(アリス)14
ほどなくして二人が現れた。
王妃ベティがポール細川子爵を従える恰好で現れた。
この二人、顔形が似ているので親子に見えなくもない。
凛とした娘、それを嬉しそうに後ろから見守る父親。
親密な空気感に纏わているので、たいていの者は親子と勘違いした。
その勘違い、的を大きく外してはいない。
親子ではないが、遠縁の親戚なのだ。
二人は細川侯爵家一門の枝葉に位置した。
痩せ細った侯爵家とは対照的に、
二人は太い枝葉として日を浴びていた。
ブルーノがポールに尋ねた。
「戻ったのか」
この二月初頭に問題が発生した北方山地に送り出していた。
遥か北にある北域諸国との境にある大山岳地帯。
九州北部から北海道北部にかけて山々が連なり、
その懐は奥深く、自然の要害となっていた。
だが、けっして人が足を踏み入れられぬ山地ではない。
険しい山脈を避けて低山や河川沿いを縫うようにすれば、
少人数であれば通り抜けられた。
魔物や獣の襲撃を撃退すれば、であったが。
それを踏破した人々がいた。
欲深い商人達であった。
彼ら商人は傭兵や冒険者を警護に雇い、
自然の要害に挑み、踏破した。
北域諸国から来た商人達は北の商品を足利国に売り、
足利国の特産品を仕入れて持ち帰る。
逆に足利国の商人達は自国の商品を北域諸国で売り、
北域諸国の特産品を仕入れて持ち帰る。
互いに莫大な利を生み出した。
彼らは踏み固めた交易路を整備しつつ、
途中に幾つかの小規模な宿場町を置いた。
魔物や獣の襲撃は避けられないものの、
便利になると商人以外も通行するようになった。
山地の生態系を研究しようとする学者達や、
珍しい素材を手に入れようとする狩人達だ。
さらには山地を開拓する者達までが現れた。
足利国や北域諸国の支配を嫌い逃れた者達だ。
北方山地の宿場町や開拓村は何処からの支配も受けていない。
逆に足利国も北域諸国の何れも、彼らから税を取り立てようとはしない。
官吏や兵を送り込んでも、
魔物対策を考慮すると赤字にしかならないからだ。
そんな北方山地の一つの開拓村で問題が発生した。
同時に危惧する噂も聞こえるようになった。
そこでブルーノはポールを調査に向かわせたのだ。
そのポールが帰任した。
「はい、昨夕戻りました」
「帰任の報告をする前にベティに捕まったのか。
いつもいつもベティの我が儘に振り回されて、すまないな」
ポールが苦笑いした。
「お気になさらずに、これも臣下の努めです」
ベティが得意気な顔で割り込んだ。
「折良くポール殿が帰任したので、調べてもらったのよ」
ベティに振り回されるのは慣れっこのポールを見ながら、
ブルーノはベティに尋ねた。
「何を調べてもらったんだね」
「三年前のブランドル木村子爵の一件を覚えてらっしゃるかしら」
記憶を呼び起こすまでもなかった。
山地に囲まれた美作地方で起こった重大な事件だったからだ。
美作領の寄親、ハドリー長井伯爵が領内を巡回していたところ、
随行していた寄子のブランドル木村子爵が突如として抜刀、
長井伯爵を背後から斬り殺した。
「警護の者達が木村子爵を取り押さえたが、
領都での取り調べでは原因は分からず終い。
結局、最後は私の元に送られて来た」
「そうです」
「・・・似てるな、今回の一件に」
「似てるもなにも。
木村子爵と今回の神崎子爵は従兄弟同士です。
母親が姉妹だったそうです。
姉妹の母親の生家が妾の生家と同じ因幡地方なので、
子爵家同士、それ相応に付き合いがありました」
ポールから一枚の紙切れがブルーノに手渡された。
家系図が書かれていた。
クララとコーリーの姉妹。
姉妹は因幡地方の小島子爵家に生まれ、
姉のクララは美作地方の木村子爵家へ嫁ぎ、
妹のコーリーは但馬地方の神崎子爵家へ嫁いだ。
その三家の家系図が簡潔に纏められていた。
「時間が短かったので、これだけしか調べられませんでした」とポール。
嫁ぎ先こそ違うが共通点は母親。
血筋、しかし迂闊な事は言えない。
ブルーノは頭を切り替え、家系図を見直した。
他に何かないかと。
木村家へ嫁いだクララがブランドルを生み、
神崎家へ嫁いだコーリーがバイロンを生んだ。
姉妹を生んだ母親の名前はジェナ。
そのジェナは小島子爵の正室ではなかった。
側室で、姉妹を生むと若くして亡くなっていた。
「母親のジェナの経歴はどうなってる」
「どうも庶民のようです。
詳しく調べてみますか」
「そうしてくれ」
ブルーノが頭を捻っていると、
ボルビン佐々木侯爵が傍から手を伸ばして来た。
許可も得ず、さも当然のように紙切れを奪うと目を通した。
フムフムと呟きながら紙切れを片手に、ベティに尋ねた。
「ベティ様が今回の件と美作の事件を、
関連付けなされた理由を窺いたい」
「ジェナ様の生家までは知りませんが、亡くなった状況は、
噂で聞き知っています。
あくまでも噂ですよ。うわさ」
ボルビンはブルーノと顔を見合わせ、踏み込んだ。
「噂とやらをお聞きしたいものですな」
「小島子爵家は病死扱いにしていましたが、
事情を知る親戚筋から流れた噂では、
ジェナ様は手首を切って領地の川に身を投げたそうです」
「ふうむ。
ジェナ様の手当てをした医者は」
「手遅れだったと聞いております」
ブルーノは頭を整理した。
単純だけど、説明し難い背景が目に浮かぶ。
自殺した母親が生んだ姉妹、孫達の凶行。
それを結びつけるのは、血筋。
ブルーノはポールに目を遣った。
目色を読んだポールが応えた。
「ブランドル子爵は断頭台送り、お家は取りつぶし。
子爵家の領地は賠償償金代わりに長井伯爵家に併合されました」
ブルーノが裁断を下した張本人なので忘れる訳がない。
ただ、今回は被害者が生きていた。
その辺りの塩梅が。
ベティが尋ねもしないのに口出しした。
「断頭台送りにして、お家も取りつぶしにして欲しいですわ」
綺麗な顔して平然と言い放つベティをブルーノは繁々と見た。
「エリオス佐藤子爵は手当てが早かったので生きているぞ」
「でも後遺症で身体が御不自由とか。お気の毒です」
「そうだな」
「はっきり申し上げます。
血の濁った者が貴方様の近くに寄る機会を与えたくありません」
「そうか、そう思うか。
血筋の所為だと思うか」
「姉妹の母親から先は分かりませんが、他に考えようがないでしょう。
行為とその前後の事情は似ています。
説明のつかない犯行。
間違いなく血が大きな要因です」
ポールがベティに賛同した。
「私も貴方様に危うい輩が近付く機会は与えたくありません。
危険分子になる可能性を持つ者は未然に排除すべきです」
ボルビンが手元の紙切れをブルーノに差し戻した。
「バイロン神崎子爵に子供はいないが、弟がいますな。
同じ母親から生まれています。
後を継ぐとすれば当然、彼でしょうな」
ブルーノは手元に戻された紙切れを睨むように見た。




