(アリス)13
この通りは食べ物屋の屋台が軒を連ねていた。
焼き鳥屋、焼きそば屋、ラーメン屋、おでん屋等々。
前世と変わらぬ食文化。
それらの匂いが人々の鼻をくすぐり、食欲を刺激して足を止めさせた。
どの屋台も行列が出来ていた。
アリスが念話で俺に話し掛けてきた。
『あの女の子はなんなの』
『友達。
名前はマーリン。
学校の友達なんだけど、冒険者の仲間でもあるんだ。
他にも二人いるよ。紹介した方がいいのかな』
『・・・五月蠅そうな感じがするから止めてよね』
『たぶん、そうだね。
見つけると何やかやと五月蠅いと思う。
上手く隠れていた方が無難かな』
『そうしてよね。
五月蠅いのは嫌い』
自分のことは棚に上げた。
自分を認識していないのだろうか。
俺の順番になった。
ここまでの流れだと注文するしかない。
俺が屋台のメニューに目を走らせていると、
「丁度良かった、はい、これ」マーリンが大きな包みを差し出して来た。
思わず受け取った。
分厚い紙包みは熱かった。
焼きたての焼き鳥が大量に入っているようだ。
俺が疑問に思っていると、
「みんなで食べるのよ。
それ持って学校の食堂で待ってなさい」上から目線で指示された。
「・・・」
「今日はどこも混んでいるから学校の食堂しかないと思うの。
寮生達の夕食の時間だから問題ないでしょう。
先に行って席取りしてね。
私はこれから、みんなに声をかけて回るから」
「学校の食堂だろう。いいのかい」
「男の子は変なことを気にするのよね。
大丈夫。
街の食堂とは違うのよ。
それに昼間はお弁当持ち込み組も一緒に食べてるじゃない。
分かったら早く行って。後ろがつかえちゃうでしょう」
マーリンが屋台の女将さんに見えてしまった。
バイロン神崎子爵がエリオス佐藤子爵に斬り掛かり、
深傷を負わせた一件に決着をつける日になった。
バイロン神崎子爵は事件当日の園遊会執行役。
エリオス佐藤子爵は事件当日の謁見執行役。
朝から関係者が国王の執務室隣の会議室に集められた。
内偵させていた秘書役の面々、典礼庁の長官、
現場に居合わせた典礼庁のクラウド守谷男爵とフランク板倉男爵、
公式に取り調べを行った近衛のアルバート中川中佐、
そして双方の子爵家からの代表者。
報告を受けるのは国王は当然として、憮然とした顔の管領も。
ブルーノは裁定に不満が湧き上がるのを見越し、共犯者を必要とした。
思い浮かんだのは当初から関わっていたボルビン佐々木侯爵。
厄介事に巻き込まれまいとして辞退を申し出たボルビンを、
「国王として命ずる」と押し切って同席させたのだ。
関係者それぞれから報告書の提出と説明を受けた。
事実は覆らなかった。
加害者はバイロン、被害者はエリオス。
残された問題は動機であった。
バイロンが口を閉じたままなので一切が不明のまま現在に至っていた。
典礼庁の長官や双方の補佐をしていた者達からも、
それらしい手懸かりは得られなかった。
双方の子爵家の代表者も同様であった。
ただ、謁見と園遊会が合同開催であったため、
その費用負担を巡っての協議が難航していたとか。
どちらがどのくらいの割合で支出するのか最後まで揉めていたと、
双方の補佐役を務めていた男爵二人が認めた。
クラウド守谷男爵とフランク板倉男爵だ。
ブルーノはアルバート中川中佐に尋ねた。
「神崎子爵の様子は相変わらずか」
「はい、ろくに答えてくれません。無駄口も叩きません」
ブルーノは神崎子爵家の代表者に視線を向けた。
「職場での不平不満は聞かされてないのだな」
「はい、全く仰らないです。
元々、口の重い方で必要以外の事はお喋りになりません。
でも家臣には優しい方で、皆が、領民までが慕っております」
ブルーノは典礼庁の長官に尋ねた。
「合同開催の費用負担で揉めたということだが、
それが刃物沙汰にまで発展するのか。
国庫からの負担で誰の懐も傷まないと思うのだがな。
長官としてはどう考えている」
「負担協議の際に面子を潰されたのかも・・・と」
午後、ブルーノは執務室にボルビン佐々木侯爵だけを招いた。
「爺、どう思う」
「どうと聞かれましても。
私も昨日、神崎子爵の様子を見に行きました。
あれは、どうにもなりませんな。
そもそも会話が成り立たない。
お手上げですな」
「それでも裁定は下さねばならない」
ボルビンは表情を硬いものにした。
「それで」
「爺、分かって聞いているのだろう」
「ええ、当然死罪でしょう」
「そうだ。
理由の如何は問わず、王宮区画での刃物沙汰は昔から死罪だ。
問題は情状酌量の余地ありか、なしか、
それによって死罪申し渡しの中身が違ってくる。
毒を下げ渡す、市中引き回しの上で磔、埋葬も弔いも許さない、
他にも色々とあるからな。
当人が何も喋らないのでは判断の下しようがない。
爺、どうしたら良いと思う」
「私に聞かれましても困ります」
執務室のドアがノックされた。
この時間、面会の予定は入っていない。
そういう場合は外で立哨に当たっている近衛兵が対応し、
断る事になっていた。
二度目のノックがなされた。
部屋隅に控えていた侍従がドアに向かった。
ドアを少し開けて話を聞いた。
聞き終えるとブルーノに報告した。
「王妃様がポール細川子爵様をお供にお出でになるそうです」
先触れの侍女が来たのだろう。
「分かった、通すように」
ブルーノは勘繰った。
まず王妃。
珍しい。
王妃がこの時間帯に来る事自体が珍しい。
今日のブルーノの予定は知っている筈。
この一件に首を突っ込むつもりとしか思えない。
加えてポール細川子爵。
細川侯爵家の一門であると共に国王側近でもある人物だ。
世間の認識では、常に国王の利益を優先していることから、
国王の最側近の一人に数えられている。
この二人、何か重大事が持ち上がる度に手を組む。
そしてブルーノに上奏する。
今回もそれなんだろう。
関係者達が気付かぬ何が持ち上がった、というのか。




