(アリス)7
風魔法獲得記念は草刈り。
思い浮かべたのは草刈り機。
標準装備の丸ノコギリの歯、チップソーをイメージした。
ウィンドチップソー。
空中に直径50センチの風の歯を形作り、作動させた。
姿はなく、音もしないが、空気から震動が伝わって来た。
歯を厚くしてサイズアップ、直径1メートルにした。
問題なし。
回転速度を上げ、ぼうぼうに生えてる一帯に解き放つ。
茎の分厚い雑草も苦もなく薙ぎ払い、
あれよあれよという間にタイル周りを丸裸にした。
それを見守っていた妖精が呆れたように言う。
「草、刈ってどうするつもり」
場所が出来たので、魔法を解除した。
収納スペースから「悪党の荷馬車」を取り出し、ソッと置いた。
妖精が目をぱちくりさせた。
「何なのよ、一体・・・」
「さっきの場所に大勢の人間が転がっていただろう。
あの半分がこの荷馬車を守って運んでいた連中で、
残りの半分がそれを奪おうとして襲撃した連中だ。
・・・。
結果は見たとおり、双方共に打撃を受けて共倒れ。
どちらも悪党だから同情は要らないと思う。
・・・。
で、通りがかった僕が荷馬車を拾ったという訳さ」端折って説明した。
妖精はまたもや、ぶつぶつと独り言。
時折、俺に視線を投げかけ、表情を窺う。
それでも質問が飛んで来ないので俺は説明を再開した。
「僕が荷馬車を収納スペースに仕舞おうとすると、
何かが抵抗して仕舞うのを拒否する。
何度か試したけど、ことごとく失敗。
それで調べてみたら、
亜空間への収納を拒否する術式が施された小箱を見つけた。
それに君が封じられていた、という訳さ。
そうそう、君は老人に騙されたと言っていたけど、
それらしい年寄りはあの中にはいなかったよ」説明を終えた。
要約で大筋に間違いはない筈だ。
妖精は溜め息をついた。
「話、わかった。
たぶん、そう、なんでしょうね」
「で、もう一つの話、これ大事」
「・・・何よ、それ」俺の目の前に寄って来て、片手を鼻にかけた。
「近い、近い、目が痛い。
目の焦点が合わないから少し離れてよ」
「分かった、わ」羽ばたいて空中を器用に後退り。
「俺が拾った荷馬車だけど、君にも権利がある。
君は被害者だから、慰謝料を頂戴しても良いんだ」
「権利、慰謝料、理解できない」腕を組み、頭を捻る。
脳筋の妖精なんだけど仕草があまりも可愛いので、俺・・・胸キュン。
そんな感情を見抜かれぬように、話を進めた。
「とりあえず荷馬車の中の物を取り出そうか。
箱を開けるから欲しい物があれば、遠慮せずに収納してね」
俺は身体強化スキルと風魔法を連携させ、
馬車から荷箱の搬出を行った。
大小様々で、二十箱。
木箱の蓋を次々に開け、中身を見易いようにした。
もっとも、荷箱の中身は小箱。
綺麗に小分けされていた。
適当に小箱を開けて調べ、俺的に見て高価な物に絞って並べた。
古美術品から魔物の毛皮、魔卵、武具、工具等々・・・。
流石に腐るような物だけは積まれていない。
妖精はザッと見渡した。
見て取るや、鼻をピクピクさせると羽ばたいて移動した。
丁寧に並べた荷箱の上で止まった。
羽根をパタパタさせて俺に言う。
「中を見せてくれる」
鑑定スキルで事前に中身は分かっていた。
古酒の壺を詰めて並べた荷箱だ。
それを見せたくないから蓋を閉めて隠した。
見つけるとは、残念な妖精の鼻・・・。
蓋を開けた。
木栓がしてある同じ大きさの壺が八個並べられていた。
木栓には封印の証紙。
搬送中の損壊を防ぐ為に、
緩衝材としてのボロ布も隙間なく敷き詰められていた。
妖精が表情を緩ませ、木栓を一つひとつ、丹念に嗅いで回った。
漏れぬように木栓がしてあるが、妖精の鼻は誤魔化せないらしい。
古酒の種類が分かるのか、時折、一人頷く。
一段と表情を緩ませた妖精、今にも牛のように涎を流しそう。
妖精の酒癖を懸念して隠したのだが、無駄に終わった。
「これにするわ」妖精は一つに手を翳し、消すように収納した。
俺は余計なお節介かも知れないが、
「酒で失敗した教訓は生きていないの」思わず愚痴った。
「心配してくれたの。ありがとう。
でも大丈夫、私、失敗しないので」滑らか。
どの口が言う、と突っ込みたいが無駄そうなので堪えた。
「そう、もう失敗しないのか、良かったな。
・・・。
他には要らないの。
古美術品とか、魔物の毛皮とか、本当に遠慮は要らないよ」
「換金が面倒じゃない。
それに私、妖精だし・・・、
森でずっと暮らしていたから、商売には慣れていないの。
分かるでしょう」
困った俺は荷箱を見回した。
何かないか・・・、何か・・・、何かないか。
妖精が森に帰る際に、助けになるような物。
そんな俺の視線に車内後部の物が映った。
一時的に勝った形になったテレンス側の連中が、
死体から、敵味方関係なく略奪した物だ。
装備品と財布が雑多に山積みされていた。
あれだけ血と埃で汚く塗れ、一部破損していた物もあったが、
収納スペースの機能で修復され、新品同様、綺麗になっていた。
そこから財布を選り抜き、全てを逆さにして中身を床にぶちまけた。
出てくる、出てくる、銅貨、銀貨、金貨がザックザク。
悪党と言えども所詮はスラムの住人と侮っていた自分が恥ずかしい。
儲かるんだ、悪党商売、と感心した。
勤勉に仕事した成果が床に小さな山を築いていた。
でも、それは今は俺の物。
ありがとう、悪党のみなさん。
俺は妖精に薦めた。
「現金なら邪魔にはならないと思う。
全部持って行けば。
元々俺の物じゃないし、遠慮は要らないよ」
「現金か・・・、困ったわね」
「金貨銀貨なら武器にもなるよ。
風の魔法で飛ばせば礫にもなるだろうし、ばらまけば足止めにもなる」
聞いた妖精が腹を抱えて笑う。
「はっはっはは、アンタ、馬鹿ねえ」口調も馴れ馴れしい。
褒め言葉として聞いておこう。
「ついでに土産を買って戻れば、家族や友達も喜ぶだろう」
「はぁ・・・、家族、友達、何を言ってるの。
・・・。
もしかして妖精に家族とか友達がいるとでも思っているの」
「いないの」
「アンタ、妖精の事、何も知らないのね」
「知らないよ。
会ったのも君が初めてだし、既に滅亡したとばかり思っていたし」
「なに、妖精の扱い、ひどくない」
「世界を代表して謝るよ、ゴメン。
まあ、それはそれとして、現金は旅の友、持って行きなよ」
妖精が鼻で笑う。
「ふっ、・・・まあ良いわ。お言葉に甘えて」現金の所に飛び、収納した。
半分ほど残した妖精は満足そうな表情で俺を見た。
「残しても良いのかい」俺は確認した。
「良い。
ところでアンタの名前、聞いてなかったわね」
「ダンタルニャン、ダンと呼んで」
「ダンか、いいわね生意気に名前があって」これが素らしい。
「君の名前は」
「一人で生まれたから、名前なんてないわ。
妖精ばかりじゃなく、精霊もそうよ。
大抵は生まれた地の名を、付けて呼ばれるの。通称よ。
・・・。
ここで会ったのも何かの縁。
私に名前を付けてくれないかしら」
「えっ、君の名前を・・・僕が」
「名前がないと、何かと不便でしょう」
確かどこかの森の妖精であったはず。
聞いた感触では家族も友達もいない。
そんなボッチの妖精に名前が必要なのだろうか。




