(アリス)17
生徒は如何なる身分であろうとも入寮する、
それが学校創設時の方針であった。
何時からかは知らないが、それも今はなし崩し。
国都に屋敷を持つ貴族や商人の子弟の多くは、
馬車の送り迎えで学校に通うようになっていた。
そんな中、侯爵家に生まれたお姫様、シェリルは寮住まい。
世話するメイドと守り役の女武者を帯同していたので、
非常に目立っていた。
色んな意味から悪目立ちとも言えた。
俺は疑問を投げかけてシェリルの意識を逸らし、
この場から逃げたかった。
が、シェリルは甘くはなかった。
完全に戦闘モード。
容赦してくれない。
俺は諦めた。
相手の攻撃を捌きながら、技量を観察した。
悪くはない。
年齢にしては技術がある。
基本に忠実。
槍のような突き。
薙刀のような薙ぎ払い。
そして長剣のように振り下ろして相手の兜を砕く。
あるいは意表を突いて、回転させて下から振り上げ、顎を砕く。
性格は知らないが、武技は素直。
馬鹿力に頼らない所は好感が持てる。
でもそれだけ。
俺は身体こそ十才だが、前世を加えると精神年齢はずっと上。
どうして朝から女児の相手をしなければならないのだ。
はあー、溜め息が漏れる。
とても本気にはなれない。
手加減して極めることにした。
突きを受け流し、相手の鼻先スレスレに寸止め。
横薙ぎも受け流し、側頭部に寸止め。
二つで分かったのかと思いきや、違った。
シェリルは目を輝かせ、さらに挑んで来た。
お前はゾンビかと怒鳴ってやりたい気分。
そんな俺の落胆も知らず、シェリルは攻め放題。
寸止めの嵐もなんのその、手も足も止まらない。
俺の視界に野次馬達が映った。
トレーニングをしていた者達が足を止めて遠巻きにしていた。
それが少しずつ増えて行く。
朝の食堂に話題を提供してしまった。
はあー、面倒臭い。
こちらに血相を変えて駆けて来る二人を捉えた。
服装から察するにシェリル付きのメイドと守り役の女武者と見た。
俺は手加減しつつ、二人の到着を待った。
シェリルは集中しているのか、二人に気付いた様子はない。
額から汗が噴き出しているのだが、これにも気付いていないのだろう。
拾った玩具に夢中になっている感じ。
まったくもう。
この年頃の子供は疲れを知らない。加減も知らない。
はあー、怒るよ、おじさん。
男児が相手なら足をかけて転ばしてやるのだが。
到着した二人が息を整えるのを待ってから、そちらに横っ飛びした。
女武者に棒を手渡した。
「お姫様を止めて、僕ちん、疲れた」巫山戯た言い草。
女武者は気の毒そうに俺を見返した。
「はい。
当家の姫が申し訳ありません」頭を下げて謝意を表した。
メイドが厚いタオルを持ってシェリルに駆け寄る。
「汗を拭きましょうね」
不満そうな表情のシェリル。
「一人で大丈夫と言ったでしょう」
「はいはい、風邪を召さないように汗を拭きましょうね」
メイドはシェリルを子供扱いした。
顔にタオルを小まめに押し付けて汗を吸わせた。
首回りにもタオルを押し付け、これまた丁寧に汗を吸わせた。
その間に女武者がシェリルから棒を回収した。
二人して手塩にかけて育てている感がした。
顔を上気させたシェリルが俺の方に歩み寄って来た。
「相手してくれて有り難う」
「こちらこそ」
「それでなんだが、私のどこが悪かった」
「悪手ということですね」
顔をぐいぐい近付けて来た。
「そうよ。
何だか全て見切られている感じがしたのよね」
「師匠でも師範でもない僕の意見で良いのですか」
「良いに決まっているでしょう。
私より強いんだから何の遠慮もしないで」
「これは棒術に限った話ではなく、
武芸一般について言えることなんですが、
攻め手は限られているのです。
上から振り下ろす。
下から振り上げる。
横に薙ぐ。
そして突く。
四つ。単純でしょう」
単純だが命の遣り取りなので奥は深い。
先手。
先手を譲ってからの後手。
先手を見取ってから先に先手。
誘ってからの嵌め技。
他にもあるが、これらに間合いが加わる。
自分の間合い。
相手の間合い。
剣を構えた瞬間から様々な心理戦が繰り広げられ、終局へと向かう。
そして完全に息の根を止めて、二度目の立ち合いを許さない。
「うーん・・・」
「後は微妙に角度を変えたり、緩急を付けたりの工夫はしますが、
それは小手先の技でしかありません。
ここまでは分かってくれましたか」
「ええ・・・」
「シェリル様の技は綺麗過ぎて分かり易いのです。
攻める前の小さな動き、指の動き、手の動き、肩の動き、足の動き、
目の動き、それらから、どう来るのかが読み取れます。
何しろ攻め手は四つしか有りませんからね」
「そうなのか、分かり易いのか。
綺麗過ぎるのも考え物、という訳ね」
「でも今の段階ではこれで良いと思いますよ」
丸い大きな顔を傾げた。
「綺麗な技のままで構わないと」
「ええ。
今は何も考えずに基本技を完璧に習得すべき段階だと思います。
基本技を完璧に仕上げれば小手先の技にも対応出来る、
基本に始まって基本で終わる、そう教わりました」
「そうなのか」
「お師匠様と話し合ってみたらどうですか。
やってみて分からなければ聞く。
疑問が湧いたら聞く。
剣を交えるだけが修行ではありませんよ」
「分かった。そうしよう。
今日は有益だった。
また機会を設けるから、その時は頼む」真摯に頭を下げた。
これでは断り難い。
「機会があれば」
「逃さぬように作る」言い切った。
俺は逃げるように踵を返した。
少しでも離れたかった。
そんな俺をシェリルが呼び止めた。
「ダンタルニャン君、午後はどうする。
見物に行くのか」
本日の午後、西門にある刑場が開かれる。
内訳は磔七人と断頭台送り一人。
それを知った都人は大喜びであった。
断頭台に貴族が送られるからだ。
その為に多くの都人が刑場に詰めかけると予想された。




