(アリス)12
ブルーノ足利は表情を改めた。
「使い潰す・・・か」
「心配は無用です。
バート斉藤侯爵は昔気質の武士、と見受けました。
下手に言葉を飾るよりも単刀直入な物言いを好むと思われます。
ですから正面から取り込むのも一興かと」挑発する視線。
「お前は・・・。
つくづく思うのだが、お前が正室で良かった」
「とても嬉しいお言葉ですわ。
・・・。
それでは評定衆の増員で決まりですね」
昔から評定衆は十席となっていた。
初代の手になる御定書に書かれている分けではないが、
いつからか慣例として十席が定着していた。
これまでそれを破った国王は存在しない。
「いや、増員ではなく、別の手を使うぞ」
「どのような・・・」
「軋轢を生まぬように十席の一人を昇進させるとしよう」
「評定衆からの昇進となると管領職しか思い浮かばないのですが」
管領職の定員は定められていないが、常識的には一席。
現在、ボルビン佐々木侯爵が長期に渡って就いているのだが、
遣り手の彼を交替させるつもりは毛頭ない。
「あまり目立たぬのだが、大目付というのがあるのだ。
貴族を取り締まる役目だが、このところパッとせぬ。
貴族に強く出られると、どうしても腰砕けになるらしい。
それで困っていた。
そこに佐藤子爵と神崎子爵の一件だ。
丁度良いから退任させ、評定衆の一人を代わりに任命しよう」
「バート斉藤侯爵はそれで決まりですね。
すると残りはレオン織田子爵の取り込みになりますわよね。
いかが致しますの」
「国都に呼び寄せる前に尾張での足場を固めてもらわないと困る。
そちらに専念させよう」
「肉親同士の争いですか」
「こちらが焚き付ける訳じゃないぞ。
そもそもは織田家内部の問題だ。
レオンの陞爵を祝ってもらおうと、
引見や園遊会に織田伯爵家一同を招待したのだが、
一族がこぞって多忙を理由に断ってきおった。
レオンが尾張で無視されているのは事実のようだ。
今回の陞爵で嫉妬が上乗せされ、事態がどう動くかは分からないが、
火種は大いに活用しないとな」
街道は行き交う人々で溢れていた。
商人、旅人、農民、武士、騎士、貴族と様々。
国都の南門へ向かう者達、次の宿場へ向かう者達、
それぞれが無心に足を、馬を、荷車を、馬車を急がせていた。
俺達も脇道からその流れに紛れた。
白猫姿のアリスは俺が被ったフードの内側に潜り込み、
肩に乗ったままの姿勢で脳内に語り掛けてきた。
『物凄い人波ね』念話だ。
眷属内の会話は念話よ、これは常識よとアリスに教えられた。
上から目線の言い様だったが、それでも目から鱗。
『門の入り口に門衛がいて、簡単な取り調べがあるんだ。
魔法使いはいないと思うけど、念の為に魔力は控えてくれるかい』
『分かった。せっかく人族の町に入るんだもの。
極力、問題は起こさないようにするわ』
門を入るにあたっては真偽の魔水晶をクリアしなければならない。
問題なのはその魔水晶ではなく、そこまでの行列。
何時に増して今日は行列が長い。
おそらく園遊会とかの影響だろう。
『なに、この大行列。人族が蟻の真似事』アリスが呆れた。
働き蟻の同類に見なされた。
返す言葉がない俺は深い溜め息をついた。
これなら顔馴染みの東門に回れば良かったと反省した。
冒険者パーティの一人として何度も入退場を繰り返しているので、
今では顔パスが常態化、行列を横目に通過できた。
毎日門を使用していても、態度の悪い者はその限りではない。
門衛を怒らせると顔パスが拒否され、行列に並ぶように注意される。
貴族の一行でも例外ではない。
門衛の権限で行列に並ぶことを要求するのだ。
今日は急ぐ用事もないので、そのまま行列に並んだ。
アリスに真偽の魔水晶を見せる機会でもあったからだ。
たぶん、興味を抱くだろう。
ところがアリスは予想よりも早く魔水晶に気付いた。
ずいぶん先に置いてある筈なのだが、
微量に漏れる魔力を捉えたらしい。
『変な流れの魔力があるわ、ダン、気付いてる』
俺は魔水晶の役割を説明した。
するとアリスは、
『それにしても無駄が多いわ。
付与した術者に問題があるわね』切り捨てた。
『施した術式に無駄が多い、と言うことかい』
『素人に毛の生えた術者にはありがちなの。
必要以上に文言を飾り立てるのよね。
無駄な厚化粧。
・・・。
これなら私を封じた術者の足下にも及ばないわ』低評価を下した。
時間はかかったが、問題なく入門できた。
アリスがその小さな身体をフードの奥に仕舞うように、
巧みに隠れてくれたので、何の問題も生じなかった。
俺がテイマーとなってギルドに登録する方法もあったのだが、
『アンタ、馬鹿なの。
よく見てご覧なさい
私は可愛い妖精よ。しかも眷属よ。
それを従魔だなんて、アンタ、よほどの馬鹿なのね。
この大馬鹿さん』罵倒に近い拒否をされた。
アリスは再び肩に腰を下ろすと、外の様子をきょろきょろ見回した。
何時にも増して街中は賑わっていた。
国王主催の行事が重なっていた為だ。
引見と園遊会。
平民には関係ないが、国王を慕う平民が黙っている訳がない。
祝い事だと知ると自分達の事のようにお祭り騒ぎ。
街の至る所に出店や屋台を出して商売にも繋げる。
アリスは何かに目を留める度に俺に問う。
完全なお上りさん状態。
まぁ、それも無理からぬこと。
俺も当初はそうだった。
前世の都市の賑わいを知っていても、こちらは見知らぬ異文化都市。
珍しさに目を見張ったものだ。
その経験から俺はアリスに懇切丁寧に説明した。
嫌な顔はせずに最後まで応じた。
途中、何度か屋台の食い物を強請られた。
その度に買って、小さく千切ってアリスの口に献上した。
『そそられる匂いなんだけど、味はまあまあかしら』
気に食わないと残す。
『ダンが食べなさい』残飯処理係に任命された。
俺は西の空を見上げた。
日が暮れようとしていた。
そろそろお祭りも終わる頃合いだ。
露店の商売は日没まで、と定められているからだ。
俺達は人波を縫うようにして東区画に向かった。
女児三人に約束させられていた。
店仕舞いしたらお疲れ会するからねと。
遠慮すると、俺を仲間外れにはしたくないとのこと。
断れなかった。
最初に遭遇したのはマーリン。
実家が食料を主力商品にしている関係で、焼き鳥の屋台を出していた。
その屋台から良い匂いが漂って来た。
誘われて二人連れが行列に並ぶ。
マーリンは表で声を張り上げて呼び込みをしていた。
「国都で二番目に美味しい焼き鳥ですよ」
俺を見つけると、
「お子様にも美味しく食べられますよ」太い身体を揺らして手招きした。
うっ、逃げたい。
でも断れない。
「どうして二番目なの。一番目はどこのお店なの」さくらになった。
待ってました、とばかりにマーリンが答えた。
「一番目はまだありません。
私共の店がそれに一番近い位置にいます」得意気に胸を張った。
俺は逃げられなかった。
マーリンに腕をがっちり掴まれて行列の最後尾に連行された。
屋台の陰からシビルが顔を覗かせた。
彼女は冒険者で、マーリンに土の魔法を教えている家庭教師だ。
店の主人に日雇いで屋台の手伝いを頼まれたのだろう。
俺を見て、ニコリと笑って手を振った。




