張地方の寄親フレデリー織田伯爵家の長女だ。
魔法学園の生徒で俺より二つ上。
父が仕える領主の娘なので俺はフードを外し、礼儀正しく挨拶した。
「これはジャニスお嬢さま、お久しぶりです。
ご機嫌は如何ですか」
ジャニスは顔を苦笑いした。
「ねえニャン、堅苦しい挨拶は止めて。
ここは田舎じゃないのよ、もっと気楽にして」
守り役の女武者を同伴してないからか、気安い口調。
「分かりました。
でも何故、僕だと分かったのですか。
顔はフードで隠れていた筈ですが」
「私は魔法使いよ。
魔法使いの目を誤魔化せるとでも思っているの。
というのは嘘だけど、なんとなく分かるのよね。
貴男は子供のくせに姿勢が良いでしょう。
不思議と目につくのよ」胸を張って喜色を露わにした。
供の女の子達から何故か黄色い声が上がるが、俺は無視をした。
背中を丸めてジャニスに尋ねた。
「これならどうですか」
「止めなさい、見苦しい」
俺は姿勢を正した。
「はい。
そう言えば、すっかり忘れていました。
お兄様の陞爵、御目出度う御座います」
彼女の異母兄レオン織田のことだ。
大樹海から湧き出した魔物の群の大移動を阻止した功で、
男爵から子爵に引き上げられた。
ジャニスは苦笑い。
「有り難うと言いたいけど、ちょっとね」俺の耳元に口を寄せ、
「我が家の事情は噂で聞いてるでしょう」囁かれた。
「謁見とか夜会には」ジャニスに合わせて小声で尋ねた。
「父の指示で病欠よ」残念そうな口振り。
「尾張の方々には話題にしない方が良さそうですね」
「それが無難よね」
「もしかして、皆様も処刑見物ですか」
ジャニスはすまし顔で言う。
「ええ、そうよ。
処刑の見物に来たのよ。
そういう貴男も見物に来たの。
野次馬なの、暇なの」
「学校で話題になっていたので、どんな様子なのか見に来ただけです。
酷い状況だと分かったので、もう帰ります」
背中に悲鳴が届いた。
ジャニスが俺の後ろの様子を見た。
俺も振り返った。
小競り合いが流血の事態に発展した。
ジャニスの表情が歪む。
「入れそうもないわね」
「無理でしょうね」
ジャニスは供の女の子達を集めた。
小声で相談が始まった。
時折、女子特有の笑い声が漏れてくる。
まさか下ネタ、下ネタなの。
処刑場を前にして下ネタはないよね。
相談が纏まったのか、ジャニスが俺に告げた。
「引き返してケーキ屋さんに行く事にしたの。
貴男も付き合う」
「いえいえ、僕は結構です」
「もしかして魔物の討伐かしら」目を輝かせた。
「違いますよ。薬草の採取です」
「薬草は片手間で、実は魔物狩りという噂だけど」
「僕達のパーティは子供だけですよ。魔物なんて」
ジャニスの追求から逃げるようにして俺は西門に向かった。
噂は恐い。時として真実を言い当てる。
冒険者パーティ「プリン・プリン」は薬草採取の傍ら、
時間に余裕があれば麓で魔物を探して狩っていた。
でも討伐依頼を受けたものではないので褒賞金は貰えない。
ランクアップにも結びつかない。
ところが狩った魔物の素材の売買は可能なのだ。
そんな事が度重なり、噂になっていた。
しかしだ、俺達は東門のギルドを活用しているので、
それがジャニスの耳に入るのは不自然だ。
そもそもギルドには守秘義務がある。
どこから耳にしたものやら。
もしかして織田家の国都屋敷の者が俺の行動を探っているのか。
探知君の範囲に怪しい動きを捉えたことはない。
だとしたら接近を控え、周辺を探っているとしか思えない。
拙い、拙い。
関心を持たれたくない。
織田伯爵家に仕えるつもりは毛頭ないのだから。
そんな俺に念話が飛び込んで来た。
『ダン、そんな所で何してるの』アリスの声。
『これから外に出るつもりだけど、君は』
『処刑見物に来たんだけど、ダンと一緒の方が楽しそうね。
私も行ってあげる』
『良いのか、例の奴を探すのは』
『なかなか見つけられないわ。
人が多すぎなのよ。
少し滅びれば良いのに』
アリスは国都見物と同時に、
自分を騙して捕らえた魔法使いを捜していた。
当然、報復が目的だ。
『息抜きに外で思い切り魔法をぶっ放すかい』
『良いわね、そうする』




