(アリス)8
俺は困った。
懸念があった。
名前を与える行為は、イコール、テイムではないのかと。
従魔として飼い慣らすつもりは毛頭ない。
それ以前に寮でペット飼育は拙いだろう。
「名付けはテイムにならないの」尋ねた。
すると妖精に笑われた。
「アンタねえ、私、妖精よ。
低俗な魔物ならまだしも、妖精様をテイム、できる訳がないでしょう。
私が許して、あげるから、さっさと素敵な名前、付けなさい」
キラキラした目で俺を見詰める。
期待に溢れた表情。
これでは無碍にできない。
何も思い浮かばないので、アイウエオ順で考えてみた。
真っ先に閃いたのは、「アリス・・・」疑問形で口にした。
妖精は喜んだ。
「アリス、アリス、アリス・・・響き、素敵、無敵」
矢庭に頭に妙な痛みが走った。
立ち眩み。
でもそれは一瞬のこと。
「ステータス欄に変更がありました」脳内モニターに文字。
自分のステータスを確認した。
「名前、ダンタルニャン。
種別、人間。
年齢、十才。
性別、雄。
住所、足利国尾張地方戸倉村生まれ、国都在住。
職業、冒険者、幼年学校生徒、アリスの名付け親。
ランク、B。
HP(222)残量、153。
EP(222)残量、69。
スキル、光学迷彩☆☆、探知☆、鑑定☆、水魔法☆、火魔法☆、
光魔法☆、土魔法☆、風魔法☆、鍛冶☆、身体強化☆、
弓士☆。
ユニークスキル、無双☆☆☆☆☆(ダンジョン内限定)、
ダンジョンマスター☆、虚空☆、術式洗浄☆」
スキルが分かり易いように整理されていた。それは良い。
問題は、アリスの名付け親、という記載。
ステータス欄に必要なのだろうか。はなはだ疑問。
もう一つ、EPが急激に減っていた。
もしかして、名付けで消費したのか。
「名付け親の記載は必要です。
名付け行為でEPを消費しました」脳内モニターに文字。
終わってから知らされる。
まあ、人生って、大概そんなもんだよね。
妙に納得してしまった。
アリスに視線を戻すと、おかしなことになっていた。
さっきまで元気だった奴が、無言、姿勢を仰向けにして、
まるで湖面を漂う木の葉のように、空中を不規則にフワリフワリ。
一見すると眠ったように見えなくもないが、どうやら違うようだ。
意識を失った状態で浮いているが正解ではなかろうか。
起こし方が分からない。
アリスが目覚めるのを待つことにした。
ところがなかなか目覚めない。
手持ち無沙汰。
暇なのでアリスの傍に寄ってジッと見た。
手元にマジックがあれば顔に落書きするのだが、
その寝顔に見惚れてしまった。
黙っていると可愛いのだ。
前世の物語を思い出した。
妖精が姫かどうかは知らないが、口づけで姫を起こすのが定番。
まじまじとアリスを見詰めた。
この眠りが続くようなら、・・・それもありかなと思った。
不意に視線が衝突した。
予備動作もなく、いきなりアリスが目覚めたのだ。
驚愕するアリス。
漏れる小さな悲鳴。
あまりにも俺が間近にいるので驚いたようだ。
アリスは立ち直るのが早かった。
俺を見据えると身体を浮かし、両手を大きく動かした。
避ける暇がなく、俺は左右の頬にビンタを喰らった。
パッパンと心地好く響く音を、まるで他人事のように聞いた。
妖精の小さな手でもHP数値はCランクの125。
それで叩かれたので痛い、けど我慢、我慢、
口内がちょっと切れたけど、文句を言うつもりはない。
黙っているとアリスに、「何してくれてんの」怒鳴られた。
「ごめん、寝たままだったから、心配して様子を見てたんだ」
俺の言葉にアリスはハッとした表情。
視線を左右に走らせ、自分が置かれた状況に気付いたようで、
おたおたと狼狽え始めた。
それでも流石はアリス、普通なら謝罪から入るのだが、
何もなかったかのように軽くスルーした。
「アリスだったかしら、素敵な名前をありがとう」口調に淀みがない。
俺は苦笑いを返すしかなかった。
「喜んでくれて、なによりだよ」
アリスの視線は俺に向けられているのだが、熱を全く感じない。
上目遣いで独り言をぶつぶつ呟いているところから、
おそらく関心は自分のステータスに向けられているのだろうと思った。
俺もアリスのステータスには関心があった。
再鑑定した。
「名前、アリス。
種別、ダンタルニャンの眷属妖精。
年齢、18才。
性別、女。
住所、ペリローズの森。
職業、なし。
ランク、B。
HP、150。
MP、150。
スキル、妖精魔法☆☆☆。
ユニークスキル、異種言語理解☆☆☆、収納庫☆☆☆、変身☆」
何が起きた。
名前は当然だが、何が。
種別からして理解ができない。
「アリスのさっきの状態は種別変更によるものです。
一時的に起動停止、改変、再構成されました。
それにより、ダンタルニャンの眷属妖精という存在になりました。
同時に既存のランク、スキルレベルともに上がりました。
加えて新たなスキル、変身☆を得ました。
任意に姿を変えられるスキルです。
大きさは当人の身体の質量と同等になります。
変身している時間はMPで調整可能です。
変身しても他のスキル、ユニークスキルの発動には影響しません。
・・・。
これから長い付き合いになります」脳内モニターに文字。
何度か繰り返し読んでみた。
それでも理解不可能だ。
長い付き合い・・・、はて。
後段のスキル、ユニークスキルは理解の範囲内。
でも、ダンタルニャンの眷属妖精というのが理解できない。
それと、長い付き合いが関係するのか。
「理解できなくても問題ありません。
影響はアリスにのみ現れるのです。
ここは静観してください」脳内モニターに文字。
当の本人はまだ独り言。ぶつぶつ呟き続けていた。
俺と同じで理解できないのだろう、と思っていた。
違った。
視線に熱が戻って来た次の瞬間、俺の額にダイブして来た。
「ありがとう、これもダンのお陰よ。
ランクが上がって、スキルレベルも上がって、おまけに新しいスキル。
本当にありがとう。これ以上の喜びはないわ」素直な喜びの声。
ええっ、他はスルーかい。




