(アリス)15
ブルーノは家系図を読み込んだ。
祖母のジェナが小島子爵家でクララとコーリーの姉妹を生み、
そのクララは木村子爵家で当主と妹を、
コーリーは神崎子爵家で当主と弟を生んだ。
木村家の当主は断頭台に消えた。
神崎家の当主も同様に消える予定でいた。
残る問題は木村家の妹と神崎の弟、二人の存在が頭を悩ませた。
するとベティの懇願した。
「ねえ、お願いがあるの。
妹や弟だけでなく、ジェナも含めてなんだけど、
その三人の追跡調査は妾に任せてほしいの」
「どうした・・・、何かあるのか」
「スキル持ちとしての興味ですわ。
同族に固有のスキルが遺伝することは知ってらっしゃるでしょう。
例えば鑑定スキル。
親が高レベルですと、子供や孫達の多くにそれがスキルとして現れる。
事実、妾の母親も鑑定スキル持ちでした。
高ランクでスキルレベルは☆三つ。
スキルと血筋、興味をそそられます。
連綿と繋がる血筋が如何なる影響を子孫にもたらすのか。
一方でスキルを得ない者達もいます。
ユニークスキルとしても現れませんものね。
それは何故なのか」
「問題はない。
ポールに任せるつもりでいたが、そちに頼もうか。
事情が事情だから内密に進めてくれ。
スキルとか血筋だとか、貴族が好む話の一つだ。
我は好かんが、今回は必要だろう」
「承知しています。
宮廷の人間ではなく、忍者を用いる予定でいますの」
「ほう、そちは忍者に伝手があったのか」
「妾付きの女武者の一人が伝手を持っています。
彼女を窓口にして口の固い腕利きを集めますわ」
ブルーノはベティとポールがもたらした情報を元に、
判決文を書き上げた。
それをボルビン佐々木侯爵に渡した。
「下書きだ。遠慮はいらん。問題箇所があれば言ってくれ」
ボルビンは片手に判決文を持ち、顎に手を当てた恰好で言う。
「苦渋の決断をなさいましたな」
「それが我の仕事だ」
貴族に相応しい最期にしてやろうと思っていた。
毒を下げ渡し、領地は半分没収に留める。
残った領地は爵位降格の上で実弟に継がせる。
子爵から男爵に。
没収した領地と同等の金額を被害者に損害賠償金として与える。
そのつもりでいたが、取り止めた。
実弟に継がせる気が失せた。
少しでも疑問のある血筋は、禍根でしかない。
ベティとポールも下書きを読んだ。
「早いですわね」ベティが驚いた。
処刑日は明早朝にした。
場所は二つある刑場の一つ、西門刑場。
犯罪人として断頭台に送り、首を刑場に晒す。
「何かと口出す輩が増えてきたから、その前に処刑することにした」
「もしかして、あの方々ですわね」
「この国都は元より、山城一帯は国王の直轄地であるというのに、
何かと五月蠅い」
評定衆のことだ。
彼等は国政全般への助言が役目で、
国王直轄地への口出しは越権行為として禁止されていた。
それでも彼等は何かにつけ、直轄地に食い込もうとする姿勢を見せた。
中には国王の専権事項にまで手を伸ばそうとする輩もいた。
一線を越えようとして口先介入を試しみる者が多く、手を焼いた。
それらを間近で見聞きしている三人が気の毒そうな表情をした。
陰にいる侍従は思い当たりが有り過ぎるのか、
拳を握り締めて下を向いた。
ボルビンが思い出したように言う。
「一罰百戒、という言葉があります。
ここは一つ、処刑をわざと遅らせてみようではありませんか」
ベティが首を傾げた。
「評定衆が口を出して来るのではなくて。
神崎子爵の領地がある但馬地方は、
もしかして毛利侯爵の派閥ではなかったかしら。
寄親の伯爵がそうだとすると、
面子を潰されたとか言って毛利侯爵を担ぎ出すかも知れないわよ」
ボルビンは悪い笑顔。
「そこを待ってから処刑して国王専権を思い知らせるのですよ」
「喧嘩を売るつもりなの」
「まさか、常識を教えてやるのですよ。
毛利が相手なら、こちらには三好が味方するでしょう。
簡単に一蹴できます」
ブルーノは引き出しから新しい用紙を取り出した。
「処刑日付を遅らせよう。
出来るだけ見物人が集まるようにしよう」
ブルーノはアルバート中川中佐を呼び出した。
今回の取り調べを任せている近衛士官だ。
制帽を脱いで入室し、無表情で執務机の前に立つと、
制帽を持つ手を胸元に置き、背中を真っ直ぐ伸ばして言う。
「アルバート中川中佐、お召しにより参りました」
「待たせたな」
「いえ、職務です」
ブルーノは判決文を手渡し、よく読んで間違いを指摘せよと命じた。
アルバートは制帽を脇の下に挟んで、両手で判決文を大きく広げた。
ゆっくり視線が動いた。
早く読もうという気はないらしい。
人ひとりの命がかかっているだけではない。
多くの家臣や領民の生活もかかっている。
そして国王の威厳も。
それが分かっているので判決文を丁寧に精査した。
もしかすると、行間の意味まで汲み取っているのではなかろうか。
アルバートが顔を上げた。
判決文を下ろして言う。
「遺漏はありません。
要約で確認いたします。
・・・。
六日後に西門刑場。
断頭台送り。
首晒し期間は十日間。
遺体は、希望すれば遺族に送り返す。
国都の屋敷、領地は没収。
家名、爵位は取り上げの上、平民に落とす。
遺族や家臣は領地から三ヶ月の間に退去のこと。
移住先は国都以外ならどこでも許可する。
没収した屋敷は国軍の預かりとする。
同じく領地も現地の国軍の預かりとする。
被害者への賠償金は国王が差配する。
・・・。
以上ですね。よろしいでしょうか」
「よろしい。
それを近衛軍司令官に届けてくれ。
処刑人の選定から、諸々一切を司令官に一任する。
国軍との繋ぎも任せる」
「了解いたしました」
「あっ、そうだ、被害者の賠償金は我が差配する、となっているが、
もしかすると状況にもよるが、領地を与えるかも知れない。
その際は神崎子爵から没収した領地ではなく、
関係のない他の土地を振り分ける。
そこは承知して置いてくれ」
「余計な口出しになるかも知れませんが、
被害者のエリオス佐藤子爵様は宮廷貴族です。
領地運営の経験がないと思うのですが」
貴族と言っても様々な形態があった。
その一つが宮廷貴族。
領地を持たぬがゆえに文武官として国王の膝下、直に仕え、
引き換えに年俸を得る者達のことをそう表現した。
「そうか、失念していた。よくよく考慮しよう」
「了解いたしました。
他に何かございませんか」
「牢の神崎子爵には最後まで快適な暮らしを提供せよ。
面会希望も可能な限り許すように」




